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魔術師殺し
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----共和国立魔法学園生徒会長、ナツメ・メグ。
極東の島国出身の魔術師であり、他のどの国とも違う"五行"なる魔術式の使い手である彼女がアルブレンド・コビーに言ったのは恐るべき内容であった。
「‐‐‐‐さて、長々と話してきたが、仕方ない。本題に入りましょうか。
今回見つかった超一流の犯罪者。魔術師を"殺す"ためにカスタマイズされたその暗殺者の名前は、アルブレンド・ココア。コビー君、あなたとは腹違いとは言え妹という関係にある者だよ」
それに対して、コビーは一瞬顔をしかめるも、すぐさま顔をもとの表情へと戻す。しかしどう見ても、その顔は平静とは言いづらく、なにか無理しているような顔であった。
「1つ、言っておくが‐‐‐‐」
コビーはそう前置きして、
「‐‐‐‐ココアのことは良く知っている。腹違いとは言え、家族の中でもわりかし年齢が近いおかげか、結構話をする機会も多かったからな」
‐‐‐‐そう続けた。
王族とは、よほどの例外がない限りは家族同士の絆が希薄になる。王としての立場や民からのイメージなどもあって、生まれてから成人するまで父親である王と会わなかったというのも、珍しい話ではない。
コビーも例外ではなく、未だ父親と会ったのは数回程度、片手で数えられるくらいである。まぁ、継承権1桁代ならばもっと多く会ってるだろうが。
アルブレンド・ココアも似たような事であり、継承順位は第19位。継承順位も近く、歳も彼女はコビーの2歳下とわりかし近かった。ゆえに話も多かった。
「俺は色々と家族として、と言えるかは分からないが、ともかく接してきたのが多いのは事実だ。そのうえで言える、妹のココアには魔術師を倒す力はない。性格などを含めないで、でもだ」
性格で「あいつには出来ない」「あいつにはそんな事をするはずがない」と言うのは簡単だが、説得力に欠ける。それが故にコビーは「倒す力はない」と能力面の話に持ってきたのである。
「ココアは槍の名手だ、その太刀捌きは同年代、あるいはアルブレンド国随一と言っても過言ではないくらいだ。だがしかし、それでもアイツには出来ない」
「何故、そう断言できるのですか? 妹だから、それとも女だから?」
「槍しかない、からだ」
俺の言葉に、メグ生徒会長もようやく納得してくれたみたいだ。
魔法使いか、そうでないか。それは大きく違う。戦法も、強さも、それは大きく変わってくる。
「ココアの槍は確かに素晴らしい、模擬戦でアイツの槍を受け止めるだけの実力差に俺は出会ったことがない。だが、それも"模擬戦"という範囲で絞ったらの話だ」
身体能力強化も、相手の身体を邪魔するのも、あらゆる魔法の才能がない妹。それがアルブレンド・ココア。
確かに彼女の実力は群を抜いているが、それは槍だけ。
彼女の槍の才覚を100とすると、他の槍使いは20、多くても50くらい。
しかしそこに魔法が掛け合わさると話が全然違ってくる。
槍の力と、槍と魔法の力の2つ。
選択肢が1つなのか、2つなのか。
それだけでも話はかなり変わってくるのは間違いない。
ちょっとした、相手の地面を濡らす程度の魔法しか使えなくても、それでも十分有利だ。なにせ相手はいつ地面が濡れるかを気にし、相手が目つぶしで水をやって来るのも気にしなければならない。
魔法が使えるのか、そうではないのか。それは大きな違いとなるのである。
だからこそ、こうして大規模な魔法を学ぶ学校があるわけだが。
「学生程度なら、ココアの槍なら十分あいつらを圧倒できるだろう。だがしかし、今の話だとココアは超一流の犯罪者、魔法を極めた魔術師相手に連勝をしているんだろう?」
「えぇ、少なくともそれで7人の中級魔術師が重傷を負っています。《魔術師殺し》という通り名の割には、誰も殺していないようですが」
「7人……」
リストを見さして貰うと、"世界に名だたる"とは言えずとも少なくともココアに敗けるほど酷い成績を持っている者はいなかった。
「それで、うちの妹が迷惑をかけているから、俺が対処しろ。そう言ってると理解してかまいませんか?」
「実際、本当に苦労してるんですよ。相手は学生と言っても差しさわりない年齢の"カレン"な少女、それですので出来ればこちらの面子を保つためにも、対処してもらえるとありがたいんですよ」
「……1つ、聞かせてもらいたいことがある。それで決めさせてもらう」
指を1本立てると、メグ生徒会長はふむふむと頷いていた。
「……あぁ、報酬の件、ですね。報酬は学園の方からは10個の授業の免除、受けたくなくても必須の授業もこれで解決、ですよ? 後、この件をこちらに持ち込んだ王宮の方からは貴重な魔石の授与、という形になってますが?」
「いや、そうじゃない」
確かに10個の授業を免除するのは嬉しい。しかし、別に授業は嫌いではない。
貴重な魔石というのも、元は王宮の出であるコビーにとってはそこまで魅力には感じていない。
「……そうでないとなると、本気で分からないの、ですが? 他に、なにが聞きたいのですか?」
メグ生徒会長がそう言うので、コビーは指を1本だけ立てて指し示す。
「うちの妹は、誰かに操られていますか?」
その質問に対して、メグ生徒会長は----ニコリと笑みを浮かべて答えを出してくれた。
「‐‐‐‐はい、確実に誰かに操られてるでしょうね」
☆
‐‐‐‐ある日の夜。
共和国裏路地、そこでは1人の人間が必至の形相で逃げまどっていた。
逃げまどう者の名は、【マスタド】。別の国から商売に来ていただけの、初級術の魔王使いである。
「なっ、なんでこんな目に!」
ただフラッと、たまたま仕入れた商品が共和国では売れるかも‐‐‐‐そう思って、この共和国にやって来た。そう、ただそれだけ。
まさか、"殺人鬼"に襲われるとは思いもせずに。
「…………」
殺人鬼は無言で、マスタドを追いかける。
赤みがかかった金色の髪を肩まででざっくりと切り揃えており、どこか冷たい冷酷な瞳を持った人形のような美少女。黒ずくめのコートのような服装を着て、手と足に騎士が着けるような具足を身に着けていた。
そんな彼女は、必死に逃げるマスタドを追いかける。歩きで。
「おっ、おかしいだろう! 僕、けっこう速く走ってるのに! どうして、歩きで?!」
「おかしな事、ですか? ちなみに歩いているのですか? ラン、ランラン……つまり走ってますよ?」
その割には全然急いでいる感じではなく、ただ歩いているだけである。
相手はゆっくり歩いているはずなのに、必死で逃げるはずのマスタドは逃げられない。
歩いているはずなのにも関わらず、こちらが走ってる速さと変わらないからだ。明らかにおかしい、なにかが変だ。
「……くっ! これが《魔術師殺し》ココア!?」
噂程度ならば、マスタドは知っていた。
‐‐‐‐超一流の犯罪者である、《魔術師殺し》のココア。
既に幾人もの魔術師が重傷を負っていると言われている。
マスタドも同じ魔術師として、一応は気を付けていたがそもそも狙われてきたのが中級魔術師ばかりなのも相まって、自分は大丈夫だと思っていたのだ。
まさか自分が……などという形で。
「えぇい! だがしかし、下級だからって舐めるなよ! 僕は下級魔術師ではありますが、僕の魔法はかなり相手しづらいです、よっ!」
そう言いながらマスタドは、振り返り、そして自身の両手を地面へとつける。
「‐‐‐‐《黄金の地》!」
彼が魔力を地面に流すと共に、魔力が流れた部分から地面が黄金の大地へとその姿を変えていく。そして地面の上に置いてあったゴミが黄金に触れると共に、まるで池の中に沈んでいくかのように黄金の中へと沈んでいく。
街路樹も、花壇も、全てが黄金に触れると共にその黄金の中へと落ちていく。
「……?」
「どうだ、僕の実力は中級魔術師よりもすごい、《金》の魔術によって周囲を僕の空間へと変えていく魔術!
効果のほどは今の通り! ただし地面に手をつけないといけないから、汎用性がないから中級に上がれないけど!」
マスタドの実力は、既に中級魔術師と肩を並べても良い次元に達している。
少なくとも魔力を通して周囲を自身の戦闘域に変えるという能力、そしてその効果範囲がこの町1つを覆っても足りるというほどの広さを考えれば、いつ中級に上がってもおかしくはない。
最も、その分手は地面に接し続けなければならない仕様なので、機動力・回避能力がないから中級に上がれないのだが。
「戦いは嫌いだ、でも倒されるよりかはマシだっ!」
黄金へと変わった地面を操作し、大きな触手を10本ほど作成するとそれを鞭のようにしならせ、そのままココアという犯罪者めがけて叩きつける。
激しく打ち付けることによって、大量の土煙と共にココアの姿がかき消えてしまっていた。
周囲の影響は既に頭から抜け落ちていた、後で黄金を売って弁償するつもりであった。彼の作り出す黄金は彼の手から離れると、途端に元の姿へ戻ってしまうので、かなりの額を出さなければならなくて、周囲の被害を考えると頭が真っ青になるが、命には変えられない。
「やった、か? いや、あの勢いでも倒れてないとも限らない。黄金になった物質は元より硬くなるけど、どこまでとも言えないしな。しかもあいつの得物‐‐‐‐」
そんな事を周囲の被害状況+賠償金請求額と共に、マスタドが考えていると煙が晴れ、中から無傷のココアがなんでもないかのような表情で現れる。
「むっ……やはり、ダメ、か。その得物、いったいなんだ?」
ココアが所持している得物、それは槍。しかし、その槍は普通とは大きく違っていた。
槍の刃先の下にあるものがくっついているのだ、それが普通ではない。
宝石などの類や、持つ棒の部分に絵が描かれている程度ならば、マスタドもそこまで気にしなかった。
しかし、それは明らかにおかしかった。
武器としてくっついているのには、あまりにもおかしな武器だった。
「なんで、お前の槍には"金庫"がついてるんだよっ!」
そう、金庫。
ダイヤル式の槍の大きさから考えてもあまりに不相応な大きさの、小さめの小箱(多分、短刀なら余裕で入るくらいの)くらいの大きさの金庫がくっついているのだ。
「金庫がついた武器、ってなんだよ! 明らかになにかがあるのは分かるが、そうする必要性が感じられんっ!」
「…………」
「なんだ、その武器!? 絶対、怪しすぎるだろう!? 本当に意味が分からないんだが?!」
「…………」
だんまりである、明らかになにかがあるのは確かである。
だからこそマスタドはその金庫つき剣を狙っているのだが‐‐‐‐
「……ふんっ!」
黄金を展開し、四方から黄金の力によって攻め込む。
しかし、一瞬金庫が光り輝くと共に、剣の刀身が青く光り輝く。そして黄金を斬り落としていた。
「‐‐‐‐あいつの槍さばき、半端じゃねぇ! なんだ、あれがあの金庫の能力、ってやつか?!」
斬り落とすことで、黄金から地面へと戻った。しかし、そんな彼女の視線はずっと上へと向いていた。
「ルック、ルックルック……上をご覧なさい」
「……上? っ!」
誘導されるように、マスタドの視線は上を向いていた。
そして見た、上空にて槍の衝撃波が宙に形となって浮かんでいることを。それが本物の斬撃であることは、近くを通った鳥の翼が切れたことからも明らかだ。
「斬撃が、宙に浮かんでる?!」
「ドロップ、ドロップドロップ……落とします」
槍についた金庫が光り輝くと共に、槍の衝撃波が下へと落ちてくる。地面を黄金に変え、衝撃波を防ぐも‐‐‐‐その隙を見て、ココアは槍で頭をぶん殴る。思いっきし勢いのあるそれは、槍に不必要に埋められた金庫の重みもあって十分な威力を生んでいた。
気絶、とまではいかないが、頭を殴られたことでマスタドの意識が軽く飛ぶ。そして、地面から手が離れたことで黄金化の魔法も解ける。
魔法を唱えようとするも、ココアはマスタドの両手を奪っていた。
地面に触れさせないように、そういうようにココアはマスタドのマウントポジションを取っていた。
「クワイエット、クワイエットクワイエット……まずは黙らせましょう。"目的"は果たさなくてはなりません」
「……っ! 《黄金の》‐‐‐‐」
「ハーリー、ハーリーハーリー……魔術を発動する前に、さっさと目的を‐‐‐‐」
すっ、と槍を短く持ち替えて、そのまま彼の腹に‐‐‐‐
「騎士様っ! あそこですわっ、あそこに犯罪者が!」
‐‐‐‐突き立てる前に、邪魔が入った。
ココアはこれ以上は不利益だと感じて、短く持っていたのを、元の位置まで戻していた。
「ストップ、ストップストップ……邪魔が入りましたか、ここは一旦退きましょう」
槍の金庫がまた光り輝いて、まるで当然のように……空を走って去っていた。
そんな中、後ろを振り返って、騎士に通報した人間の顔をじっと見つめていた。
「ユー、ユーユー……次は、あなたにしましょう」
黒づくめのコートを深々と着込む彼女に、通報した女もまたココアをじっと見つめていた。
「あの女の胸、大きかった……わよね?
まさか、あの娘も虚乳、なのかしら?」
通報した女、タタン・トルテッタはそう邪推していた。
極東の島国出身の魔術師であり、他のどの国とも違う"五行"なる魔術式の使い手である彼女がアルブレンド・コビーに言ったのは恐るべき内容であった。
「‐‐‐‐さて、長々と話してきたが、仕方ない。本題に入りましょうか。
今回見つかった超一流の犯罪者。魔術師を"殺す"ためにカスタマイズされたその暗殺者の名前は、アルブレンド・ココア。コビー君、あなたとは腹違いとは言え妹という関係にある者だよ」
それに対して、コビーは一瞬顔をしかめるも、すぐさま顔をもとの表情へと戻す。しかしどう見ても、その顔は平静とは言いづらく、なにか無理しているような顔であった。
「1つ、言っておくが‐‐‐‐」
コビーはそう前置きして、
「‐‐‐‐ココアのことは良く知っている。腹違いとは言え、家族の中でもわりかし年齢が近いおかげか、結構話をする機会も多かったからな」
‐‐‐‐そう続けた。
王族とは、よほどの例外がない限りは家族同士の絆が希薄になる。王としての立場や民からのイメージなどもあって、生まれてから成人するまで父親である王と会わなかったというのも、珍しい話ではない。
コビーも例外ではなく、未だ父親と会ったのは数回程度、片手で数えられるくらいである。まぁ、継承権1桁代ならばもっと多く会ってるだろうが。
アルブレンド・ココアも似たような事であり、継承順位は第19位。継承順位も近く、歳も彼女はコビーの2歳下とわりかし近かった。ゆえに話も多かった。
「俺は色々と家族として、と言えるかは分からないが、ともかく接してきたのが多いのは事実だ。そのうえで言える、妹のココアには魔術師を倒す力はない。性格などを含めないで、でもだ」
性格で「あいつには出来ない」「あいつにはそんな事をするはずがない」と言うのは簡単だが、説得力に欠ける。それが故にコビーは「倒す力はない」と能力面の話に持ってきたのである。
「ココアは槍の名手だ、その太刀捌きは同年代、あるいはアルブレンド国随一と言っても過言ではないくらいだ。だがしかし、それでもアイツには出来ない」
「何故、そう断言できるのですか? 妹だから、それとも女だから?」
「槍しかない、からだ」
俺の言葉に、メグ生徒会長もようやく納得してくれたみたいだ。
魔法使いか、そうでないか。それは大きく違う。戦法も、強さも、それは大きく変わってくる。
「ココアの槍は確かに素晴らしい、模擬戦でアイツの槍を受け止めるだけの実力差に俺は出会ったことがない。だが、それも"模擬戦"という範囲で絞ったらの話だ」
身体能力強化も、相手の身体を邪魔するのも、あらゆる魔法の才能がない妹。それがアルブレンド・ココア。
確かに彼女の実力は群を抜いているが、それは槍だけ。
彼女の槍の才覚を100とすると、他の槍使いは20、多くても50くらい。
しかしそこに魔法が掛け合わさると話が全然違ってくる。
槍の力と、槍と魔法の力の2つ。
選択肢が1つなのか、2つなのか。
それだけでも話はかなり変わってくるのは間違いない。
ちょっとした、相手の地面を濡らす程度の魔法しか使えなくても、それでも十分有利だ。なにせ相手はいつ地面が濡れるかを気にし、相手が目つぶしで水をやって来るのも気にしなければならない。
魔法が使えるのか、そうではないのか。それは大きな違いとなるのである。
だからこそ、こうして大規模な魔法を学ぶ学校があるわけだが。
「学生程度なら、ココアの槍なら十分あいつらを圧倒できるだろう。だがしかし、今の話だとココアは超一流の犯罪者、魔法を極めた魔術師相手に連勝をしているんだろう?」
「えぇ、少なくともそれで7人の中級魔術師が重傷を負っています。《魔術師殺し》という通り名の割には、誰も殺していないようですが」
「7人……」
リストを見さして貰うと、"世界に名だたる"とは言えずとも少なくともココアに敗けるほど酷い成績を持っている者はいなかった。
「それで、うちの妹が迷惑をかけているから、俺が対処しろ。そう言ってると理解してかまいませんか?」
「実際、本当に苦労してるんですよ。相手は学生と言っても差しさわりない年齢の"カレン"な少女、それですので出来ればこちらの面子を保つためにも、対処してもらえるとありがたいんですよ」
「……1つ、聞かせてもらいたいことがある。それで決めさせてもらう」
指を1本立てると、メグ生徒会長はふむふむと頷いていた。
「……あぁ、報酬の件、ですね。報酬は学園の方からは10個の授業の免除、受けたくなくても必須の授業もこれで解決、ですよ? 後、この件をこちらに持ち込んだ王宮の方からは貴重な魔石の授与、という形になってますが?」
「いや、そうじゃない」
確かに10個の授業を免除するのは嬉しい。しかし、別に授業は嫌いではない。
貴重な魔石というのも、元は王宮の出であるコビーにとってはそこまで魅力には感じていない。
「……そうでないとなると、本気で分からないの、ですが? 他に、なにが聞きたいのですか?」
メグ生徒会長がそう言うので、コビーは指を1本だけ立てて指し示す。
「うちの妹は、誰かに操られていますか?」
その質問に対して、メグ生徒会長は----ニコリと笑みを浮かべて答えを出してくれた。
「‐‐‐‐はい、確実に誰かに操られてるでしょうね」
☆
‐‐‐‐ある日の夜。
共和国裏路地、そこでは1人の人間が必至の形相で逃げまどっていた。
逃げまどう者の名は、【マスタド】。別の国から商売に来ていただけの、初級術の魔王使いである。
「なっ、なんでこんな目に!」
ただフラッと、たまたま仕入れた商品が共和国では売れるかも‐‐‐‐そう思って、この共和国にやって来た。そう、ただそれだけ。
まさか、"殺人鬼"に襲われるとは思いもせずに。
「…………」
殺人鬼は無言で、マスタドを追いかける。
赤みがかかった金色の髪を肩まででざっくりと切り揃えており、どこか冷たい冷酷な瞳を持った人形のような美少女。黒ずくめのコートのような服装を着て、手と足に騎士が着けるような具足を身に着けていた。
そんな彼女は、必死に逃げるマスタドを追いかける。歩きで。
「おっ、おかしいだろう! 僕、けっこう速く走ってるのに! どうして、歩きで?!」
「おかしな事、ですか? ちなみに歩いているのですか? ラン、ランラン……つまり走ってますよ?」
その割には全然急いでいる感じではなく、ただ歩いているだけである。
相手はゆっくり歩いているはずなのに、必死で逃げるはずのマスタドは逃げられない。
歩いているはずなのにも関わらず、こちらが走ってる速さと変わらないからだ。明らかにおかしい、なにかが変だ。
「……くっ! これが《魔術師殺し》ココア!?」
噂程度ならば、マスタドは知っていた。
‐‐‐‐超一流の犯罪者である、《魔術師殺し》のココア。
既に幾人もの魔術師が重傷を負っていると言われている。
マスタドも同じ魔術師として、一応は気を付けていたがそもそも狙われてきたのが中級魔術師ばかりなのも相まって、自分は大丈夫だと思っていたのだ。
まさか自分が……などという形で。
「えぇい! だがしかし、下級だからって舐めるなよ! 僕は下級魔術師ではありますが、僕の魔法はかなり相手しづらいです、よっ!」
そう言いながらマスタドは、振り返り、そして自身の両手を地面へとつける。
「‐‐‐‐《黄金の地》!」
彼が魔力を地面に流すと共に、魔力が流れた部分から地面が黄金の大地へとその姿を変えていく。そして地面の上に置いてあったゴミが黄金に触れると共に、まるで池の中に沈んでいくかのように黄金の中へと沈んでいく。
街路樹も、花壇も、全てが黄金に触れると共にその黄金の中へと落ちていく。
「……?」
「どうだ、僕の実力は中級魔術師よりもすごい、《金》の魔術によって周囲を僕の空間へと変えていく魔術!
効果のほどは今の通り! ただし地面に手をつけないといけないから、汎用性がないから中級に上がれないけど!」
マスタドの実力は、既に中級魔術師と肩を並べても良い次元に達している。
少なくとも魔力を通して周囲を自身の戦闘域に変えるという能力、そしてその効果範囲がこの町1つを覆っても足りるというほどの広さを考えれば、いつ中級に上がってもおかしくはない。
最も、その分手は地面に接し続けなければならない仕様なので、機動力・回避能力がないから中級に上がれないのだが。
「戦いは嫌いだ、でも倒されるよりかはマシだっ!」
黄金へと変わった地面を操作し、大きな触手を10本ほど作成するとそれを鞭のようにしならせ、そのままココアという犯罪者めがけて叩きつける。
激しく打ち付けることによって、大量の土煙と共にココアの姿がかき消えてしまっていた。
周囲の影響は既に頭から抜け落ちていた、後で黄金を売って弁償するつもりであった。彼の作り出す黄金は彼の手から離れると、途端に元の姿へ戻ってしまうので、かなりの額を出さなければならなくて、周囲の被害を考えると頭が真っ青になるが、命には変えられない。
「やった、か? いや、あの勢いでも倒れてないとも限らない。黄金になった物質は元より硬くなるけど、どこまでとも言えないしな。しかもあいつの得物‐‐‐‐」
そんな事を周囲の被害状況+賠償金請求額と共に、マスタドが考えていると煙が晴れ、中から無傷のココアがなんでもないかのような表情で現れる。
「むっ……やはり、ダメ、か。その得物、いったいなんだ?」
ココアが所持している得物、それは槍。しかし、その槍は普通とは大きく違っていた。
槍の刃先の下にあるものがくっついているのだ、それが普通ではない。
宝石などの類や、持つ棒の部分に絵が描かれている程度ならば、マスタドもそこまで気にしなかった。
しかし、それは明らかにおかしかった。
武器としてくっついているのには、あまりにもおかしな武器だった。
「なんで、お前の槍には"金庫"がついてるんだよっ!」
そう、金庫。
ダイヤル式の槍の大きさから考えてもあまりに不相応な大きさの、小さめの小箱(多分、短刀なら余裕で入るくらいの)くらいの大きさの金庫がくっついているのだ。
「金庫がついた武器、ってなんだよ! 明らかになにかがあるのは分かるが、そうする必要性が感じられんっ!」
「…………」
「なんだ、その武器!? 絶対、怪しすぎるだろう!? 本当に意味が分からないんだが?!」
「…………」
だんまりである、明らかになにかがあるのは確かである。
だからこそマスタドはその金庫つき剣を狙っているのだが‐‐‐‐
「……ふんっ!」
黄金を展開し、四方から黄金の力によって攻め込む。
しかし、一瞬金庫が光り輝くと共に、剣の刀身が青く光り輝く。そして黄金を斬り落としていた。
「‐‐‐‐あいつの槍さばき、半端じゃねぇ! なんだ、あれがあの金庫の能力、ってやつか?!」
斬り落とすことで、黄金から地面へと戻った。しかし、そんな彼女の視線はずっと上へと向いていた。
「ルック、ルックルック……上をご覧なさい」
「……上? っ!」
誘導されるように、マスタドの視線は上を向いていた。
そして見た、上空にて槍の衝撃波が宙に形となって浮かんでいることを。それが本物の斬撃であることは、近くを通った鳥の翼が切れたことからも明らかだ。
「斬撃が、宙に浮かんでる?!」
「ドロップ、ドロップドロップ……落とします」
槍についた金庫が光り輝くと共に、槍の衝撃波が下へと落ちてくる。地面を黄金に変え、衝撃波を防ぐも‐‐‐‐その隙を見て、ココアは槍で頭をぶん殴る。思いっきし勢いのあるそれは、槍に不必要に埋められた金庫の重みもあって十分な威力を生んでいた。
気絶、とまではいかないが、頭を殴られたことでマスタドの意識が軽く飛ぶ。そして、地面から手が離れたことで黄金化の魔法も解ける。
魔法を唱えようとするも、ココアはマスタドの両手を奪っていた。
地面に触れさせないように、そういうようにココアはマスタドのマウントポジションを取っていた。
「クワイエット、クワイエットクワイエット……まずは黙らせましょう。"目的"は果たさなくてはなりません」
「……っ! 《黄金の》‐‐‐‐」
「ハーリー、ハーリーハーリー……魔術を発動する前に、さっさと目的を‐‐‐‐」
すっ、と槍を短く持ち替えて、そのまま彼の腹に‐‐‐‐
「騎士様っ! あそこですわっ、あそこに犯罪者が!」
‐‐‐‐突き立てる前に、邪魔が入った。
ココアはこれ以上は不利益だと感じて、短く持っていたのを、元の位置まで戻していた。
「ストップ、ストップストップ……邪魔が入りましたか、ここは一旦退きましょう」
槍の金庫がまた光り輝いて、まるで当然のように……空を走って去っていた。
そんな中、後ろを振り返って、騎士に通報した人間の顔をじっと見つめていた。
「ユー、ユーユー……次は、あなたにしましょう」
黒づくめのコートを深々と着込む彼女に、通報した女もまたココアをじっと見つめていた。
「あの女の胸、大きかった……わよね?
まさか、あの娘も虚乳、なのかしら?」
通報した女、タタン・トルテッタはそう邪推していた。
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霊飼い術師の鎮魂歌
夕々夜宵
ファンタジー
____アラン国
それは現世を生きる人々の世界とは違う世界であった。
表の世界、樹林のように立ち並ぶビル群、発展したIT技術、医療技術。我々が住む平和な現代社会の発展には、もう一つの世界の礎があったのだ。
そこは裏の世界。アラン国を中心とした世界には人間の他に、妖怪が存在していた。それら妖怪は人々の発展を妨げる者も多く、人間、発展を望む妖怪とは永きに渡り争いが起きていた。そんな妖怪と渡り合うべく生み出された四つの力。それらの力により、裏の世界は表の世界をいつだって支えてきたのだった。
___これはそんな、誰も知らない裏の世界の話である。
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