放課後・怪異体験クラブ

佐原古一

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6章 花子さんのいるトイレ

ようこそ

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 委員会が長引いて、すっかり夕陽も沈みかけていた。教室に戻って自分の席に座ろうとして見慣れないものを見つけた。本、だった。小説だろうか。こんなもの借りた覚えはない。誰かが間違えて僕の机の上に置いたんだろうか。本の裏表紙を開くと貸出カードが入っている。一々誰のものか聞いて回るより図書室へ返しに行った方が早そうだった。
 一年A組の教室を出てすぐ目の前の階段を二階分上がって、右手に曲がって進んだ突き当たりに図書室がある。見慣れない両開きのドアを開けて中へ入った。期末テストまでまだ時間があるのに居残って勉強している生徒もいる。熱心だなと思った。けれど他にはもう一人本を読んでいる生徒がいるだけで、図書室の中は寂しいというかすたれている印象だ。
 僕は貸出カウンターの前に行って本をカウンターの上に置いた。当番をしているはずの図書委員はいない。カウンターの奥の部屋に向かって声を掛けようとしたその時。
「そうか、“また”出てきてしまったのか」
 聞きなれない声がすぐ隣で聞こえてさっと振り返る。誰だろう……。それは全く知らない人だった。襟に三年生の学年章をつけている。
「いや、これはまた違うものだね。なるほど面白い」
 そう言って彼は僕の目の前でパラパラと本をめくってみせた。するとページとページの間から封筒が落ちてきた。僕はかがんでそれを拾い上げる。表には「○○くんへ」と書かれていた。封筒を裏返したけれどこっちに名前は書かれていない。
「そうか、届かなかったラブレターか」
 と先輩。封筒はだいぶくたびれている……というか風化していた。黄ばんでいるけど元々は白かったのかもしれない。ペンで書かれた宛名もだいぶかすれている。少なくとも、つい最近書かれたものじゃないことは確かだ。どうしてこんなものが僕の机の上にあったのだろう。まるで隠すように本の中に挟んだ状態で。彼は何故か嬉しそうに言った。
「その手紙が君の元に届いたのは何かの縁だ。ついておいで」
「え、でも……」
「知らないのかい? この学校に伝わる噂の『届かないラブレター』」
 なんだそりゃ。そんな話は聞いたことがない。それに、どうしてそんなものが噂になるんだ?
「そのラブレターを受け取った人は差出人の願い通り、思い人に手紙を届ける必要がある。もしそれができなかったら……手紙を受け取った人は死ぬ」
 何を言ってるんだこの人は。そう反発したかったけれど、僕は言い返せなかった。彼が冗談を言っているようには見えなかったからだ。まるで死刑宣告された人を見るような、神妙な面持ちをしている。
「一年A組の結城航(ゆうきわたる)くん」
 突然フルネームを言い当てられて僕は息を呑んだ。ドキリと心臓の跳ねたような錯覚を覚える。
「僕はこの学校のことならなんでも知ってるよ。部長だからね」
「部長?」
「ついておいで。それにしても、航と書いてわたる……か」
 部長と名乗った彼はどこか愉快そうな顔をしながらすたすたと図書室を出て行った。思わずその後ろを追いかける。どこへ行くんだろう。彼は階段を昇って行った。
「この学校には不思議なことばかり起こる。でも『不思議』なだけではすまされないことも多い。君も三年間を無事に過ごして学校を卒業したいなら気を付けること。たぶん、君はもうあいつらに目をつけられているからね」
「あいつら?」
 僕がおうむ返しに尋ねても部長さんは答えてくれなかった。僕たちがたどりついたのは四階の北校舎にある部屋だった。何かの部室だろう。学校にこんな場所があったのか。全く人気のない廊下は異様で独特の雰囲気がある。校庭から運動部の掛け声が聞こえてくるけど、どこか別世界の出来事のように思えた。彼は、部室の扉に手を掛ける。
「僕は“三年D組”の保科佑。怪異体験クラブの“現”部長だ。今の君にはまだ分からないだろうけど、きっと“君も”この部活へ入ることになるよ」
 それは不思議な確信を持って告げられた言葉だった。彼は扉を開けて、僕に部室へ入るように促す。わずかに夕陽の差し込む部室の中で、部員らしき人たちが僕の方を振り返った。戸惑った僕は保科先輩を見つめたけど、彼は愉快そうにこう言うだけだった。保科先輩の声が、放課後の部室に響く。
「ようこそ、怪異体験クラブへ」

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