放課後・怪異体験クラブ

佐原古一

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2章 旧校舎の怪・または七不思議

今そこにある危機

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 理科室を出ようとした瞬間、先に外へ出ていた先輩に制された。
「静かに、早く中へ」
 何のことか分からなかったけど大人しく従う。先輩は身を低くして机の下に隠れ、僕にもそうするよう促した。二人で声を潜めてじっとする。すると、教室の外で床板がギシギシと鳴った。音はこちらへ近づいてくる。廊下側の窓から、うすぼんやりした光が浮かび上がった。
 誰かが、明かりを持って旧校舎の中を歩き回っている。自分の呼吸や心臓の音さえ聞こえそうなくらいの静寂。そこに響き渡るギシギシと床板の苦しむような音。瞬きを忘れて外の足音に耳を傾ける。足音は音楽室の方――西側の階段に向かっているようだった。
 どれくらいそうしていただろう。背中にじっとりと嫌な汗をかいているのが分かる。足音が聞こえなくなってしばらくすると、先輩が四つん這いで教室のドアに近づいた。隙間から外の様子をうかがう。やがて僕を振り返ると小さな声で言った。
「下の階へ向かったようです」
 恐る恐る机の下から身を乗り出すと先輩は手を貸してくれた。
「警備員でしょうね。旧校舎の入り口が開いているのを見て確認しにきたんだと思います」
 一瞬ほっとするけど、まずいことになったと気づいて青くなる。侵入がバレてしまった。もし捕まったら怒られるどころじゃ済まないかも知れない。もし休学処分になったら親になんて説明しよう? あわや退学という想像をして、また冷や汗がにじんできた。けれど先輩は顔色一つ変えずに手招きしてくる。
「相手も明かりを持っていますから居場所はすぐ分かります。はち合わせを防ぐためにあえて後ろをついて歩きましょう。廊下は一本道ですし見失うこともないはずです」
 そう言って先輩はポケットからハンカチを取り出して懐中電灯にかぶせた。懐中電灯の鋭い光がぼんやりと柔らかくなる。なるほど。足元を確認するだけなら、このくらいの明かりでも大丈夫だろう。警備員に気づかれにくくするための配慮だった。
 なんというか先輩の一挙一動が手慣れ過ぎていて「いつもこんなことをしてるのかな」と疑ってしまう。机の下に根を張るタイプに見えるけど、実は潜入捜査が得意な忍者タイプなんだろうか。
 警備員がいないことを確認してから階段を降りようすると、先輩が突然こんなことを言った。
「階段の数を数えてください」
 え? どうしてそんなことを言うのか一瞬分からなかったが、ここには増える階段という七不思議があったな……と思い出した。今そんなことを気にするなんてすごい人だな。僕は一秒でも早く校舎を出たいという思いで頭がいっぱいだったのに。
「(一……二……)」
 声には出さず階段を数える。確か先輩は十二段あると言っていた。
「(九……十一……)」
 え?
「(十二……)」
 え?
「十三……」
 自然と声に出して数えていた。一階にたどり着いた時、確かに階段は十三段あった。背筋をさっとつららが通り抜けたような感覚。これまで降りてきた階段を振り返ろうとしたけど――ためらった。まるでこの世のものとは思えない、牙を剥いた怪物がすぐ後ろにいるような気がしたのだ。大きな闇が口を開けて僕たちを丸のみにしようとしているんじゃないか……そんな想像をしてしまう。
「やっぱりみんなそう数えるんですね」
 けれど浅場先輩は飄々としていた。
「階段は間にある段数を数えます。だから最後の床は数えないんです」
 あ、すみません……。なるほど、数え方が人によってバラバラだから数が増えているとか足りないとかっていう話になるのか。
 他にも検証したい七不思議はあったが旧校舎への侵入がばれた以上、現場に留まるのは危険だった。僕たちはまっすぐ昇降口を目指したけど、運よく警備員と鉢合わせすることはなかった。二階建ての小さな校舎とはいえあちこち床の傷んだ旧校舎の中を探し回るのは危険だし、外に出て警備会社に応援を呼んでいるのかも知れない。
 だだっ広い校庭を突っ切って正門を通るのは危険なので、旧校舎の裏手にある裏門から外へ出る。旧校舎を振り返ると、満月を背負った木造の校舎は死んだように静かだった。
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