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2章 旧校舎の怪・または七不思議
なんとかの正体見たり…というけれど
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夜の校門でさえ不気味なのに僕たちが目指すのは旧校舎だった。懐中電灯で旧校舎の入り口を照らすと、浅場先輩が旧校舎を見上げてたたずんでいた。僕は待ち合わせの五分前に着くように家を出たけど、先輩に先を越されてしまった。
「正面玄関の鍵は開けておきました」
浅場先輩は少しも気後れする様子もなくスタスタと歩き始めた。慌ててその後にひっついていく。というか、開けておいたってこの人もシーフ技能持ちか。このクラブでは必須能力なのかもしれない。
「まずは音楽室から見に行きましょう」
木造の校舎は二階建てで特別教室は全て二階にあるらしい。僕は真咲先輩から渡された紙のことを思い出す。そこには「旧校舎にまつわる七不思議」が手短にまとめられていた。音楽室にあるのは「ひとりでに鳴るピアノ」という定番の噂だ。
木造の校舎は床板も木でできている。足を降ろすたびに、乾いた音のする床板を踏み抜いて地の底に落ちてしまうような気がした。だから自然と忍び足になっていた。
まるで建物自体が死んでしまったように静かな旧校舎では、床板のきしむ音があまりに不気味だからというのもある。それは言葉にならない声を上げる化け物の姿を想像させる。右手にある真っ暗な教室のドアから何か飛び出してくるのではないか。いつの間にか足音が一つ増えていて、何かが僕たちの後ろをついてきていたりしないか……。そんな不安を抱かせるくらいに得体の知れない空間だった。夜の旧校舎は。
浅場先輩も足音を立てないよう慎重に進んでいるけど、怖がっているようには見えなかった。意外と度胸があるというか肝が据わっている。でも助かった。僕がこうして先へ進めるのは浅場先輩がずんずん前を歩いてくれるからだ。彼まで怯えていたら、僕も足がすくんで一歩も前へ踏み出せなかっただろう。
二人で旧校舎の西端にある階段をのぼる。窓ガラスの代わりに張られたダンボールの隙間から漏れてくる風は生暖かくて、かえって身震いを誘う。それは大きな階段で、踊り場には鏡がしつらえられていた。階段を下りてくる生徒と上がってくる生徒がぶつからないようにするカーブミラー的な役割があるらしいけど、思わず目を逸らしてしまう。もし鏡の中に何か――存在しないはずのものを見てしまった時、どうしていいか分からなかったからだ。
浅場先輩は気おくれする様子もなく二階に続く階段を上がっていく。途中で僕を振り返って「足元に気をつけてください」とか「釘が飛び出ているから触れないように」と気遣ってくれさえした。確かに旧校舎への同行者は浅場先輩で正解だったかもしれない。僕は真咲先輩の采配にちょっとだけ感謝した(そもそも彼が僕の旧校舎行きを勝手に決めなければこんな思いをすることもなかったけど)。二階へたどり着くと、浅場先輩が僕を振り返って言った。
「十二段ありましたね」
突然すぎて返事できなかったが階段の数を言っているらしかった。そういえば七不思議に「真夜中に増える階段」なんてものもあったな。今は夜の九時過ぎだから真夜中という時間でもない。それでもポケットから携帯電話を出して時間を確かめてしまう。もしかしたらここは現実――僕たちのいる世界とは時間の流れが違うかもしれないからだ。
……自分がすっかり旧校舎の異様な空気にのまれているのを感じて、僕は自分に喝を入れた。しっかりしないと。こんな状態じゃ、見ていないはずのものまで「見えた」と言い出しかねない。「見たくない」という気持ちが「もし見えたら……」という恐怖を増幅させる。
二階に着いて右手に曲がると一つ先の教室が音楽室だった。夜ひとりでに鳴るピアノ、か。先輩が音楽室のドアに手を掛けると、木製のドアはたてつけが悪いらしくガタガタと鳴った。まるで歯ぎしりしているような。
くだんのピアノは窓辺に置かれている。そこにあるだけなのに迫力があった。他の楽器は全て運び出されたのにピアノだけは置き去りのままというのが、いかにもいわくつきという感じだ。噂によると、ピアノを運び出そうとしたらケガ人が続出したので断念したとか。
先輩は懐中電灯で照らしながらピアノに使づく。ふたは開きっぱなしだ。まるで、ついさっきまで誰かが弾いていたように……。先輩はためわらずに鍵盤を押した。僕が止めるひまもなかった。ドから順番に白鍵を押していくとむずがゆいような、異星人の声を聞いているような、なんとも言えない音がした。
「放置されているから当たり前ですけど調律が狂っていますね」
そう言って先輩は何故か天を仰いだ。つられて僕も天井を見上げる。天井にびっしりと浮き出たシミの中に人の顔のようなものが見えた気がした。そして……何かカタカタと小さな音がした。中に何か入った小箱を振っているような音。
聞き間違いだろうか。思わず僕は浅場先輩の顔を見た。先輩も気付いたのか、天井を見つめる目つきが鋭くなった。気のせいじゃない。カタカタカタと……天井の上に「何か」がいる。
僕は「呪いの本」との出遭いが原因で怪異体験クラブに入ったけど、いわゆる幽霊を直接見たことはない。なんとなくそうものに免疫があるつもりでいたのに、いざ対面するとなると全身が総毛だつ思いがした。自分でも顔から血の毛が引いていくのが分かる。
青ざめる僕をよそに浅場先輩は相変わらず天井を見上げていた。そうすることで天板の向こうを見通せるかのように。僕は何も言えずに彼の様子を見守った。
この上に何がいるのだろう? 音は聞こえては消え、また慌ただしく鳴りだすというのを繰り返していた。全神経が「何か」の立てる物音に集中する――。
じっと天井を見つめていた浅場先輩はやがて確信を得たように言った。
「ひとりでに鳴るピアノの正体が分かりました」
え? 僕は先輩の言葉に思わずぞっとした。その先を聞きたいような、聞きたくないような……。心の準備ができていない僕に、先輩はこともなげに言った。
「ねずみですよ。夜になると天井裏に住むねずみが駆けっこをするみたいですね。時々天井裏から降りてきて、ピアノの上を歩いたりするんでしょう」
すると天井に空いた小さな穴から何かが顔を出した。ひげをひくひくと震わせながら小さい瞳でこちらを見つめている。
まさにねずみだった。そしてカタカタカタ……という軽い足音がいくつも聞こえてくる。運動会でもしているのかと言いたいくらい、たくさんの足音が天井板を踏みつけていた。
「……大家族なんですね」
僕はさっきまで感じていた恐怖心に気づかれたくなくて、慌ててそう言った。
「旧校舎でピアノが鳴っても確かめにくる人はいないでしょう。夜中ならなおさら。だから真相は誰も知らずじまいということです」
「まぁ昼でさえ気味が悪い場所ですもんね」
「旧校舎は怪談を生み出すには最高のロケーションです。『立ち入り禁止の場所』と『夜中』という条件が事実を歪めてしまう。こうして怪談が作られることでなおさら不気味なイメージが広がるから、一層いわくのある話が増える」
うーん。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつか。
「次へ行きましょう」
と浅場先輩。僕はほっとした半面、がっかりしていたのを自覚した。心のどこかで怪異に遭遇することを期待していたのだろう。自分でも矛盾していると思う。
でもそういうものじゃないだろうか。あるはずのないものを見たい、いないはずのものに出会いたい。そういう風に思うことは誰にでもたぶん、きっとある。非日常をちょっと覗き見たいと思うことはおかしなことじゃないはずだ。
音楽室の隣は理科室だった。珍しい立地だと思うけど(火事になったら隣の音楽室にある楽器が燃えてしまう)、探検する身としては楽で助かる。もう薬品や器具はあらかた持ち出したのか理科室のドアは開いていた。ピアノと違って劇薬は放置できない。盗まれたりしたら大ごとだから当然だろう。けれど教室の中にはガイコツの標本が忘れ去られたようにぽつんと置かれていた。入口から一番遠い教室の隅っこにたたずんでいる。
「ひとりでに踊りだすガイコツ……ですね」
これも七不思議の定番だろう。音楽室の件で少しは気が楽になり「何か仕掛けがないか調べてやろう」という気さえ芽生えてきた。まずは標本の周りをうろついて観察する。念のため後ろ側も確かめたけれどトリックに使えそうなものはなかった。そもそも骨の標本だから物を隠すような場所もない。結局、遠くから標本を動かすような仕掛けは見つけられなかった。
ガイコツとにらめっこする僕をよそに、浅場先輩は標本の周りを調べていた。近くの机や備品棚、蛇口のついた流しや窓。標本そのものにはほとんど興味がないようだった。そうやって理科室の中をひとしきり物色すると、彼はもう一度窓の前に立った。どうするのかと見守っていると、彼は僕を振り返って手招きした。
「これがひとりでに踊りだすガイコツを作り出した犯人です」
先輩が指さす先には……隙間があった。たてつけが悪いのか、窓と桟の間に大きな隙間が出来ている。
「標本が窓の近くにあるから、風が吹いた時に揺れたのを『ガイコツが動いた』と勘違いしたんだと思います」
外から旧校舎を眺めた時、ガイコツの標本は見えなかった。流しの所だけ窓がくもりガラスになっているからだ。
「誰かが肝試しでここへ来たのかもしれませんね。その話を聞いたほとんどの人は見間違いや嘘だと思うでしょうが、わざわざ確かめに来る人もいないでしょう」
それに相手は「ガイコツ」だ。標本とはいえ、たとえ真昼でも触るのはためらわれる。本能的に怖いと感じる見た目だからしょうがない。まして夜中の旧校舎まで見に行くなんて。
「入ってはいけないと言われている場所に、バカな若者がノリで出かけて行って痛い目を見るのは洋画ホラーの定番ですけどね」
と、浅場先輩。ふうん。実際の怪異に遭遇できるのにそういう映画も見るのか。別にバカな若者たちは幽霊に会いたいわけじゃなくて、スリルを味わいたいとか仲間に勇気のある所を見せたいとかそんなところだろうに。
ここへ肝試しに来た生徒も似たようなものだろうけど無事そうで良かったと思う。まぁ本当に何か事件が起きていたら、旧校舎は立ち入り禁止どころかとっくに取り潰されているだろうけど。
フーディーニ。ここへ来る前にちらっと調べた言葉だ。真咲先輩は浅場先輩をして現代のフーディーニであるという。ハリー・フーディーニは「脱出王」と呼ばれる奇術師だったけど同時に「心霊術」の信奉者でもあった。彼は亡き母に会うため何人もの「自称・霊能力者」と面会したけれど、連中のインチキを持ち前の洞察力でトリックだと見破ってしまう。本物の霊能力者を求めていたのに霊能力者などいないと証明してしまう男。
半ば怪異ハンターのような所がある怪異体験クラブにとって、浅場先輩はフーディーそのものだ。“怪異の存在を前提とするクラブなのに怪異は存在しない”と証明できる。それが怪異体験クラブにおける浅場先輩の立ち位置なのだろう。
「正面玄関の鍵は開けておきました」
浅場先輩は少しも気後れする様子もなくスタスタと歩き始めた。慌ててその後にひっついていく。というか、開けておいたってこの人もシーフ技能持ちか。このクラブでは必須能力なのかもしれない。
「まずは音楽室から見に行きましょう」
木造の校舎は二階建てで特別教室は全て二階にあるらしい。僕は真咲先輩から渡された紙のことを思い出す。そこには「旧校舎にまつわる七不思議」が手短にまとめられていた。音楽室にあるのは「ひとりでに鳴るピアノ」という定番の噂だ。
木造の校舎は床板も木でできている。足を降ろすたびに、乾いた音のする床板を踏み抜いて地の底に落ちてしまうような気がした。だから自然と忍び足になっていた。
まるで建物自体が死んでしまったように静かな旧校舎では、床板のきしむ音があまりに不気味だからというのもある。それは言葉にならない声を上げる化け物の姿を想像させる。右手にある真っ暗な教室のドアから何か飛び出してくるのではないか。いつの間にか足音が一つ増えていて、何かが僕たちの後ろをついてきていたりしないか……。そんな不安を抱かせるくらいに得体の知れない空間だった。夜の旧校舎は。
浅場先輩も足音を立てないよう慎重に進んでいるけど、怖がっているようには見えなかった。意外と度胸があるというか肝が据わっている。でも助かった。僕がこうして先へ進めるのは浅場先輩がずんずん前を歩いてくれるからだ。彼まで怯えていたら、僕も足がすくんで一歩も前へ踏み出せなかっただろう。
二人で旧校舎の西端にある階段をのぼる。窓ガラスの代わりに張られたダンボールの隙間から漏れてくる風は生暖かくて、かえって身震いを誘う。それは大きな階段で、踊り場には鏡がしつらえられていた。階段を下りてくる生徒と上がってくる生徒がぶつからないようにするカーブミラー的な役割があるらしいけど、思わず目を逸らしてしまう。もし鏡の中に何か――存在しないはずのものを見てしまった時、どうしていいか分からなかったからだ。
浅場先輩は気おくれする様子もなく二階に続く階段を上がっていく。途中で僕を振り返って「足元に気をつけてください」とか「釘が飛び出ているから触れないように」と気遣ってくれさえした。確かに旧校舎への同行者は浅場先輩で正解だったかもしれない。僕は真咲先輩の采配にちょっとだけ感謝した(そもそも彼が僕の旧校舎行きを勝手に決めなければこんな思いをすることもなかったけど)。二階へたどり着くと、浅場先輩が僕を振り返って言った。
「十二段ありましたね」
突然すぎて返事できなかったが階段の数を言っているらしかった。そういえば七不思議に「真夜中に増える階段」なんてものもあったな。今は夜の九時過ぎだから真夜中という時間でもない。それでもポケットから携帯電話を出して時間を確かめてしまう。もしかしたらここは現実――僕たちのいる世界とは時間の流れが違うかもしれないからだ。
……自分がすっかり旧校舎の異様な空気にのまれているのを感じて、僕は自分に喝を入れた。しっかりしないと。こんな状態じゃ、見ていないはずのものまで「見えた」と言い出しかねない。「見たくない」という気持ちが「もし見えたら……」という恐怖を増幅させる。
二階に着いて右手に曲がると一つ先の教室が音楽室だった。夜ひとりでに鳴るピアノ、か。先輩が音楽室のドアに手を掛けると、木製のドアはたてつけが悪いらしくガタガタと鳴った。まるで歯ぎしりしているような。
くだんのピアノは窓辺に置かれている。そこにあるだけなのに迫力があった。他の楽器は全て運び出されたのにピアノだけは置き去りのままというのが、いかにもいわくつきという感じだ。噂によると、ピアノを運び出そうとしたらケガ人が続出したので断念したとか。
先輩は懐中電灯で照らしながらピアノに使づく。ふたは開きっぱなしだ。まるで、ついさっきまで誰かが弾いていたように……。先輩はためわらずに鍵盤を押した。僕が止めるひまもなかった。ドから順番に白鍵を押していくとむずがゆいような、異星人の声を聞いているような、なんとも言えない音がした。
「放置されているから当たり前ですけど調律が狂っていますね」
そう言って先輩は何故か天を仰いだ。つられて僕も天井を見上げる。天井にびっしりと浮き出たシミの中に人の顔のようなものが見えた気がした。そして……何かカタカタと小さな音がした。中に何か入った小箱を振っているような音。
聞き間違いだろうか。思わず僕は浅場先輩の顔を見た。先輩も気付いたのか、天井を見つめる目つきが鋭くなった。気のせいじゃない。カタカタカタと……天井の上に「何か」がいる。
僕は「呪いの本」との出遭いが原因で怪異体験クラブに入ったけど、いわゆる幽霊を直接見たことはない。なんとなくそうものに免疫があるつもりでいたのに、いざ対面するとなると全身が総毛だつ思いがした。自分でも顔から血の毛が引いていくのが分かる。
青ざめる僕をよそに浅場先輩は相変わらず天井を見上げていた。そうすることで天板の向こうを見通せるかのように。僕は何も言えずに彼の様子を見守った。
この上に何がいるのだろう? 音は聞こえては消え、また慌ただしく鳴りだすというのを繰り返していた。全神経が「何か」の立てる物音に集中する――。
じっと天井を見つめていた浅場先輩はやがて確信を得たように言った。
「ひとりでに鳴るピアノの正体が分かりました」
え? 僕は先輩の言葉に思わずぞっとした。その先を聞きたいような、聞きたくないような……。心の準備ができていない僕に、先輩はこともなげに言った。
「ねずみですよ。夜になると天井裏に住むねずみが駆けっこをするみたいですね。時々天井裏から降りてきて、ピアノの上を歩いたりするんでしょう」
すると天井に空いた小さな穴から何かが顔を出した。ひげをひくひくと震わせながら小さい瞳でこちらを見つめている。
まさにねずみだった。そしてカタカタカタ……という軽い足音がいくつも聞こえてくる。運動会でもしているのかと言いたいくらい、たくさんの足音が天井板を踏みつけていた。
「……大家族なんですね」
僕はさっきまで感じていた恐怖心に気づかれたくなくて、慌ててそう言った。
「旧校舎でピアノが鳴っても確かめにくる人はいないでしょう。夜中ならなおさら。だから真相は誰も知らずじまいということです」
「まぁ昼でさえ気味が悪い場所ですもんね」
「旧校舎は怪談を生み出すには最高のロケーションです。『立ち入り禁止の場所』と『夜中』という条件が事実を歪めてしまう。こうして怪談が作られることでなおさら不気味なイメージが広がるから、一層いわくのある話が増える」
うーん。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつか。
「次へ行きましょう」
と浅場先輩。僕はほっとした半面、がっかりしていたのを自覚した。心のどこかで怪異に遭遇することを期待していたのだろう。自分でも矛盾していると思う。
でもそういうものじゃないだろうか。あるはずのないものを見たい、いないはずのものに出会いたい。そういう風に思うことは誰にでもたぶん、きっとある。非日常をちょっと覗き見たいと思うことはおかしなことじゃないはずだ。
音楽室の隣は理科室だった。珍しい立地だと思うけど(火事になったら隣の音楽室にある楽器が燃えてしまう)、探検する身としては楽で助かる。もう薬品や器具はあらかた持ち出したのか理科室のドアは開いていた。ピアノと違って劇薬は放置できない。盗まれたりしたら大ごとだから当然だろう。けれど教室の中にはガイコツの標本が忘れ去られたようにぽつんと置かれていた。入口から一番遠い教室の隅っこにたたずんでいる。
「ひとりでに踊りだすガイコツ……ですね」
これも七不思議の定番だろう。音楽室の件で少しは気が楽になり「何か仕掛けがないか調べてやろう」という気さえ芽生えてきた。まずは標本の周りをうろついて観察する。念のため後ろ側も確かめたけれどトリックに使えそうなものはなかった。そもそも骨の標本だから物を隠すような場所もない。結局、遠くから標本を動かすような仕掛けは見つけられなかった。
ガイコツとにらめっこする僕をよそに、浅場先輩は標本の周りを調べていた。近くの机や備品棚、蛇口のついた流しや窓。標本そのものにはほとんど興味がないようだった。そうやって理科室の中をひとしきり物色すると、彼はもう一度窓の前に立った。どうするのかと見守っていると、彼は僕を振り返って手招きした。
「これがひとりでに踊りだすガイコツを作り出した犯人です」
先輩が指さす先には……隙間があった。たてつけが悪いのか、窓と桟の間に大きな隙間が出来ている。
「標本が窓の近くにあるから、風が吹いた時に揺れたのを『ガイコツが動いた』と勘違いしたんだと思います」
外から旧校舎を眺めた時、ガイコツの標本は見えなかった。流しの所だけ窓がくもりガラスになっているからだ。
「誰かが肝試しでここへ来たのかもしれませんね。その話を聞いたほとんどの人は見間違いや嘘だと思うでしょうが、わざわざ確かめに来る人もいないでしょう」
それに相手は「ガイコツ」だ。標本とはいえ、たとえ真昼でも触るのはためらわれる。本能的に怖いと感じる見た目だからしょうがない。まして夜中の旧校舎まで見に行くなんて。
「入ってはいけないと言われている場所に、バカな若者がノリで出かけて行って痛い目を見るのは洋画ホラーの定番ですけどね」
と、浅場先輩。ふうん。実際の怪異に遭遇できるのにそういう映画も見るのか。別にバカな若者たちは幽霊に会いたいわけじゃなくて、スリルを味わいたいとか仲間に勇気のある所を見せたいとかそんなところだろうに。
ここへ肝試しに来た生徒も似たようなものだろうけど無事そうで良かったと思う。まぁ本当に何か事件が起きていたら、旧校舎は立ち入り禁止どころかとっくに取り潰されているだろうけど。
フーディーニ。ここへ来る前にちらっと調べた言葉だ。真咲先輩は浅場先輩をして現代のフーディーニであるという。ハリー・フーディーニは「脱出王」と呼ばれる奇術師だったけど同時に「心霊術」の信奉者でもあった。彼は亡き母に会うため何人もの「自称・霊能力者」と面会したけれど、連中のインチキを持ち前の洞察力でトリックだと見破ってしまう。本物の霊能力者を求めていたのに霊能力者などいないと証明してしまう男。
半ば怪異ハンターのような所がある怪異体験クラブにとって、浅場先輩はフーディーそのものだ。“怪異の存在を前提とするクラブなのに怪異は存在しない”と証明できる。それが怪異体験クラブにおける浅場先輩の立ち位置なのだろう。
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