僕たちの軌跡

スメラギ

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本編

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 数日後、本当に静かに過ごす事ができた。氷夜は本当に鏡を僕たちの護衛としてつけた。そして、本当に鏡を通してから氷夜は度々、僕たちの前に現れて怪我の具合と世間話をして部屋を出る。
 少しずつではあるが、回復していると実感できるようになった。先ず話せるようになったし、起きて座るという動作もゆっくりではあるが、できるようになった。

 そして、今日は宣言通りに翼が診に来てくれた。氷夜は腕を組んで軽く襖に凭れてこちらを伺っている。
 紅輝は邪魔にならない場所に座って、氷夜同様にこちらを見ていた。

 「ふむ…やはり、子宮は回復していませんから…もう、子どもは望めないでしょう」

 という翼の言葉にやっぱりか…と思った。この事・・・に関しては事態が好転するような気はしていなかった…

 「そう…」

 その言葉が口をついて出る。思わず出たそれは落胆にも近い声音だった。
 僕は紅輝を見ると手招きをした。素直に近づいきた可愛らしい我が子に怪我の有無を聞いく。

 「紅輝、怪我はないか?」
 「ちょっとかすっただけだから。それいがいはないよ」

 その言葉に『本当か?』という思いを込めてチラリと氷夜を見ると、頷いたので紅輝は掠り傷で済んだのだという安堵が押し寄せてきた。

 ホッとして紅輝に頷くと、我慢できなくなった…。
 僕はできる限り紅輝の頭を優しく撫でて、優しく抱き締めその存在を確かめた。

 僕の身体を思ってなのか、ぎこちなく回された紅輝の腕…。
 その体温に愛おしさと一緒に今までの事・・・・・を思い出し、いろいろな・・・・・感情が込み上げてくる…。

 紅輝を失わずに済んで良かった…。
 意識が戻って本当に良かった…。
 これからも我が子の成長を見守る事ができる…。
 この子は僕が授かる事のできた最後の・・・奇跡…。

 そう実感する事ができた僕は紅輝に見られないように、気づかれないように気をつけながら、溢れ出てくる涙を静かに流した。



 あれから僕は順調に回復をした。歩けるまでになった。ゆっくりではあるが、自分の足で厠へ行けるようになった…。

 だが、不思議な事に寝たきりの時は全く便意などを感じる事はなかった。

 それと、厠と風呂はこの部屋の近くにあった。この状態であるからか、あまり歩かなくて済んだのは純粋に助かった。

 恐らく、氷夜の配慮でそれらの近くの部屋を貸し与えてくれているのだろう。

 さらに、氷夜は頻繁に訪れるようになっていて…僕や紅輝に配慮して、今までは様子を見ながら来てくれていたらしい…特に・・紅輝が完全に・・・慣れるまでは遠慮していたようだ…

 氷夜は毎日、毎日、決まった時間に様子を見に来てくれた。忙しくしているはずなのに、欠かしたことはない。

 僕とは世間話など、紅輝の事も話した。僕が氷夜について聞けば、話せる範囲内で自分の事を教えてくれる。

 そんな僕と氷夜の様子を紅輝は眩しそうな表情を浮かべて見ていたりする。

 積極的に紅輝とも関わってくれた。まるで、本当の・・・父親なんじゃないかと錯覚するくらいに2人の距離は縮まっている。

 そして、質問の果に分かった事は、僕たちを保護しようと本格的に動き始め、保護に向かっていた矢先に前『神木かみき』の襲撃があり、僕が負傷したらしい…。

 「前『神木かみき』は?」と問えば、返ってきた答えは「亡くなった」という…

 「氷夜、貴方が殺ったのか?」と問えば、「殺ったのは俺ではない。俺が到着した時には既に亡くなっていた」という台詞を聞いた。

 『あぁ、この『鬼』が殺っていないのならば、やはり殺ったのは紅輝だろう…』

 そう思うと、全てが腑に落ちる…。
 完全に・・・意識が黒く塗り潰される刹那に見た黄金の双眸そうぼうは見間違いではなかったのだ…。
 助けられた分際で、今更とやかく言うつもりはない。
 それは何だか違う気がしたから…。
 けれど…もう、紅輝に殺しなんてさせたくない。

 ソレを氷夜に相談すると、「今はまだダメだが…。時期がくれば力の使い方、戦い方を教えよう。」そう言ってくれたので、紅輝の意見を聞いてからお願いした。



 そして、紅輝が4歳になった頃、氷夜に戦い方を教わり始めた。少しずつ自分の力に慣れた方が良いとの事だ。

 僕はその様子を縁側に腰掛けて見ている。

 紅輝は本当に特別な・・・・・・『鬼』で、氷夜では成し得ない『完全な鬼化』ができるらしい…
 氷夜ができるのは『通常な鬼化』までらしく、瞳の色が鮮やかな黄金に変わるだけらしい…。

 『通常な鬼化』普通の状態よりも飛躍的に能力が向上する

 紅輝の場合、『通常な鬼化』はもちろんできるが、さらにその上の、歴代『神木かみき』の中でも初代だけができていた『完全な鬼化』ができるようだ…。

 『通常な鬼化』とは別格の強さを誇る『完全な鬼化』。力に飲み込まれず、完全に制御できる上で『完全な鬼化』をする事ができるようになれば、紅輝に敵う者は誰もいない。束になったとしても勝てないだろう。

 神妙な顔をしてそう言い切った氷夜の顔に嘘はなかった…

 『完全な鬼化』はもちろん瞳の色は黄金だが、その上に肌の色が白色に変化し、紋章が浮かび上がり、額に角が生える。
 その姿はまさしく『鬼』そのものと言える容姿になるようだ。

 『完全な鬼化』とは似て非なるもの…『不全な鬼化』があるらしい。正気を保てなくなり、狂った『鬼』の成れの果てらしい…

 無差別に生き物を襲うから、被害拡大の規模が桁外れなんだとか…

 紅輝がそうなってしまえば、誰も止められない。『人間』はもちろんだが、『鬼』も他の生き物たちさえも全滅するだろう。

 そう言われるくらい紅輝は特別な『鬼』だった…。

 まず氷夜は私的な戦闘での『完全な鬼化』を禁止した。戦いに慣れ、力に飲まれなくなるまではその修行はしない。そう宣言した。

 紅輝も何か思うところがあるのか、難色を示す事はなかった。

 戦いの中で『通常な鬼化』の使い方を徐々に修得し、今では難なく『通常な鬼化』をできるようになった。

 稀に陽穂ようすいの『つがい』の息がかかった者たちと、前『神木かみき』に従っていた者たち(紅輝曰く、残党らしい)の襲撃があったが、その度に氷夜と紅輝、それに氷夜の庇護鬼たち数名が出撃していた。

 その時には僕にも2人、氷夜の庇護鬼がついた。言わずもがな、鏡と響である。

 紅輝はまだまだ幼い。心配で居ても立っても居られない事があったが…僕が出て行ったとしても足を引っ張るだけ。

 戦いの邪魔をして戦況が悪くなり、万が一の事があっては困る。僕1人のせいで被害が拡大してからでは遅い。

 だから、自身の思いを、動き出しそうな身体を理性で捻じ伏せた。戦闘が終わるまでは毎回、生きた心地がしなかった。
 戦闘が終われば2人に駆け寄り、怪我の有無を確かめる。怪我が無いと分かるまで安心する事はできなかった。



 保護されてから、もうすぐ3年がこようとしていた。紅輝ももうすぐ5歳になる。
 相変わらず、戦闘はあったが、その他は穏やかな日々だった…。

 だが、2つ悩みができてしまった。

 1つは『先読み』の力が殆ど失われている事実。
 もう1つは氷夜に対する僕の想いだった…。

 僕たちに真摯に向き合ってくれる彼を僕が好きになるのは、必然のような気がした…。

 氷夜にはこれからがある。子どもがほしいかもしれない…。しかし、僕にはもう子どもは望めないし、この想い自体がおこがましいのかもしれない…。

 それに僕は氷夜の『運命』ではない。
 文崇のようになるかもしれない…。

 そう思うと、恋愛に関して臆病になった僕は氷夜から贈り物を貰っても素直に喜べずにいた…。

 最近、紅輝が何かを言いた気な表情を浮かべて僕や氷夜を見ている事が増えた。
 口を開閉はするものの、結局、溜め息をついて止めてしまう。そんな日々が続いていた。

 紅輝の誕生日が間近に迫った頃…僕の身体に変化が起こる…。
 氷夜と他愛もない話をしながら紅輝と手を繋ぎ廊下を歩いていると、目眩を起こし、尻餅をついた。いや、つきかけた瞬間、隣に居た氷夜によって抱きかかえられた。

 「大丈夫か?」
 「あ、うん…ありがとう…。」

 氷夜にお礼を言ってフワリと笑うと、氷夜の顔が赤く染まり一瞬、固まった。
 紅輝はそんな氷夜をジト目で見たあと、僕を心配気に見上げる。

 「政義。大丈夫?」
 「うん。紅輝もありがとう」

 そう言って紅輝の頭を撫でると、何とも言い難い表情を浮かべた。まるで子ども扱いをするな。というふうにも見える。
 もうすぐ5歳児がする顔とは思えない表情に笑みが浮かんだ。

 「あれ?…っ…これは…」

 そう呟いた氷夜を見ると、言いにくそうに教えてくれた。

 「政義、お前から良い匂いがする」
 「良い匂い?俺には匂わないけど…」
 「紅輝、お前は政義の子どもだろう?血が繋がっていると影響を受けない場合がある。お前は運が良い。影響を受けない方らしい。」

 そう言って氷夜は僕を横抱きにすると僕と紅輝が生活している部屋へと足早に入り、そっと僕を座らせるとなぜか・・・布団を敷こうとする。

 「そこまでしなくても大丈夫だから」
 「いや、しかし…寝ていた方が楽なのではないのか?」
 「多分、これは…発情期の前兆だと思う…」

 そう、これは紅輝を身籠る前にあった感覚だ…

 「一応、診てもらおう。別の意味を持っていたら怖いからな」

 という慌てっぷりに、嬉しいような恥ずかしいような、こそばゆい思いをした…。

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