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本編
03
しおりを挟むあれはまだ母の妹ー…先代の舞姫がお役目を果たす前だった。
私の母は『家紋』を守るために居るような、感情を失くした人形のような人だった。既に私と姉妹である長女と次女は次代神子と舞姫に決まっていた。私は三女だからお役目はない。
先代舞姫はあの男がご執心だった人…
その人は歴代で一番美しいと言われていた。私も遠目に見た事がある。確かに美しい人だった。
その人には劣るが母もまた美しい容姿をもってはいたが、やはり隣に並ぶと母の美しさは霞む。
甘やかされて守られるように育った舞姫は例外なく傲慢で我儘に成長した。
それを知らないのは月宮家に住み込みお務めをしていない者たちだけだ。口外しないように教育を受けた巫女たちによって舞姫の名誉は守られていた。
故に歴代で一番美しく、庇護欲をそそる先代舞姫を伴侶に選びたい者が多数名いるのも頷けた。
その中でもあの男…後に私の旦那となる男の先代舞姫を想う気持ちは他の者たちより逸脱しているのが、まことしやかに問題視されていた。
そんな時だった。私が月宮家の秘密を知ってしまったのは…
先代舞姫がお役目を果たすその前日に大掛かりな宴が開かれた。
そして、次の日…お役目を全うする日に舞姫は上質な婚礼衣装を身に纏い、皆が見守る中、この世で私にまさる者は居ないのだという風な堂々とした佇まいで一度広場へ姿を見せるが、口元に妖艶な笑みを浮かべると、颯爽と奥の宮に姿を消した。
その日は奇しくも母が感情を取り戻した日でもあった。
私は見てしまったのだ…あの忌まわしき封印の秘密を…
私は巫女仲間との勝負に負け雑用を押し付けられていた。鬱蒼とした草花を掻き分け雑用をこなしているとそれは視界に入ってきた。
婚礼衣装を身に纏った舞姫が神子や月宮家の家老たちと共に長い廊下を抜けてあの場所へと近づいて行く。
私は怖いもの見たさとでも言うのか…好奇心で息を殺し、中が見えて尚且、自身の身を隠せる場所へと移動した。
後にこの行動を後悔する事になった…
少し高くなった丘の上から身を隠しつつ覗き込むと、丁度、扉が開くところだった。
あの重苦しい扉の先には額から角を生やした美しくも恐ろしいモノノケがいた…
肉眼でもわかるその瞳に理性は既に見られない。叫ぶように慟哭しているように見受けられた。
その異常さに、今まで気づかなかった理由に初めて気づいた…
その建物に張られた結界は神子が張っているという事を…その結界は音も存在も何もかも全てを遮断する物だった。
結界の維持が神子の役目なら、舞姫のお役目は?と思ったが、直ぐに謎が解けた。
神子たちが何かを喋ると舞姫は美しい顔を歪め泣き叫んだ。
その舞姫の姿に私は恐怖心が高ぶる。
そして有無を言わさずモノノケの前に捧げられた。その直後、舞姫は首を噛み千切られた。
断末魔すら飲み込む結界…
まるで飢餓を埋めるかのように、自分の中の何かを埋めたいというふうに、肉を貪り食うモノノケの姿。
そして、四肢が散り散りになって行く、元舞姫だったモノから飛び散る肉片や鮮血などに気分が悪くなり私は意識を失った。
あのモノノケは間違いなく化け物だ…そう思った。
意識を失う直前に、冷たくこちらを見上げる母と目があったような気がした。
☆
目覚めた時、私は月宮家の奥まった母の寝室に転がされていた。これが自分の寝室であったならば、あの出来事が夢だった…そう思えただろう。
しかし、現実は残酷なもので、寝かされていた場所が母の寝室だった事もあり、あの出来事が現実のものであった事を私に知らしめた…
暫くすると母が入ってきた。母は私にこう言ったー…
「お前は見てはいけないモノを見てしまった。これは家老たちと歴代神子しか知らない事実…
知らなければお前はこれから先の未来を自由に、幸せに暮らせていただろう。
あのモノノケはこの地に留めておかなければならぬもの。
これは歴代の神子たちから受け継ぐお役目の1つ。
舞姫はある程度の妙年になればモノノケに捧げられる生贄。
故に大切に傷1つ付けることなく育てられる。お役目に怖気づき逃げ出す事のないように捧げられる直前までお役目の内容は知らされない。
年短くして死にゆく運命の者だから悔いを残さぬように好きに生かされる。
貴女は見てしまった。舞姫の秘密を…この月宮家の秘密を…」
そう言って目を閉じると溜め息をついて続けた。
「この事を口外しないという確信できない。貴女には口外できないように印を刻み、月宮家の敷地内にある少し離れた宮へ幽閉する事にしましょう。
あぁ、そうそう。舞姫に異常な執着をもっていた男も貴女の伴侶として、ともに、あの場所へほとぼりが冷めるまで隔離する事にします。
アレの執着は厄介ですから、いずれ舞姫のお役目を知ってしまうかもしれません。
危ない芽は摘んでおかなくてはだめでしょう?
この事に関しての拒否は絶対に許しません。貴女もまだ死にたくはないでしょう?」
そう言って口を歪める母親に底知れぬ恐怖を感じた瞬間だった。一気に血の気が引いた私は何もできずに、言われるがままにその通りにした。
意外にもあの男は大人しく私と一緒になった。お役目を果たした舞姫の名前を呼びながら私を抱いた。
そして、私は女の子2人と男の子を1人生む事となる…
けれど、どれだけの日々を過ごそうともあの出来事が私の中から消えてくれる事はありませんでした。
この手であの男を殺っても私の中からあの惨状が消えてくれる事はありませんでした。
気をつけなさい。政義。2人の姉はもうダメです。アルファですからあの場所から逃れる事はできません。それに、月宮家に染まりきってしまっている。
しかし、オメガである貴方ならば逃れる可能性があります。月宮家から出たあかつきには絶対に、二度と月宮家の地に帰ってきてはいけません。
例えこの先の未来が貴方にとって辛い事の連続だったとしても、この地に囚われたまま亡くなることを私は望んでいません。
私の能力と政義、貴方自身の能力をうまく活かして幸せになってくれる事を願います。
☆
手記は最後にそう綴られて終わっていた。あまりの内容に理解が追いつかない。
しかし、この手記に書かれた内容が偽りではないと僕の中の何かが訴えかけてくる。
その何かが僕の生まれ持った微弱な能力である事を理解した。
そして、僕の『感』は、この手記は残してはいけないと訴えかけてくる。
その感覚を信じて僕は母が遺したこの手記を…残った唯一の遺品を燃やす事にした。
母が死んだとき大ババ様が全てを仕切っていた。遺品整理も全て…そして、この手記は読めない者が開くと精神を病んだ人が描いた絵のように見える仕組みだった。
よって大ババ様はこの手記だけは僕に「母の遺品」だからと手渡してくれたのだ。
僕が最初に読んだあの手記は僕が燃やした。その後すぐに母の書斎へ行くと、既に大ババ様が遺品整理をしていたのだ。
僕はあの時、何の違和感も抱いていなかったが…今思えば、あまりにも早すぎる対応だった。
まるで何かを探しているような…あれはもしかしたら託された手記の内容が書かれた物が無いのかの確認だったのかもしれない…
幸い僕と母以外が読む事はできない仕様になっていた。故に気づかなかったのだろう…
もし、バレていたら…と思うと身体がブルリと震えた。
*
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