鬼の花嫁

スメラギ

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鬼の花嫁―本編―

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 結局、洗い物をしてしまった。僕の性格が恨めしい……
 溜め息をついてタオルで手を拭いていると、けたたましい音が辺り一帯に響き渡った。
 爆弾でも落ちたんじゃないかと勘違いしそうになるくらい吃驚する音だった。

 少し離れた場所で地響きと怒号が飛び交っている。その中によめの悲鳴も混ざった。
 何が起こったのか分からず右往左往していると離れた場所でズドンやらドーンと凄い音がしている。建物全体が揺れているのだ。
  すると、どこからともなく「『神木かみき』が~」と聞こえたので、考えるより先に身体が動いた。

 「紅輝?」

 来てるの?という言葉は続かなかった。
 歩き出そうと一歩を踏み出すか踏み出さないかで僕の視界が真っ暗になったからだ。
 抱き締められていると分かったのは声が聞こえてからだった。

 「いつき!どこか痛いとか怪我はないか?」

 来てくれた事に歓喜して涙が出そうになった。
 紅輝だ…紅輝がここにいる…先程までの不安が雲散した。
 紅輝の背中に腕を回して抱き締め返した。

 「どこか怪我をしているのか!?」
 「ううん…違う。どこも痛くないし、怪我もしてないよ」
 「すまない。遅くなった。」
 「来てくれてありがとう」

 そう言って紅輝を見上げて微笑んでみせる。すると、紅輝は安堵の表情を浮かべ…次の瞬間、憤怒の表情に変わった。

 「つがいを拉致して連絡も謝罪もなし…おまけにこんな扱いか?巫山戯ふざけるな…」
 「『神木かみき』いらしたのですね」
 「………」

 紅輝が無言で睨んでいるにも関わらず気にした様子がない。更にそれが紅輝の逆鱗に触れたらしい。
 不穏な空気を醸し出しながら口を開く。

 「夏樹。椿、柊…はやて来い」

 声を張ることなく怒りの籠った声で紅輝が4名の名前を呼ぶと、音もなく姿を現した夏樹と椿、柊の3人…とやや遅れてきた颯という庇護鬼。
 颯も紅輝の庇護鬼で夏樹の下の階に住んでいる強い鬼だ。
 颯には つがいよめも居ない。よめは昔、居たみたいだけど今は居ないみたい。理由は知らない。

 「椿!柊!どうしたのその顔!?」

 紅輝から顔を離して4人を見てみると双子の鬼の顔が腫れており湿布をしているのだ。
 僕が2人を見て騒ぐと紅輝が気まずそうに顔を反らした…どうやら紅輝が何かやったらしい。

 「あー、やっぱり気づかれちゃいますよね」
 「これだけで済んで良かったとしか言いようがない」
 「椿と柊が役に立たなくて申し訳ない」

 椿に始まり最後は夏樹で終わった。僕は首を振るが…
 夏樹に言わせれば2人とも命があるだけありがたいと思え!だそうだ…つがいが鬼にとってどれだけ大切な存在なのか知っていてこの失態は許されるものじゃない。という事らしい。

 紅輝も頷いている。土煙が晴れてくると、遠巻きに見ていたよめたちが色めきたって「紅輝様」やら「夏樹様」、「颯様」など言って目をハートにしている。
 「椿様」や「柊様」などもちらほら居るが…圧倒的に前者の3名が多い。

 「ちっ…五月蝿い女どもだ…」

 不機嫌さを隠そうともしない紅輝に対して、黙って事の成り行きを見守っていた颯が冷静な口調で口を開く。

 「紅輝、どうするつもりだ」

 さも当然だと言わんばかりに頷いた紅輝は口を開いた。

 「いつきを連れて安全な場所に行け…椿、柊、2度目はないと思え。これは命令だ」

 そう言って険しい表情で4人を見た後、僕の背中を4人の方へ押した。椿と柊は神妙に頷きかえす。
 こっちです。と言って4人は僕を外に連れ出した。折角会えたのにと紅輝に手を伸ばすも、届かなかった。
 離れていく背中を見ると心が張り裂けそうなくらい辛い。

 半べそをかいている僕は七人乗りの車の真ん中に乗せられた。車は直ぐに出る紅輝をおいて……

 「紅輝が!」と叫んだが、屋敷から遠ざかる車の窓に張り付く事しか出来なかった。
 しかし、その車の窓から驚くべき光景を目の当たりにしてしまった。

 よめたちが慌てて外に飛び出してくるのと屋敷が瓦礫に変わるのは、ほぼ同時だった。
 屋敷が地響きと共に瓦礫がれきに変わったのだ揶揄する事なく本当に…

 その中には陽穂ようすいが大事そうに抱えているよめがいた…恐らくあの人がつがいなのだろう。

 その光景を眺めていると僕に声がかかった。

 「紅輝の心配はしなくても良い。俺たちはいつき様の安全確保が最優先事項だ」
 「それに紅輝はここまで鬼化で走ってきたくらいだから直ぐに追い付いてくる」

 なんて爆弾発言もしてくれた。 
 何でも夏樹たちに車を出すように指示した後、直ぐに鬼化したようだ。普通に車で走るより速いらしい……鬼、恐るべしである。

 紅輝は近くに4人が来たのを感じて呼んだみたいだ。
 ここに来るまでの道のりは直線距離になっており、紅輝が暴れまくって木々を薙ぎ倒し、時には吹き飛ばしたりして、奇跡的に車で走れるくらいには整地されていたらしい。

 くねくねと曲がった記憶がある分、驚きを隠せない…車の中からその光景を見て呆気に取られた。

 そして、そのまま真っ直ぐ屋敷に乗り込んだみたい……4人が屋敷に着くと既に半壊状態だったみたいだ。

 この4人は何もしていないらしい。あのけたたましい音と地響きの正体は紅輝が怒って暴れていたからだった。

 車は止まることなく長距離を走った。暫く走るとコンビニの駐車場に止まる。
 止まってから数分すると僕が乗っている座席の隣の扉が開いた。
 数分で着く距離じゃない事は明白だが、涼しい顔をした紅輝が息を乱すこともなく乗り込んできた。



 話を聞くと、紅輝は嫌な予感がして校内を彷徨さまよい、僕を探していたようだ。
 それを聞いて、早く名前を呼べば良かったと後悔する…

 そして、紅輝が椿と柊を呼びつけたときに、間をおかず小幸が血相を変えて紅輝に走りよったらしい。
 紅輝に事のあらましを喋り、小幸は「如月を助けて下さい」と何度も頭を下げて頼み、紅輝がそれに頷き返すと紅輝の助言もあり、授業へ戻ったようだ。

 激怒していた紅輝は小幸が完全に視界から消えるのを確認すると、2人をブッ飛ばしたらしい。しかも、そこそこの力で……

 僕の安否が分からないので、小幸の情報を元に庇護鬼へ指示を出すと直ぐに鬼化して自分は先に走ったと紅輝本人が言っていた。

 後、嫌々だが教えてくれた。 朝日 陽穂あさひ ようすいは紅輝の父で間違いないらしい。母親はよめつがいではないようだ。
 そのせいでいろいろとあったみたいだけど今はそれを話している場合じゃないらしい。心が荒れてるんだとか……

 僕を抱き締めたが直ぐに離し僕の顔や身体をいろいろな角度から目で見て、時には触って怪我などがない事を確認してホッとしてからまた僕を抱き締めてくれた。

 正直に薬の事を話すと車内の空気が凍った。紅輝が「消すか」と言って今にも殺りに行きそうな雰囲気を醸し出していたので必死に止めた。

 「漸く会えたのに…また、離れるなんて嫌だ」と言って紅輝の身体に回した腕の力を強めると紅輝は優しく僕の背中を撫でる。
 その顔はどこまでも優しくて穏やかな表情だった。紅輝の体温に安堵の息をついて安心しきってそのまま紅輝の腕の中で寝てしまった。



 次に目覚めたら見慣れた部屋だった。カーテンは閉められており、寝室に置いてある照明が眠るのに適した明るさで部屋を優しく照らしている。

 僕はベッドに寝かされており、知らぬ間に着替えもさせられている。風呂にも入った形跡があって、よく起きなかったなと内心驚いた。
 紅輝は僕を抱き締めて隣で眠っていたが、その腕の力は全く緩まなかった。
 
 
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●専門的な知識などは皆無です。(ご都合主義です。)
●気がついたら直していますが、誤字やおかしい文章など多数あります。(ごめんなさい。)
●R指定は念のため【R-18→*】
●メンタル弱いです。暖かい目で見てやってください
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全ては“自己責任”でお読み下さい。


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