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許せる距離
しおりを挟む生徒会室では大掃除が始まっていた。まだ年末ではないが、生徒会長の座を退くにあたり作成した書類を教師に渡して引継ぎは終了だ。
「もう受験真っ只中だねぇ」
会計の如月さんがへらっと笑って僕に話しかける。
「うん。生徒会室に集まるのも今日で最後かな」
出会いがあればまた別れもある。
「寂しくなるね」
と、副会長の小林さんがしんみりとした表情で明後日の方向を見つめている。
「小林さんは進学? それとも就職?」
「まだ確定ではないけど○△□大学かな」
「たしか大学なのに気風が昭和っていう男女別の校則が厳しい学校……だったよね」
「あら、そんなに厳しいかしら? 静かな環境に静かな人たち。いいと思わない?」
「うーん、視点が違うから否定はできない!」
小林さんと如月さんが話しているのを聞き流しながら机周りの掃除を終えた。
「来年度は鷺沼生徒会長が生徒会室に来なくなるなんて想像がつきません」
寂しげに瞳を揺らす速水くんは僕が座っている背もたれを大事そうに撫でた。
「僕もだよ。来年の今頃は何をしているのかなと考えてしまうね」
「そうですね。今のようにたわいもない話をしていられたら嬉しいなと思います」
「うん、そうだね」
気楽に会話をしていられるのも今だけなのかと思うと、この時間がとても貴重な時間だと思えてくる。
「そういえば、鷺沼生徒会長のお兄さんに兄が想いを告げたらしいんですよ」
「え?」
それを聞いた僕は雷が頭の上から足先に抜けたような衝撃を受けた。
「嬉しそうだったから、もしかしたら受け入れてくれたのかなって」
「兄が速水くんのお兄さんと恋人同士になったってこと?」
兄は僕が知らぬ間に恋人を作っていたと思うだけでなぜか胸が痛んだ。
「直接話を聞いたわけじゃなくて雰囲気を感じ取ったといったほうがいいかもしれませんけど」
「そう……」
速水くんの言葉になんて返事を返したらいいのかわからない。
「男同士の偏見はないので、鷺沼生徒会長が言っていたように二人を応援しようと思います。あ、祝福の方がいいんでしょうか。まずはちゃんと本人の口から聞かないとですね」
速水くんはお兄さんを応援するのに、僕は兄の応援も祝福もできそうにない。
兄の隣りに誰かがいるのはどうしても嫌な気持ちになってしまう。兄に触れてほしくないし、兄が誰かを好きになるのも気に入らない。
ではどうしたいのだと問われるとその理由にたどり着けない。気持ちがモヤモヤしていて形になってくれないから、僕はどうしたらいいのかと悩むしかなかない。
ぐるぐると悩んでしまうよりは誰かに話を聞いてもらうほうが建設的だろう。そう思って速水くんに尋ねることにした。
「速水くんは誰かに触れたいと思ったことある? 独り占めにしたいとか、気になって仕方がないとか」
「えっ?! ……まぁ、はい」
「なんでかな?」
「それは………好き……だからじゃないですかね」
「好きだと触れたくなるの?」
「そりゃそうですよ。嫌いな人に触れたいと思わないですよね?」
「たしかにそう……だね」
苦手な相手にわざわざ話しかけようとも思わないし、触れたいとも思わない。
「生徒会長、俺に触れてくれませんか」
「え? はい」
ポンッと速水くんの肩に触れる。
「嫌じゃありませんか?」
「うん」
「じゃぁ、これは?」
速水くんの顔が近づいてきて、唇が触れそうになるのを寸前で避ける。
速水くんがおかしそうに笑った。
「これが会長の俺に許せる距離です」
「距離……」
兄との距離は初めから近かった。嫌だと思ったこともないし、気持ちが悪いと感じたこともない。
「かなり近くまで許してくれましたよね。結構俺は会長に好かれてるのかなって勘違いしちゃう距離感ですよ。好きな人や恋人ならゼロ距離です。好きな相手でキスや大事なところに触れられても構わないと思うなら、それは肉体関係が築けるってことですね」
「速水くんは好きな人がいるんだ?」
「好きな人……えぇ、いますよ。想いを告げていないので、まったく気づいてくれませんけど」
「そうなんだ。ゼロ距離なら好きな人で、好きな相手なら身体を許せる人」
「はい、その認識でいいと思います」
「速水くんありがとう」
速水くんに言われて気づいてしまった。
僕は兄が好きになってしまっていたようだ。
兄弟だからそんな想いを抱くことはないと考えていたのに、いつから好意を寄せるようになってしまっていたのかわからない。
自然と兄が大事になっていた。
「感謝されるってことは脈なしってことかぁ……いえ、鷺沼生徒会長の役に立てたなら本望です!」
「もう生徒会長じゃなくなるから名前でいいよ」
「鷺沼先輩?」
「兄も同じ高校出身だから同じ鷺沼先輩になるね」
「朋希先輩?」
「はい、なんでしょう?」
「先輩が敬語を使ってる! それって俺にも心を許してくれたからですか?!」
「大事なお友達ですからね」
「友達……いえ、今はそれでも構いません! 末永くよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。英一郎くん」
「会長~~~じゃなかった、朋希先輩!」
「ふふっ、慣れませんね」
「少しづつ慣れていければいいんですから! 時間をかけてゆっくりと」
「その通りだね。ゆっくり……ね」
兄への想いを断つのがこんなにも苦しいとは知らなかった。
僕の想いよりも兄の気持ちのほうが重要だし、兄の幸せが一番の幸いだと思う。
兄に恋人ができたとしても、好きだとわかった日に失恋したとしても僕の気持ちは時間が解決してくれるはずだ。
まだ気持ちの整理ができていないし、諦められそうもないけれど。
僕の兄への想いはゆっくりと形を変えていけば、いずれは──。
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