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剣と鞘の関係

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 いきなり尻に指を突っ込む者がいるとは思わなかった。僕は何が起こったのかわからないまま朝を迎えている。

 兄はひたすら謝ってくるし、心配して身体に異常はないかと兄の友人に診てもらうことになった。

「身体に異常はないね」

 ひと通りの検査を受け、結果に問題はなかった。

「それはよかった」

 兄が答える。

「やっと鷺沼弟に会うことができたよ。会わせてもくれなかったからな」

「余計な話はするな」

「いやいや、だってお前やっちまったんだろ?! だから身体を調べさせたんだろ?!  昔から溺愛しているのに表面に出さないでいるなんて鉄面皮も真っ青だからな?! ロボか? 過保護なロボか?!」

 話の内容はよくわからないが、兄のロボ疑惑が浮上している。目の前の医者に、親近感を覚えた。

「関係ない。用が済んだから帰る」

「いやいや、挨拶くらいさせてよ」

「3秒で終わらせろ」

「みじかっ! 鷺沼弟よ、私は上條カナタだ。よろしく……はい、3秒! ほら、3秒!」

 自慢げに兄へ告げる上條先生は楽しそうだ。

「初めまして。鷺沼朋希です。兄の同級生にお会いできて光栄です。兄がお世話になってます」

 迷惑をかけていないか聞きたかったが喉の奥に押し込めた。余計な一言で心配してくれた兄の地雷を踏みたくはない。

「なんてできた弟なんだ! お前もこのくらい殊勝になれないのか?」

「殊勝にしているからこそ手が出せないんだ」

「素直! というか、手は出しちゃってんじゃん! いつ治ったんだよ?!」

「治ったとも言えない」

「なに?! 治ってんの? 治ってないの? ちゃんと睡眠は取れてんのか?」

「とれてる」

「それならいいが無理しすぎるなよ? あ、無理させてる方か。無理させるなよな」

 二人の言い合いが続き、仲がいいのか話が途切れる様子がない。会話の比率にして、上條先生が9割、兄が1割だ。それでも会話は成立している。

 兄の友人である上條先生は表情豊かで愉快な先生だった。兄はといえば、動揺を見せていた朝とは違いロボ並の鉄面皮を維持していた。

 そういえば兄の睡眠時間など気にしたことがなかった。部屋が違っていたから、いつ寝ているのかまでは把握できていないことに気づいた。



 マンションに帰る途中、兄の運転する車内で人の嫌なことはしてはいけないのだと改めて伝える。医者にかかる原因となった兄の所業のことだ。

「兄さん、話があります」

「あぁ、今回のことは済まなかった。身体に異常がないと科学的に証明されたことで今後の安心を得られたな」

 わざと話の趣旨をずらしているのか。そういう問題ではないのだ。いきなり尻に指を突っ込まれたことに僕は憤りを感じている。

「そうではなくて昨夜のことです! いきなりとかあんまりじゃないですか! 指を入れられたのも、なにがなんだかわからずに気絶したのも初めてなんですよ?! 言ってくれないと心の準備もできません!」

 冷たく言い放てば兄はシュンとした表情をする。鉄面皮のロボはどこへ行ったのか。兄は喜怒哀楽の哀を学んだらしい。いずれ自由自在に変形するかもしれない。いや、変型してほしいのは一部だった。

「許可をとれば入れてもいいのか……確かに心の準備は必要だな。わかった。次から尻に入れるときは朋の許可を取ることにする」

 なにか呟いたあとに兄は力強く頷いた。僕の尻に指を入れた際、兄の兄が反応を示したから希望が見えてきたと説明された。

 またあんな場所に指を入れるつもりか。入れたくなる理由がわからない。

 元気にするとは言ったが、身体を張ってまで兄に協力する必要があるのかと少し怯みそうになる。

「僕の何かが失われそうな気がするんですけど……」

 そう言うと兄は冷静に諭し始めた。

「剣と鞘は一心同体だ。どちらが欠けても一つの作品として成り立たない。俺たちの関係と同じだ」

「……そうなんですか?」

 剣と鞘が一つの作品ということはわかるが、兄が何を言わんとしているのか、抽象的すぎてわからない。

「もちろんだ。剣も鞘もお互いに必要な存在だろう? 兄弟で支え合っていると言っても過言ではない」

「…………」

 言い切る兄にそうなのかもと思うものの、納得することも難しいので一旦放置することにした。

「ところで、上條先生も睡眠の話を言ってましたけど、今日の睡眠はどれくらいとれましたか?」

「朋が気絶したのに寝てなんていられるはずない。命に別条はないと思ってはいたが起きるまでは心配で様子を見ていた」

 それなら今日は一睡もしていないということだ。

「それはなんかすみません? 今日は休みですし、ゆっくり寝てください」

 兄のせいでこんなことになっているのについ謝ってしまった。

「気にするな。どのみち1時間の睡眠だ」

「は? 1時間だけですか?」

 信じられない気持ちで兄を見る。

「昔からどういうわけか熟睡できないんだ」

「それは由々しき事態では? 医者には? 上條先生からはなんて言われているんです?」

「検査をしても原因が見つからないから治療のしようがないと匙を投げられている。薬を出してもらえるが毎晩悪夢を見るせいで薬を飲むのは途中でやめた。だからいつも睡眠不足だと言われている。体内免疫や抵抗力に問題が出てくるそうだ。特に不都合はないから問題ない」

「それは問題だらけというんですよ。不都合はこれからでてくるんです」

 若いから不調として捉えないだけで、歳を重ねれば重大な病に冒される可能性がある。

「見た目に変化はないだろう?」

 見た目からなにか病らしき印象は受けない。だからといって、問題が先延ばしされるわけでもなく徐々に身体を蝕んでいくだろう。

「朋が一緒に寝てくれたら、もしかしたら熟睡することができるかもしれないと思っていた」

「そうでしたか。それなら一緒のベッドでこれからも休むことも吝かではありませんが、兄さんのベッドは一人用ですよね。昨日はベッドが壊れていたので仕方がありませんでしたが、毎日となると難しいと思います」

 そういった次の日には兄の部屋のベッドがキングサイズのベッドに変更されていた。

 僕に用意された部屋の壊れたベッドは撤去され、新しい本だなが設置された。
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