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ベルサス(5):リズウェンside
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朝起きると目の前には滑らかな肌色が溢れていた。
パシパシと目を瞬く。
視線をずらせばベルサスの顔が近くにあった。それで抱きしめられていることに、ようやく気づく。
ベルサスを起こさないようにじっとしながら、好きな相手に包まれている幸福を享受する。
ベルサスの腕の中に囲われているなんて夢のようだ。
暖かな体温が薄い布を通して伝わってくる。早鐘を打つ鼓動が伝わらないかと心配になる。
そういえば、妖精の眠りを使っている時に抱きしめられるこたはなかった。深く眠りについていたから抱き寄せるなんてことはされなかったのだろう。
ベルサスはシャツを身につけていなかった。着ていた衣服はどうしたのか。
彼が寝てからしばらく寝顔を眺めていたはずで、その時は衣服を脱ぐような行動はなかったはずだ。
──暑かった?
それでは衣服を脱ぎ、わざわざ男を抱きしめるという行動は矛盾する。
それに彼は魘されるように、
『お母さん』
そう言って涙をひとつ流したのだ。
精神が5歳児になったと聞いてから、ベルサスの住居へたどり着く間に母親について聞く機会はなかった。
彼の中では涙を流すほど悲しい記憶があるのであれば、母恋しさのあまり隣にいた私にしがみついたというのは納得がいく。
小さい頃の生い立ちを詳しく知る訳では無いが、零す涙には胸が痛む。
ベルサスの母になれる訳では無いが、甘やかすことくらいならできるだろう。
彼の端正な顔立ちをじっと見つめる。
凛々しく整えられた眉に金色の睫毛も、すっと通った鼻筋も少し厚めの唇も好ましく思う。
金色の髪はアンシェント王国では王族の一部にしか現れない特徴を彼は持っている。それを知ってか知らずか、振り返る人が多い。
もしベルサスに魅了された者の中から、彼が好ましく思うような人物がいたとしたらと考えると胸がザワザワとして落ち着かなくなる。
そう私が思っていたところで懐に入れてしまうと、とことん甘くなるのだ。──この男は。
だから、リルもルストも得体がしれないのにほいほい家族などにする。
──早く戻ってきてほしい。
祈るようにベルサスの額に唇を寄せた。
つい数時間前までは、甘い余韻に浸っていたはずだが、そんな雰囲気など吹き飛ぶような状況にいる。
「べ、ベル?! 大人しくしてください!!」
「リーーーールーーーー!!! 待てーーー!」
朝食を買いに行き、戻ってきたらすでにベルサスは起きていて、リルと家の中で追いかけっこを始めていた。
「わわっ!」
リルがソファーの上を飛び越え、ローテーブルに置いてあったパンが危うく転がり落ちるところを受け止める。
次もテーブルを飛び越えようとするなら、駄目なことなのだと嫌というまで言い聞かせなければならない。
「まてまてまて! ベルッ、俺の頭に何を巻いたんだ?!」
リルを見ればキラキラした小さな布がついた紐を頭に巻きつけている。片方の耳も布袋が被せられているようだった。
「可愛いよ? リルの頭キラキラしてる!」
ベルが楽しそうにリルを捕まえようとしている。
「ベルサス様もバカ犬もうるさいですよ。静かに食べて欲しいんだけど?!」
げんなりとしたルストが、パンをちぎりながらスープに浸して食べている。
ふと気づくと、ルストの茶色いウィッグが曲がっているようだった。
「曲がっていますよ」
直してやると驚いた顔をする。
勝手に触ったことは申し訳ないと思うが、無意識に手が動いていたのだから仕方がない。
「いえ、人のお世話が好きなのかなと」
気になっただけの行動だった。
「世話が好きというわけではありませんが、家族なので当然のことをしたまでです」
ベルサスが家族だと決めたことであるし、ずっと付き合っていくのならばと家族になる覚悟はしたつもりだ。
「家族……ですか。フェンリルを人間扱いするとは不思議ですね。それはバロル師団長がお母さんだからですかねぇ」
「私がお母さんですか? で、では、ベルがお父さん……?」
「まぁ、そこはどちらでも。私は二人の子どもだとベルサス様にも言われてますし」
「子ども……ずいぶんと大きな子ども……ですね」
「可愛がってくださっても結構ですよ?」
にこりと微笑むルストに、ベルが体当たりし、スープが宙を飛ぶ。
スープの中身は私の頭の上に降ってきた。
「うわぁ……」
ルストが憐れみの目を向けてくる。
「……カップは片づけておいてください」
冷えたスープで良かったと思う。
「はいはい」
ルストがため息をつきながらカップを拾う。
後でシャワーを浴びなければならないだろうと、タオルを洗面台から取り出して拭いた。
今はベルサスのことだ。
何とか朝食を食べさせようとベルサスの後を追いかけていると、そこにドンドンと扉を叩く音が響く。
警戒しながら開けるとそこには、アンシェント王国の第二継承権を持つジークフリート・グレイス・アンシェントがいた。
パシパシと目を瞬く。
視線をずらせばベルサスの顔が近くにあった。それで抱きしめられていることに、ようやく気づく。
ベルサスを起こさないようにじっとしながら、好きな相手に包まれている幸福を享受する。
ベルサスの腕の中に囲われているなんて夢のようだ。
暖かな体温が薄い布を通して伝わってくる。早鐘を打つ鼓動が伝わらないかと心配になる。
そういえば、妖精の眠りを使っている時に抱きしめられるこたはなかった。深く眠りについていたから抱き寄せるなんてことはされなかったのだろう。
ベルサスはシャツを身につけていなかった。着ていた衣服はどうしたのか。
彼が寝てからしばらく寝顔を眺めていたはずで、その時は衣服を脱ぐような行動はなかったはずだ。
──暑かった?
それでは衣服を脱ぎ、わざわざ男を抱きしめるという行動は矛盾する。
それに彼は魘されるように、
『お母さん』
そう言って涙をひとつ流したのだ。
精神が5歳児になったと聞いてから、ベルサスの住居へたどり着く間に母親について聞く機会はなかった。
彼の中では涙を流すほど悲しい記憶があるのであれば、母恋しさのあまり隣にいた私にしがみついたというのは納得がいく。
小さい頃の生い立ちを詳しく知る訳では無いが、零す涙には胸が痛む。
ベルサスの母になれる訳では無いが、甘やかすことくらいならできるだろう。
彼の端正な顔立ちをじっと見つめる。
凛々しく整えられた眉に金色の睫毛も、すっと通った鼻筋も少し厚めの唇も好ましく思う。
金色の髪はアンシェント王国では王族の一部にしか現れない特徴を彼は持っている。それを知ってか知らずか、振り返る人が多い。
もしベルサスに魅了された者の中から、彼が好ましく思うような人物がいたとしたらと考えると胸がザワザワとして落ち着かなくなる。
そう私が思っていたところで懐に入れてしまうと、とことん甘くなるのだ。──この男は。
だから、リルもルストも得体がしれないのにほいほい家族などにする。
──早く戻ってきてほしい。
祈るようにベルサスの額に唇を寄せた。
つい数時間前までは、甘い余韻に浸っていたはずだが、そんな雰囲気など吹き飛ぶような状況にいる。
「べ、ベル?! 大人しくしてください!!」
「リーーーールーーーー!!! 待てーーー!」
朝食を買いに行き、戻ってきたらすでにベルサスは起きていて、リルと家の中で追いかけっこを始めていた。
「わわっ!」
リルがソファーの上を飛び越え、ローテーブルに置いてあったパンが危うく転がり落ちるところを受け止める。
次もテーブルを飛び越えようとするなら、駄目なことなのだと嫌というまで言い聞かせなければならない。
「まてまてまて! ベルッ、俺の頭に何を巻いたんだ?!」
リルを見ればキラキラした小さな布がついた紐を頭に巻きつけている。片方の耳も布袋が被せられているようだった。
「可愛いよ? リルの頭キラキラしてる!」
ベルが楽しそうにリルを捕まえようとしている。
「ベルサス様もバカ犬もうるさいですよ。静かに食べて欲しいんだけど?!」
げんなりとしたルストが、パンをちぎりながらスープに浸して食べている。
ふと気づくと、ルストの茶色いウィッグが曲がっているようだった。
「曲がっていますよ」
直してやると驚いた顔をする。
勝手に触ったことは申し訳ないと思うが、無意識に手が動いていたのだから仕方がない。
「いえ、人のお世話が好きなのかなと」
気になっただけの行動だった。
「世話が好きというわけではありませんが、家族なので当然のことをしたまでです」
ベルサスが家族だと決めたことであるし、ずっと付き合っていくのならばと家族になる覚悟はしたつもりだ。
「家族……ですか。フェンリルを人間扱いするとは不思議ですね。それはバロル師団長がお母さんだからですかねぇ」
「私がお母さんですか? で、では、ベルがお父さん……?」
「まぁ、そこはどちらでも。私は二人の子どもだとベルサス様にも言われてますし」
「子ども……ずいぶんと大きな子ども……ですね」
「可愛がってくださっても結構ですよ?」
にこりと微笑むルストに、ベルが体当たりし、スープが宙を飛ぶ。
スープの中身は私の頭の上に降ってきた。
「うわぁ……」
ルストが憐れみの目を向けてくる。
「……カップは片づけておいてください」
冷えたスープで良かったと思う。
「はいはい」
ルストがため息をつきながらカップを拾う。
後でシャワーを浴びなければならないだろうと、タオルを洗面台から取り出して拭いた。
今はベルサスのことだ。
何とか朝食を食べさせようとベルサスの後を追いかけていると、そこにドンドンと扉を叩く音が響く。
警戒しながら開けるとそこには、アンシェント王国の第二継承権を持つジークフリート・グレイス・アンシェントがいた。
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