ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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ベルサス(4):リズウェンside

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 家に戻った途端に、やっとひと息つけた気持ちになった。

 ベルサスの住居にいるのは短い期間であるはずなのに、いつの間にかこの家が私の居場所だと思うまでになっていたようだ。

「とりあえずソファーに座ってください」

 うつらうつらと船をこぐベルサスをソファーに座らせる。

 ベルサスを狙ってすぐに暗殺者がくるとも思えないが、ルストには事情を説明しリルとともに、ベルサスの護衛にあたることに同意してくれた。

 ただ、ルストも帝国からの暗殺者には狙われているらしく、顔バレしている本来の姿ではないという。

 今はラズロ・ハーバーという男の姿に変えているそうだ。

 本来の姿がどのようなものか知らないが、そんな危険人物を囲うことを許したのがベルサスなのだから何も言うことはない。

 そんな厄介なフェンリルであるが、戦力になることは明白で、しかも、ベルサスが家族にした特別な二人だ。

 家族になる了承はしたが、バタバタしていたこともありその理由はまだ聞いていない。先は長いのだ。落ち着いたら聞いてみようと思う。

 ソファーで眠りに入ろうとしているベルサスの周りをリルがウロウロしている。

 ルストはもう片方のソファーで寛ぎ、爪を磨いているようだ。

「ベルサスの寝間着を持ってきましたよ。着替えましょうね」

「……うん」

 素直に頷くベルサスを見て、可愛いと思う気持ちと、心配な気持ちがせめぎ合っている。

「本当に5歳児になっちゃったんですねぇ」

 ルストが呆れた顔をしながらベルサスを眺めている。

「どんなベルも可愛いなっ!」

 尻尾をふりふり、忙しないリルはベルサスにつきまとう。

「リルもルストと同じソファーで座ってください」

 目の前を大きな毛皮がビクリと一瞬硬直する。それから、ルストが座っているソファーの方へ項垂れながらも素直に従った。

 今にもに無理に入りそうなベルサスの着ている隊服を脱がせる。

 鍛えられた肉体が現れ、その隆起する見事な筋肉の美しさにほぅっとため息が出た。

「これは、まるで前のバカ犬のようですね。あなたも逆行したんですか」

 ルストが苦虫を噛み潰したような表情をして、リルに話しかけている。

 ベルサスの肉体美に目を奪われていたことに、うしろめたい気持ちになり、慌ててベルサスの腕をとって袖口に通させる。

「そういえばそうだったな。だが今は逆行なんてしていない」

「もう忘れかけてるなんて、頭の中身をどこかへ置き忘れてきたんですかね? おめでたい頭で羨ましいことです」

 なんのことかとルストに問いかけながら、ベルサスのベルトを引き抜く。

 あまり思い出したくないのか、ルストは言いよどみながらも話してくれる。

「そう……ですね。帝国に行った時に、フードを深く被った魔術師に痛い目を見せられたというか、罠にはまってバカ犬が精神を退行させられたんですよ。ただ、その時の呪いは薬で治せました」

「えっ、呪い?! その話を詳しく教えてください! あ、ベル、足を上げて」

 脱がしたズボンをソファーの背もたれに一旦置いて、柔らかい素材の下穿きを履かせる。

「詳しくと言っても、そのままですよ。なんの薬かわかりませんが、帝国で用意された薬で治りました。ちゃんとした薬だったから、報復を恐れての事だと思いますけど、向こうからしたら切羽詰まっている取り引きだったように感じましたね」

「危険なことしますね」

 フェンリルのような厄介な相手を敵にするのだ。ひとつ間違えれば命はない。

 人化できるとはいえ、フェンリルは人の世界で生きることに抵抗はなかったのだろうか。

 ベルサスが家族にした理由も、もしかしたらそこにあるのかもしれない。

「好きでやっている事だったんですけど、脅されてやりたくもない仕事をしたので、この仕事もそろそろやめ時かなって思いまして。バカ犬繋がりで、おひとよしのベルサス様に拾って頂けて我々は幸運でしたよ」

 にこにこと微笑みを浮かべて、茶色いふわふわの髪を揺らす。そばかすが浮かんだ平凡顔の男は誰かに似ているようでもあり、すぐに記憶から無くなるような男でもあった。

「おひとよし……まぁ、言い得て妙ですね。ちなみにその薬の残りってありますか?」

 首を傾げるルストは視線をリルに向ける。

「バカ犬まだ持ってる?」

「二階に飲んだ空き瓶が転がっているかも知れねぇーけど、腐ってるかもな」

 リルも首を傾げながら、それに答える。

「捨てられてなかっただけいいですよ……。ある程度の塵は、勝手に集められるような設計の家らしいんですけど、リルの部屋は掃除が必要そうですね」

「………」

 リルは耳を下げてしょんぼりとした様子になる。

 明日は薬師であるサラさんのところへ訪ねてみようと考える。

 ただ、護衛してくれるルストやリルを信じていないわけではないが、ベルサスを家に置いていくのは不安だし、そのまま連れ出すのも抵抗がある。

 金の髪を持つベルサスは良くも悪くも目立つのだ。連れ回すにはそれなりのリスクが伴うだろう。

 変装でもしない限り、外には出られないかもしれない。

 変装? 変装といえば……。

 身近に変装のプロがいるではないかと、ルストに視線を向ける。

 ルストの変装は、元がわからないのでなんとも言えないが、ベルサスを隠すには有効な手段として活用できるのではないだろうか。

「明日その瓶の中身を知り合いの薬師に調べてもらおうと思います。ルストにはベルの変装をお願いできますか? ちなみに、リルは人化するとどんな感じになります?」

「わかった」

そう言って人化してくれる。

 その姿は背が高く異様に迫力がある男だった。これでは無駄に人目を引くだろう。

「あ、はい、ありがとうございます。ルストが護衛についてください」

「なぜだっ!」

 リルが憤慨したように地団駄を踏む。

「図体がでかくて目立つからに決まっているでしょ、バカ犬」
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