ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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ベルサス(3):リズウェンside

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 よくよく聞けば、ルーゼウスがとっさに掛けた魔術は時間を巻き戻すもの。

 それをベルサスに発動させてしまったそうなのだ。

 ルーゼウスは壊れたものに巻き戻しの魔術を使っていたが、人に対して使ったのは初めてだという。

 その魔術によりベルサスの精神が逆行したらしい。


『お母さんはどこっ!』


 ベルサスの放った言葉に、周囲は呆然とし、掛けた本人でさえ恐れ慄いたという。

 それも当然だろう。

 最強と呼ばれた第七師団の師団長が、精神だけ5歳児の子どもになっていたのだ。

 しかもこの場にいる者の中で、記憶にあるのは私だけらしい。

「可哀想に、クーちゃん辛かったねぇ。こっちにおいで。ボクが抱っこしてあげるよ」

「やだ」

 叔父の言葉に顔を背け躊躇なく拒否をする。

 ガーンと、ショックを受けている叔父に構わずルーゼウスに言い放つ。

「ルーゼウス、考えなさい。思考を止めている暇はありませんよ」

「っ! ……はい」

 力なく返事をするルーゼウスは思案しているのかうつむいてしまった。

 私を頼ったということは、これ以上の手立てが現状思いつかないのだろうということは理解している。

 しかし、対応策がないからと言って、そこで仕方がないと許せるような小さな問題ではない。

 ベルサス本人に被害が出ているのだから、何とかしなければならないのだ。とはいえ時間はかかるだろう。

 ひとつ気になることがあった。

「私のことは理解できているようですが、その差になにかあるのでしょうか」

 私から離れないことにも違和感を覚える。

「そんなの愛のなせる技しかないよっ!」

 恋愛脳な叔父に生温い視線を送り、それはないだろうと思う。

 育ての親である叔父さえも、認識できていないのだから、他に理由があるはずだ。

 そこに父が推測だがと前置きをして言葉を続けた。

「二人がつけている絶影の魔力を帯びた指輪のせいではないか?」

 この黒い指輪が、ベルサスと私の記憶を留めているという事なのだろうかと、左手の薬指にはまっている指輪をまじまじと見る。

「ベルの溢れ出る魔力が絶影だと考えるとして、そもそも絶影は物体を消失させますよね? であれば、指輪の方が消え失せるのでは無いでしょうか」

 その答えに応えたのはフェンリルのリルだ。

「魔力を吸収できる媒体があれば可能だと思うぜ。俺もベルの魔力を吸収する事で属性を変えたからな。それに、どのようにして使うかは、本人の意思に寄るところが大きいんじゃねーかと思う。本人だってその魔力を纏って生きてるだろ」

「リル……犬ではなかったんですか……」

 ブルーム副師団長は、本気なのか、からかっているのか、わからない驚きをして見せた。

「あー、お前は相変わらず、犬、犬、うるせぇな」

「犬とフェンリルの違いがよくわからないだけですよ!」

「はぁ?!」

 ぎゃんぎゃんと吠えるリルがブルーム副師団長に突っかかり、憤慨する様子をベルサスと眺める。

「とにかく、指輪については私の方でも調べてみよう」

 疲労を滲ませながら、ため息とともに父は私に言う。

 そしてルーゼウスに向き直る。

「ルーゼウスは魔術の逆行を使うのは現状禁止。再びクラウ師団長を戻そうと試みるのも禁止だ。……肉体ではなく精神を退行させるとは残念だ」

 後の方の呟きは声が小さすぎて聞こえなかった。

 父に新しい魔術の使用禁止は当然だと思ったのか、素直にルーゼウスは頷く。

「で、ブルーム副師団長はクラウ師団長を迎えに来たんだっけ?」

 叔父がブルーム副師団長に話を振る。

「はい。協力要請を受けていたのは存じておりましたが、こんな事態になっているとは考えてもいませんでした。この状態では、第七師団の師団長としての職務は厳しそうですね」

 こんな忙しいときにと、ブルーム副師団長は悲壮な表情をする。

「そういう事なら、ボクがラズを引っ張って行くよ。二年のブランクはあるけど、そこはほら、ボクもお手伝いするし」

 叔父がそう言うと、ブルーム副師団長は大いに喜んでいるようだった。

「それは心強いです! 僕は前師団長と前副師団長が辞められた後に、こちらに異動して着任しましたから直に学べるは嬉しいです。きっと第七師団の皆も喜ぶでしょう!」

「でも、ブルーム副師団長は第六師団にも在籍……」

「わーわーわー!!! 何言ってるんですか?! 掛け持ちなんてできるわけないじゃないですかぁ! ほんとそういう冗談やめてください!」

「いやいや、息子が迷惑かけてごめんね」

 

「わーわーわー!!! だから、そういう冗談にならない冗談やめてくださいって!!!」

 小声で話す彼らの声は私のところまで届いてこない。

 慌てふためくブルーム副師団長を見ると叔父にからかわれているのだろう。

「とりあえず叔父上はこの場の空気を読んでください。ベルに何かあれば、手紙を飛ばします」

 そろそろ引き際だろうと声をかける。

「お兄様、ベルサス様と一緒にいてはダメですか?」

 掛けた本人が様子を見るのは正しいことなのかもしれないが、気持ち的にはルーゼウスと同じ空間にいることすら不愉快だ。

 今はベルサスにだって近づいて欲しくない。

 ベルサスが首にしがみついているとはいえ、身体が無意識にベルサスを隠そうと動く。

「私がベルの面倒を見ますから遠慮してください。貴方に5歳児になった大人の世話ができるとは思いません」

 そう言うとシュンとした様子のルーゼウスは、祈るように胸の前で両手を組んだ。

「わかりました……お兄様が僕に手紙を飛ばしてくれれば、すぐに駆けつけますからっ! ベルサス様を好きになったことは謝りませんけど、ご迷惑をかけて本当にごめんなさい!」

 闇夜に気をつけなさい(訳:殺すぞ)──と言う言葉を断腸の思いで飲み込む。

 天然な弟なので悪気があってそんな言葉を選んでいるのではないと思いたい。

「ルーゼウス、それは反省してる言葉なのか? 精霊の愛し子だからと甘えているから、魔術師としてのルールも守れないのだ。一からやり直しだと思え」

 父に一喝されルーゼウスは唇を噛んで俯いた。

「はい……」

「クラウ師団長のこの状況について、上に伝えておく必要がある。しかし、この機に乗じて暗殺者が差し向けられる可能性もある。どこで話が漏れるかわからないからな」

 父の言葉を叔父が受ける。

「最強と謳われる絶影を持つ師団長がこんな状態なんだ。葬り去ることができる千載一遇の好機と捉えられるだろうね。帝国がでしゃばってこなければいいが……」

 敵は帝国だけじゃないんだけど、と叔父が天井を仰いでため息を吐いた。

 ──誰が来ようと、ベルサスは全力で守る。

 ともに生きるのであれば、自分が弱いままでは、金の髪を持つ彼の隣を歩くことなどできない。

 そう心のどこかで理解していたはずだ。

 ベルサスを守るために強くなろうと決意したあの日を思い出す。


 ──青年を守って甘やかしたい。


 今もそう思うのだから、しつこいにも程があるだろう。

 しがみつき私の肩に頭をのせるベルサスへ、怯えさせないよう自分なりに優しく伝える。

「ベル、家に帰りましょう」

 コクリと素直に頷くベルサスの瞳は、泣いたからなのか眠そうだ。

 そんなベルサスも愛おしくて仕方がない。

 そんな自分に苦笑がもれた。
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