37 / 51
ベルサス(3):リズウェンside
しおりを挟むよくよく聞けば、ルーゼウスがとっさに掛けた魔術は時間を巻き戻すもの。
それをベルサスに発動させてしまったそうなのだ。
ルーゼウスは壊れたものに巻き戻しの魔術を使っていたが、人に対して使ったのは初めてだという。
その魔術によりベルサスの精神が逆行したらしい。
『お母さんはどこっ!』
ベルサスの放った言葉に、周囲は呆然とし、掛けた本人でさえ恐れ慄いたという。
それも当然だろう。
最強と呼ばれた第七師団の師団長が、精神だけ5歳児の子どもになっていたのだ。
しかもこの場にいる者の中で、記憶にあるのは私だけらしい。
「可哀想に、クーちゃん辛かったねぇ。こっちにおいで。ボクが抱っこしてあげるよ」
「やだ」
叔父の言葉に顔を背け躊躇なく拒否をする。
ガーンと、ショックを受けている叔父に構わずルーゼウスに言い放つ。
「ルーゼウス、考えなさい。思考を止めている暇はありませんよ」
「っ! ……はい」
力なく返事をするルーゼウスは思案しているのかうつむいてしまった。
私を頼ったということは、これ以上の手立てが現状思いつかないのだろうということは理解している。
しかし、対応策がないからと言って、そこで仕方がないと許せるような小さな問題ではない。
ベルサス本人に被害が出ているのだから、何とかしなければならないのだ。とはいえ時間はかかるだろう。
ひとつ気になることがあった。
「私のことは理解できているようですが、その差になにかあるのでしょうか」
私から離れないことにも違和感を覚える。
「そんなの愛のなせる技しかないよっ!」
恋愛脳な叔父に生温い視線を送り、それはないだろうと思う。
育ての親である叔父さえも、認識できていないのだから、他に理由があるはずだ。
そこに父が推測だがと前置きをして言葉を続けた。
「二人がつけている絶影の魔力を帯びた指輪のせいではないか?」
この黒い指輪が、ベルサスと私の記憶を留めているという事なのだろうかと、左手の薬指にはまっている指輪をまじまじと見る。
「ベルの溢れ出る魔力が絶影だと考えるとして、そもそも絶影は物体を消失させますよね? であれば、指輪の方が消え失せるのでは無いでしょうか」
その答えに応えたのはフェンリルのリルだ。
「魔力を吸収できる媒体があれば可能だと思うぜ。俺もベルの魔力を吸収する事で属性を変えたからな。それに、どのようにして使うかは、本人の意思に寄るところが大きいんじゃねーかと思う。本人だってその魔力を纏って生きてるだろ」
「リル……犬ではなかったんですか……」
ブルーム副師団長は、本気なのか、からかっているのか、わからない驚きをして見せた。
「あー、お前は相変わらず、犬、犬、うるせぇな」
「犬とフェンリルの違いがよくわからないだけですよ!」
「はぁ?!」
ぎゃんぎゃんと吠えるリルがブルーム副師団長に突っかかり、憤慨する様子をベルサスと眺める。
「とにかく、指輪については私の方でも調べてみよう」
疲労を滲ませながら、ため息とともに父は私に言う。
そしてルーゼウスに向き直る。
「ルーゼウスは魔術の逆行を使うのは現状禁止。再びクラウ師団長を戻そうと試みるのも禁止だ。……肉体ではなく精神を退行させるとは残念だ」
後の方の呟きは声が小さすぎて聞こえなかった。
父に新しい魔術の使用禁止は当然だと思ったのか、素直にルーゼウスは頷く。
「で、ブルーム副師団長はクラウ師団長を迎えに来たんだっけ?」
叔父がブルーム副師団長に話を振る。
「はい。協力要請を受けていたのは存じておりましたが、こんな事態になっているとは考えてもいませんでした。この状態では、第七師団の師団長としての職務は厳しそうですね」
こんな忙しいときにと、ブルーム副師団長は悲壮な表情をする。
「そういう事なら、ボクがラズを引っ張って行くよ。二年のブランクはあるけど、そこはほら、ボクもお手伝いするし」
叔父がそう言うと、ブルーム副師団長は大いに喜んでいるようだった。
「それは心強いです! 僕は前師団長と前副師団長が辞められた後に、こちらに異動して着任しましたから直に学べるは嬉しいです。きっと第七師団の皆も喜ぶでしょう!」
「でも、ブルーム副師団長は第六師団にも在籍……」
「わーわーわー!!! 何言ってるんですか?! 掛け持ちなんてできるわけないじゃないですかぁ! ほんとそういう冗談やめてください!」
「いやいや、息子が迷惑かけてごめんね」
「わーわーわー!!! だから、そういう冗談にならない冗談やめてくださいって!!!」
小声で話す彼らの声は私のところまで届いてこない。
慌てふためくブルーム副師団長を見ると叔父にからかわれているのだろう。
「とりあえず叔父上はこの場の空気を読んでください。ベルに何かあれば、手紙を飛ばします」
そろそろ引き際だろうと声をかける。
「お兄様、ベルサス様と一緒にいてはダメですか?」
掛けた本人が様子を見るのは正しいことなのかもしれないが、気持ち的にはルーゼウスと同じ空間にいることすら不愉快だ。
今はベルサスにだって近づいて欲しくない。
ベルサスが首にしがみついているとはいえ、身体が無意識にベルサスを隠そうと動く。
「私がベルの面倒を見ますから遠慮してください。貴方に5歳児になった大人の世話ができるとは思いません」
そう言うとシュンとした様子のルーゼウスは、祈るように胸の前で両手を組んだ。
「わかりました……お兄様が僕に手紙を飛ばしてくれれば、すぐに駆けつけますからっ! ベルサス様を好きになったことは謝りませんけど、ご迷惑をかけて本当にごめんなさい!」
闇夜に気をつけなさい(訳:殺すぞ)──と言う言葉を断腸の思いで飲み込む。
天然な弟なので悪気があってそんな言葉を選んでいるのではないと思いたい。
「ルーゼウス、それは反省してる言葉なのか? 精霊の愛し子だからと甘えているから、魔術師としてのルールも守れないのだ。一からやり直しだと思え」
父に一喝されルーゼウスは唇を噛んで俯いた。
「はい……」
「クラウ師団長のこの状況について、上に伝えておく必要がある。しかし、この機に乗じて暗殺者が差し向けられる可能性もある。どこで話が漏れるかわからないからな」
父の言葉を叔父が受ける。
「最強と謳われる絶影を持つ師団長がこんな状態なんだ。葬り去ることができる千載一遇の好機と捉えられるだろうね。帝国がでしゃばってこなければいいが……」
敵は帝国だけじゃないんだけど、と叔父が天井を仰いでため息を吐いた。
──誰が来ようと、ベルサスは全力で守る。
ともに生きるのであれば、自分が弱いままでは、金の髪を持つ彼の隣を歩くことなどできない。
そう心のどこかで理解していたはずだ。
ベルサスを守るために強くなろうと決意したあの日を思い出す。
──青年を守って甘やかしたい。
今もそう思うのだから、しつこいにも程があるだろう。
しがみつき私の肩に頭をのせるベルサスへ、怯えさせないよう自分なりに優しく伝える。
「ベル、家に帰りましょう」
コクリと素直に頷くベルサスの瞳は、泣いたからなのか眠そうだ。
そんなベルサスも愛おしくて仕方がない。
そんな自分に苦笑がもれた。
13
お気に入りに追加
326
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜
ドラマチカ
BL
恋愛に疲れ果てた自称社畜でイケメンの犬飼柊一郎が、ある時ふと見つけた「すずらん通り商店街」の一角にある犬山古書店。そこに住む綺麗で賢い黒猫と、その家族である一見すると儚げ美形店主、犬山悠介。
恋に臆病な犬山悠介と、初めて恋をした犬飼柊一郎の物語。
※猫と話せる店主等、特殊設定あり

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる