ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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ベルサス(2):リズウェンside

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 第二師団の執務室では、常とは違う内容の書類処理に追われていた。

 破壊された街の復旧作業だ。

 部下が作成した作業報告書を精査し、被害状況を確認しながら隊員の必要人数と日数を算出。

 復旧作業が終わった地域は、人数を再調整して他に割り振る──という、作業を繰り返している。

 気づけば眉間にシワが寄っていた。

 部下が作成した報告書の文字が乱雑で何気に読みづらかったからかもしれない。

 ひと息入れようと窓に視線を向けると、少し開いていた窓を揺らして何かが飛び込んでくる。

「わ、わ、わ、何事?!」

 第二師団の副師団長であるルーカス・モウラが動揺するように驚きの声を上げた。

「ベルが倒れた! ついて来いっ!」

 そう叫んで黒いフェンリルのリルが私の座っている席の周りをウロウロとする。

「バロル師団長、ベルというのは第七師団のベルサス・クラウ師団長の事ですか?」

「そうですね」

「いつの間に仲良くなったんです? あんなに協力をしたというのに教えてくれないなんて酷いですね」

「そうでしたか? 一緒に住んでいることはお伝えしたはずですが気のせいでしたかね。それよりも急ぎなので後は任せました」

「念じてもわたしには伝わりませんよ。では、いってらっしゃいませ。こちらのことはお任せ下さい」

 モウラ副師団長に後は任せ、風のように走るフェンリルに追いつこうと肉体強化と風の魔術で素早さを底上げする。

 リルに案内されて駆けつけた先の惨状は酷いものだった。

 扉をノックして中へと入れば、

「お兄様ーーーっ! ごめんなざいぃぃぃっ!!」

「バロル師団長ーー!! うちの師団長がしくしくしくしく泣いているんですぅぅぅーーー!!!」

「リジーーーー! どうしようっ! クーちゃんがっ! クーちゃんがァァァ!!!!」

 阿鼻叫喚がそこには広がっていた。

 詰め寄るように一斉に話すため状況がよく分からない。

 だが、ベルサスが死ぬような状況ではないことはわかる。

 私たちは聖クレィトゥスの聖殿内の一室に集まっている。

 部屋の隅で膝を抱え、しくしくと泣くベルサスがいた。先に到着したリルは、ベルサスの頭髪をベロベロ舐めて慰めているようだった。

 すぐに把握することは難しいが何、ベルサスの泣いている姿を見るだけで、胸が引き千切られるように辛くなる。

「ベル……」

 大丈夫なのかとベルサスに声をかけようとして──。

「リ、リズッ!!!」

 その声と一緒に大きな躯体が飛びかかってきた。

 数歩よろけたものの、なんとか首にしがみついてくるベルサスを抱きしめ背中を優しく撫でる。

「一体、何なんです?」

「ルーゼウスがやらかしてな」

 多少落ち着いたのか、叔父が小さな声で申し訳なさそうに言った。

 ルーゼウスが関わっているらしいが、リルからは倒れたということしか聞いていない。

 叔父がため息をつきながら、ルーゼウスに話を振る。

 しょんぼりとしているルーゼウスの隣には、気を落とした表情の父がいる。

「お兄様……ごめんなさい。ベルサス様に一目惚れ……? してしまって……どうしても、どーしても一緒になりたかったんです!」

 その言葉に腹立たしい気持ちを通り越して、若干の殺意が湧く。

 私がベルサスを想っていると知っていての所業だ。弟だとて許せるものでは無い。

 そこからどのようにしてベルサスが倒れたに至ったのかわからないが、自分の米神がピクリと引き攣るのはわかった。

 やっと見つけたあの青年を、なんとか気を引けないかと何年も試行錯誤しながら近づき、ベルサスに好きだと先日告白されたばかりだ。

 長年の苦労が報われたと幸せを噛み締めていた矢先にこれだ。──この阿呆がと、ぶちまけたい気持ちになんとか蓋をする。

「大事にしているものを横取りされたら、ルーゼウスならどうしますか?」

「……嫌な気持ちになります」

「では、私の気持ちもわかりますよね?」

 諭すようルーゼウスには言いつつも、腸が煮えくり返って仕方がない。

「はい……」

 そこにベルの無神経な一言が降ってくる。

「リズの顔が怖い……」

 怖いとはなんだとベルを睨むと、ひぃと小さな声がベルの喉から漏れる。

 そこまで怯えなくてもと、少しショックを受けた。

 ここに来るまでの間、ベルサスが無事か気が気ではなかったのだ。

「ベル、私の弟がふざけたせいで申し訳ありません。どこか痛いところはありませんか?」

「う、うん。大丈夫、痛くない」

「ちなみに、どのようにして倒れたんですか?」

「どうやって倒れたのかな……」

  可愛らしく小首を捻るベルサスは、どうやって倒れたのだろうと、うんうん言いながら考えている。

 それを不思議に思いながらも、未だ自分にひっついているベルサスを見る。

 皆の目があるので、そろそろ離れて欲しい。

 好きな相手とくっついているのは嬉しいが、さすがに人の前だ。慣れていないので恥ずかしい。
 
「ベル? 貴方もふざけていると怒りますよ」

 そう言うとみるみるうちに、ベルサスの碧い目に水が溜まっていく。

 ?!

 ホロホロと滴をいくつも落としていくベルサスにギョッとする。

「な、なぜ泣きだしたんですか?!」

 私はその姿に狼狽え、ベルサスの背中をポンポンと優しく叩く。

 本気で怒って言った言葉でなかったが、泣くほど辛かったのだろうか。

「ちょっ、リジー?! 今のクーちゃんに凄んでも意味がわからないと思うよ」

 私から離れないものの、肩口でさめざめと泣くベルサスにいよいよ事態の深刻さが見えてきた。
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