ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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不安しかないです!

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 先日のゼネラ帝国に襲撃されたアンシェント王国は、復旧作業に追われていた。

 第七師団の王都にいる隊員は、もれなく手伝いであちらこちらに回されている。

 それは師団長であっても変わらない。

「ベルサス様ー、これこれ! これですよ」

 ルーゼウスの明るい声が小さな聖殿内を響かせる。

 ここは王城の一画にある聖クレィトゥスを祀る聖殿だ。

 魔術師が多く訪れる場所で、古い文献などが集められ納められている。

 魔術師団に所属しているか、身元が確かな者のみ入ることが許されている場所だ。

「割れた石版か。元に戻すのは難しそうだな」

 顔をしかめながら欠片を手に取って眺める。

 砕けた石が再生するはずもない。割れても古の資料として保存されるのだろう。

 ルーゼウスは左手を腰に手を当てて、右手の指を顔の前で左右に振った。

「何の心配もありませんっ! 時間を戻す風呂敷というものの応用がありまして」

「ふろしき?」

「はい、見ていてください」

 石板にふろしきという赤い布をかけるルーゼウスの動きを見守る。

 魔法陣がふろしきといつ布の上に一瞬現れすぐに消える。

 布をはずすと割れていたはずの石板は、割れる前の状態に戻っていた。

「何をしたんだ?」

「石板の時間を巻き戻したんですよ。割れる前の状態まで戻したといえばわかりやすいでしょうか。まぁ、タヌキロボが活躍するアニメからの着想ですけどね」

「勉強熱心なんだな」

 修復作業を専門とする技術師が泣いて喜びそうな魔術だ。

 修復された石板を感心しながら眺める。

 行使する魔術詳細など、俺が知らずとも他の誰かが根掘り葉掘り聞いてるだろうから多くは聞かない。

 ルーゼウスが頭を突きだしてくるので、撫でてやると驚いたように目を丸くする。

 違ったのだろうかと首をひねっていると足下にいるリルが頭を突きだす。

 リルも撫でてほしいのかと膝をつき、わしゃわしゃと首のあたりをしばらくマッサージする。

「ガウッ」

 気持ちが良かったのか喜んでいるようで、嬉しそうに顔中をベロベロ舐め回してきた。

「わっ、リル! まてっ!」

 以前と変わらないスキンシップに呪いは関係なかったのだろうかと不思議に思う。

 しかも、視覚の効果なのか獣姿のフェンリルなら顔中舐め回されても気にならない。──これもまた不思議。

 そういえば、初日にリズウェンを二人へ紹介したが、すんなりと家族になる了承を貰った。

 前の住処から、引っ越してきた二人は二階の空いている部屋を使うことになった。

 もちろんリズウェンは俺と同じ部屋で、そのことにも彼は納得しているようだった。

 これは順調すぎやしないか。ゆめではないのだろうか、とそんな考えが浮かぶ。

 大事なことだから、何度も確認したくなるのだが、家族になると俺はリズウェンに言ったのだ。

 まったく動じていなかった。

 忘れているのかリズウェンの指には俺が贈ったシッコクの指輪がつけられている。

 それなのに、指輪の話題に触れもしない。

 実は俺しか指輪が見えてないんじゃないかと本気で思ったのだ。

 とりあえず、俺の指輪に触れてみたが嵌めている感覚はある。ジルベルトにも見えていたはずだ。

 どちらにしても指輪は空気と化しているので、はずれないと怒られるよりはいいかと今は静観することに決めた。

 だからと言って気にならない訳じゃない。

 なんで指に嵌っているのか──とか。

 なんで家で待っていて欲しいと言われてるのか──とか。

 気にならないのだろうか?

 先日の告白まがい以降、会話ができない状態が続いている。そのため、どう説明を切り出したらよいのかと悩んでいるのだ。

 しかも毎晩俺と一緒のベッド。

 それなのに、間違いが起こらない。ラッキースケベのような間違いたい感じのアレが一切ない。

 初日はリズウェンが先にベッドで寝ていた。

 俺は浮かれながらベッドへ突入した途端スコンと意識がなくなってしまった。爆睡してしまったのだと思う。

 それから、次の日も次の日も気づけば朝だ。

 ただの添い寝でも嬉しいことには変わらないが意識がないのでリズウェンを隣に感じることもできない。

 最近疲れていたのは確かだ。

 復旧作業は力仕事だし、絶影を使って瓦礫を消す作業はそれなりに集中力と魔力を消費する。

 だからといって、微睡むこともなく意識が途絶えるのは普通ではない。

 リズウェンの癒やし効果が最大限に発揮されているとしてもだ。

 おそらくリズウェンも同じように疲れているのだろうから、触れられたくなくてなにかしている可能性もある。

 それなら仕方がないと諦めて様子を見るしかないだろう。

 リズウェンがベッドで丸まる姿は猫のようで本当に愛らしい。

 しかし、俺が意識を取り戻す朝にはリズウェンの姿はない。一足先に第二師団の仕事場へ行ってしまっているのだろう。

 当然ながら紐付きパンティーを渡せていない。

 タイミングを誤ると俺の命にかかわる気がする。

 そんな折、魔術師団から協力要請があり現在のルーゼウスとの共同作業に至ることになった訳だ。

 リズウェンの弟であるルーゼウスは、精霊の愛し子と言われており、魔術師の中でも特別待遇らしい。

 次期師団長との呼び声もあり実力もある。

 魔術師団にとっては必要不可欠な存在だろう。

「あ、お父様!」

 ルーゼウスが嬉しそうに、神殿の入口に向かって声を上げた。

 ギクッと俺は肩を揺らす。

 彼はバロル侯爵家当主のセイグリッド・バロル。

 ルーゼウスの父親であり、リズウェンの父親でもある。

 いつか挨拶に行かなければと思っている相手に尻込みをしそうになる。

「ルーゼウス。元気がいいのは結構だが、もう少し慎みを持ちなさい。大きな声を上げては周囲が驚く」

「はい、お父様。気をつけます」

 厳しいながらも優しく声をかける男の視線が俺に向く。

「クラウ師団長には我儘を言ってしまって申し訳ない。ルーゼウスがどうしても君に会いたいと言うものだから私も興味を持ってしまってね。協力要請とはいえ突然の事で驚いただろう」

「いえ。どこも人の手を借りたい状況ですのでお役に立てれば光栄です」

 なぜ協力要請に、師団長が行かねばならなかったかといえば彼に指名されたからだ。

 彼はアンシェント王国の重鎮であり、バロル侯爵家及び魔術師団の長である。

 直々の呼びだしを同じ師団長とはいえ平民の俺に断る術はない。

 こちらを見る目つきの凶悪さに、顔が引き攣りそうになった。
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