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始まりと
しおりを挟む目の前には見上げる高さのあるワイバーンが不遜な目をして俺を見ている。
「こ、これに乗れと?」
「あっという間にアンシェント王国の中心地へ着きます。私を脅して敵に回したことを後悔させてやりますから」
可憐に微笑むルストだが、目が座っておりワイバーンよりも怖い。
「………」
ちらりと視線をジルベルトへ向ければ激しく左右に首を振っている。
「行きたいのは山々ですが僕はパスです。高所恐怖症なので無理かなーなんて。クラウ師団長が乗ってきたリズリズの面倒も見なきゃならないし。僕のことは気にせずいってらっしゃいませ!」
「そうか、ジルベルトもワイバーンに乗りたいのか、奇遇だな」
「一言も言ってませんけど?! 僕の話聞いてました?!」
「ワイバーンをもう一匹確保した」
落ち着いた男の声とともに、いつの間にか隷属の呪を首に巻いたワイバーンが滑らかに降りてきた。
「やっと薬が効いてきたようですね」
「……迷惑かけた」
──?!!
リルから紡ぎ出される落ち着いた声に驚きを隠せない。
「お互い様ですよ。これで大幅に戦力が増強されましたし、ひと安心ですね」
リルが普通にルストと会話をしている。
しかも理知的な瞳は以前のキラキラしたものとは違った光を湛えている。
リルをリルとたらしめる可愛さが失われていた。
ただのワイルドイケメンにジョブチェンジしてしまったようだ。あの可愛いリルはどこに行ってしまったというのだ。
──あの素直な幼稚さは呪いだったということか?
「帝国は数で押してくるつもりでしょう。襲撃といっても、第一から第六の師団長は王都にいますからね。お飾り部隊なんて言われていますが、師団長と、副師団長は一騎当千と言われていますし、魔術師団にも精霊の愛し子がいます。大丈夫ですよ、クラウ師団長」
「そう……だな」
ジルベルトなりに慰めてくれているのだろう。
リズウェンのこともそうだし、リルの変わりようにも衝撃を受けている。
「小さな国だからって侮って攻めてくるなんて可哀想なおバカさんがいたものですね。しかし、リルは呪われていたんですか。ずいぶん印象が変わってしまって可愛げがなくなったというか。強面のお兄さんですね。それにしてもフェンリルってすごい。詠唱なしで魔法陣を展開するって本当にヤバい生き物がいたものですよ……クラウ師団長がレアものホイホイで良かったなぁ」
ブツブツと独り言を呟くジルベルトは放っておき、なんとか気持ちを立て直して、後に続く部隊と大隊に指示を出す。
「王都から来た部隊は大隊に組み込む。大隊長の指示に従ってくれ。大隊長はこのまま継続して、この北の地域の警備をしてほしい。帝国が隙を着いて第二の進行をしかけてくる可能性があるから警戒を怠るな。伝令は各団長及び隊長に状況確認の上、臨機応変に連携をとるよう伝えてくれ」
何が起こっているのかもわからない状態では指示も出しづらい。各団長や隊長クラスが現場で判断してもらうしかないだろう。
それに自分で思考する大切さは前師団長から継承されているのだから問題ないはずだ。さすが平民部隊というところか。
「別働隊が潜んでいるかもしれないから慎重な対応であたるようにねー」
俺の言葉を引き継ぐようにジルベルトが声を張る。
大隊長以下、新人やベテラン騎士も整列し敬礼する。
「クラウ師団長、早く乗ってくださいな。私は報復したくてウズウズしてますよ」
ウズウズという可愛らしいものではなく、ルストの殺気が漲りワイバーンが怯えている。
「あ、あぁ」
「わぁ! 死ぬ! 高いとこ無理ですからぁ!」
「うるせぇーな。黙らないと舌を噛むぞ」
リルはジルベルトを小脇に抱え、ワイバーンに乗って一足先に飛んでいった。
リルが距離的にも気持ち的にも遠くへ行ってしまったようで切ない。
俺はそれを眺めてから、いそいそとルストのワイバーンに騎乗するが、捕まるところがない。
引っかかりそうな場所を探す。
手をワイバーンの背中でぺたぺたさせているとルストが腰に括りつけていたロープをはずした。
「あ、少し待ってください」
ロープを片手にワイバーンに巻いていく。
──え? まさかこれに掴まれと?
「では、行きますよ」
かくして俺は叫び声を噛み殺しながら、腕の力だけでロープにしがみつく。その上から銀色のもふもふが覆いかぶさってきたので、腕だけでしがみつくということは避けられた。
上空の寒さにも何とか耐えられるのはルストがフェンリルの姿になってくれているからだろう。
音の速さで飛ぶワイバーンは、馬でかなりの日数をかけて移動した距離を数十分という短い時間で俺たちを目的地まで辿り着かせた。
地上では街の至る所から煙が上がっている。街の人たちの逃げ惑う姿は見えるが帝国の兵の目的は違うらしくウロウロとなにかを探しているようだ。
領空侵犯どころか、完全にアンシェント王国に侵攻してきているわけで、しかし、襲撃する理由が不明だ。
リルとジルベルトの騎乗するワイバーンが帝国のワイバーンとすれ違うたびに一匹、もう一匹と墜落する。
リルがワイバーンから離れ、空中に展開された魔法陣の上を足場として移動していた。
帝国兵のワイバーンに飛び乗り、騎乗している兵を蹴り落とすという芸当を披露している。
すでに戦闘は始まっていた。
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