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回想しちゃいました
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大きな犬に顔中ベロベロ舐められながら、子どもの頃の記憶に想いを馳せる。
俺が伯爵家に預けられていた頃のことだ。
当時の俺は5歳程だったと思う。
本邸から離れた森のそばにひっそりと建つ小さな家で、伯爵家で働く庭師の男の祖母であるばあさんに面倒を見てもらっていた。
ばあさんと同様、庭師も気のいい男で、時々様子を見に来ては、本だったり、衣服であったり、日常的に使うものを持って来てくれて菓子までくれた。
そんなある日、森の切り株で本を開いてぼんやりしていた時にやって来たのが、銀の毛玉だった。
月並みな話だが怪我をしているところを治療してやり懐かれたのだ。
ヒョコヒョコと軽快に跳ねる銀の毛玉は、友達のいない俺の格好の遊び相手だった。
一緒に遊び、一緒に寝て、一緒に水浴びをした。
時々思い出したように伯爵家の子どもが離れの家までやって来て、喚き散らし、嫌なことを言いながら殴り、反抗すれば更に怒るので気が済むまで静かに耐える。
銀の毛玉が走り回って追い払ってくれることもあったが、変な生き物だと蹴られるので、抱きしめてやり過ごすことが多かった。
そんな嫌な事があった日の夜も慰めるように寄り添い、殴られた頬を舐めてくれたのだ。
『 痛いのとんでけ!』
声が聞こえたわけではないが、そう言ってくれたようで嬉しかった。
「お話できるの?」
銀色の毛玉はわふわふ言ってふんふん匂いを嗅ぎ、身体に擦り付けてくる。そして、クルクルと周り嬉しそうに尻尾を振るのだ。
この毛玉が、いい笑顔をしているということはわかった。
「会話が出来なくても俺の言うことわかるんだから賢いね」
たくさん撫でたら、全身を舐められた。
犬っぽい毛玉だから、同じように毛づくろいしてくれたのだろうと思う。
それから二年経ち、束の間の平穏もすぐに失われた。
伯爵家の子どもとその母親が、どこの子とも知れぬ俺を追い出しにかかったのだ。
伯爵家の血が入っているかと思えば、そう出ないと知ったらしい。血の繋がりもなく、気まぐれで連れられてきた子どもに対する愛情などないと、連れ出された馬車の中で罵られる。
俺だって説明もなく、訳の分からないまま連れられてきた身だ。こちらこそ、お前の愛情など必要ないと思った。
銀の毛玉を胸に抱き、その罵倒に耐える。
やがて馬車が止まると流れる水の音がすることに気づいた。
馬車の扉が開かれ、あっと声を出す間もなく、背を押されて転がるように落ちた先は暗く淀んだ川の中だった。
冷たい水が全身を包み、刺すような痛みが身体を襲う。
胸の中に抱く銀の毛玉が水を掻くように、己の身体を浮かせてくれた。
水から岸に辿り着いた時には必死すぎて、人が居ることに気づかなかった。
「このガキ。貴族か?」
「いい服を着てるじゃねーか。売っぱらって金にしようぜ」
「待てよ、金の髪だ。王族か? それなら、ガキを売った方が金になりそうだな」
下卑た笑みを浮かべながら値踏みする男たちに恐怖を抱く。
ふんふんと銀の毛玉が俺の前に出て守ろうとする。
「なんだ? この丸いのは」
しかし、男たちはそれを一瞥したかと思うと足で蹴り、軽い毛玉は遠くまで吹っ飛んでいく。
「ギャンッ」
「やめて!」
腕を取られ、濡れた服を半ば剥ぎ取られながらも抵抗する。
恐怖が心を闇色に染めていく。体の内から何かが溢れるように熱くなる。
ヨタヨタとこちらに近づこうとする銀の毛玉が視界に映る。
「ギャンッ」
再び、銀の毛玉は蹴られ更に離れてしまう。
酷いことをする男たちに怒りが湧く。
優しかった母がいなくなり、どんなに寂しかったかしれない。
やっと慣れてきた先では虐められ、優しくしてくれたばあさんや庭師の男にお別れの言葉を告げることも出来ず、川に投げ捨てられた。
そして、せっかく友だちになれた毛玉は知らない大人たちによって足蹴にされている。
理不尽だと叫んでも、力のない俺ごときでは変えることも出来ない。
もう耐えることに限界だったのかもしれない。
「なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!」
足下から渦を巻くように黒いものが出現する。
「なんだ?! こいつ、魔術師か?!」
黒い霧のような粒子が男たちを文字通り消していく。
「うぎゃっ、足が! 俺の足が消えていく!」
「うぁぁぁぁっ!!!」
「ひぃぃぃぃ!!!!」
黒い霧は男たちを飲み込んだあとも俺を包み込んでいる。このまま男たちのように消えてしまえば楽になれるかもしれない。
『ベルッ! どこにいるの?!』
声が聞こえる。頭に響く声だ。
銀の毛玉なのだとわかる。
不思議と気持ちが言葉として伝わってくる。
──もう疲れたの。
心無い言葉はいくつも浴びてきた。殴られ耐えることに、心が限界だと拒否反応を起こしているようだ。
『一緒に遊ぶんでしょ! 一緒にお昼寝して、食べて、また遊ぶんでしょ! ベルッ! 僕をひとりにしないでっ!』
黒い霧の中に銀色の毛並みの毛玉が、身体を低くして近づいてくる。
「近づいちゃだめだ。止まらないの」
身体から流れ出る黒い霧が止まる気配はない。
『ベル。落ち着いて、大丈夫だよ』
黒い霧を吸収するように銀色の毛が黒くなっていく。
『属性を変えたんだ。こうすれば僕には効かないよ。ずっと一緒に居られる』
属性なんて変えられるものなの?
俺の知らないことはたくさんあるから、できるのかも知れない。
それよりも、気になることがあった。
──お前、ちゃんと俺の言葉がわかっていたんだな。会話できるじゃないか。わふわふ言って誤魔化していたんだろう。
「ずるいぞ……」
そう言ったのを最後に、俺は意識を失ってしまったのだ。
俺が伯爵家に預けられていた頃のことだ。
当時の俺は5歳程だったと思う。
本邸から離れた森のそばにひっそりと建つ小さな家で、伯爵家で働く庭師の男の祖母であるばあさんに面倒を見てもらっていた。
ばあさんと同様、庭師も気のいい男で、時々様子を見に来ては、本だったり、衣服であったり、日常的に使うものを持って来てくれて菓子までくれた。
そんなある日、森の切り株で本を開いてぼんやりしていた時にやって来たのが、銀の毛玉だった。
月並みな話だが怪我をしているところを治療してやり懐かれたのだ。
ヒョコヒョコと軽快に跳ねる銀の毛玉は、友達のいない俺の格好の遊び相手だった。
一緒に遊び、一緒に寝て、一緒に水浴びをした。
時々思い出したように伯爵家の子どもが離れの家までやって来て、喚き散らし、嫌なことを言いながら殴り、反抗すれば更に怒るので気が済むまで静かに耐える。
銀の毛玉が走り回って追い払ってくれることもあったが、変な生き物だと蹴られるので、抱きしめてやり過ごすことが多かった。
そんな嫌な事があった日の夜も慰めるように寄り添い、殴られた頬を舐めてくれたのだ。
『 痛いのとんでけ!』
声が聞こえたわけではないが、そう言ってくれたようで嬉しかった。
「お話できるの?」
銀色の毛玉はわふわふ言ってふんふん匂いを嗅ぎ、身体に擦り付けてくる。そして、クルクルと周り嬉しそうに尻尾を振るのだ。
この毛玉が、いい笑顔をしているということはわかった。
「会話が出来なくても俺の言うことわかるんだから賢いね」
たくさん撫でたら、全身を舐められた。
犬っぽい毛玉だから、同じように毛づくろいしてくれたのだろうと思う。
それから二年経ち、束の間の平穏もすぐに失われた。
伯爵家の子どもとその母親が、どこの子とも知れぬ俺を追い出しにかかったのだ。
伯爵家の血が入っているかと思えば、そう出ないと知ったらしい。血の繋がりもなく、気まぐれで連れられてきた子どもに対する愛情などないと、連れ出された馬車の中で罵られる。
俺だって説明もなく、訳の分からないまま連れられてきた身だ。こちらこそ、お前の愛情など必要ないと思った。
銀の毛玉を胸に抱き、その罵倒に耐える。
やがて馬車が止まると流れる水の音がすることに気づいた。
馬車の扉が開かれ、あっと声を出す間もなく、背を押されて転がるように落ちた先は暗く淀んだ川の中だった。
冷たい水が全身を包み、刺すような痛みが身体を襲う。
胸の中に抱く銀の毛玉が水を掻くように、己の身体を浮かせてくれた。
水から岸に辿り着いた時には必死すぎて、人が居ることに気づかなかった。
「このガキ。貴族か?」
「いい服を着てるじゃねーか。売っぱらって金にしようぜ」
「待てよ、金の髪だ。王族か? それなら、ガキを売った方が金になりそうだな」
下卑た笑みを浮かべながら値踏みする男たちに恐怖を抱く。
ふんふんと銀の毛玉が俺の前に出て守ろうとする。
「なんだ? この丸いのは」
しかし、男たちはそれを一瞥したかと思うと足で蹴り、軽い毛玉は遠くまで吹っ飛んでいく。
「ギャンッ」
「やめて!」
腕を取られ、濡れた服を半ば剥ぎ取られながらも抵抗する。
恐怖が心を闇色に染めていく。体の内から何かが溢れるように熱くなる。
ヨタヨタとこちらに近づこうとする銀の毛玉が視界に映る。
「ギャンッ」
再び、銀の毛玉は蹴られ更に離れてしまう。
酷いことをする男たちに怒りが湧く。
優しかった母がいなくなり、どんなに寂しかったかしれない。
やっと慣れてきた先では虐められ、優しくしてくれたばあさんや庭師の男にお別れの言葉を告げることも出来ず、川に投げ捨てられた。
そして、せっかく友だちになれた毛玉は知らない大人たちによって足蹴にされている。
理不尽だと叫んでも、力のない俺ごときでは変えることも出来ない。
もう耐えることに限界だったのかもしれない。
「なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!」
足下から渦を巻くように黒いものが出現する。
「なんだ?! こいつ、魔術師か?!」
黒い霧のような粒子が男たちを文字通り消していく。
「うぎゃっ、足が! 俺の足が消えていく!」
「うぁぁぁぁっ!!!」
「ひぃぃぃぃ!!!!」
黒い霧は男たちを飲み込んだあとも俺を包み込んでいる。このまま男たちのように消えてしまえば楽になれるかもしれない。
『ベルッ! どこにいるの?!』
声が聞こえる。頭に響く声だ。
銀の毛玉なのだとわかる。
不思議と気持ちが言葉として伝わってくる。
──もう疲れたの。
心無い言葉はいくつも浴びてきた。殴られ耐えることに、心が限界だと拒否反応を起こしているようだ。
『一緒に遊ぶんでしょ! 一緒にお昼寝して、食べて、また遊ぶんでしょ! ベルッ! 僕をひとりにしないでっ!』
黒い霧の中に銀色の毛並みの毛玉が、身体を低くして近づいてくる。
「近づいちゃだめだ。止まらないの」
身体から流れ出る黒い霧が止まる気配はない。
『ベル。落ち着いて、大丈夫だよ』
黒い霧を吸収するように銀色の毛が黒くなっていく。
『属性を変えたんだ。こうすれば僕には効かないよ。ずっと一緒に居られる』
属性なんて変えられるものなの?
俺の知らないことはたくさんあるから、できるのかも知れない。
それよりも、気になることがあった。
──お前、ちゃんと俺の言葉がわかっていたんだな。会話できるじゃないか。わふわふ言って誤魔化していたんだろう。
「ずるいぞ……」
そう言ったのを最後に、俺は意識を失ってしまったのだ。
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