ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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相談する相手は慎重に

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 俺は現在、馬に揺られ、重いため息をつきながら見上げる程大きな北門をくぐったところだった。

 そして、リズウェンのいる王都からどんどんと離れている。

 隣には同じように馬に揺られながら並走するジルベルトがいる。夜明け前から出立の準備をすべて指揮してくれた功労者だ。

「ありがとう。遅くなってすまない」

「これくらいゆっくり来てくれた方が、他の連中にとっては気が楽ですので、気にしないでくださいね」

 現在率いる隊員は王都に残っていた一部の新人騎士とベテラン騎士で構成された、あわせて百名程の部隊だ。

 初めての遠征を経験する新人騎士には、十代の若者が多くベテラン騎士がしっかりとサポートするように言い渡してある。

 各団長に情報共有したものの、今回は各地域から集まるほどの討伐ではないということで参加はしない。

 要は俺が一人行けばどうにでもなるレベル。

 現地の旅団長が指揮する部隊はいくつかに分かれている為、ワイバーンを追い払っている大隊長と合流して討伐にあたる事になっている。

「それよりクラウ師団長、まさかその指輪は以前に話をしていた指輪ですか?」

 興味津々で俺の左手に嵌められている黒い指輪を覗き込む。

 過去に俺が作っていた指輪の話をジルベルトが蒸し返してくれたお陰で、指輪の存在に気づくことができたのは感謝している。

「あ、あぁ。そうだな……」

 しかし、大事な人の指からはずれなくなるという想定外の失態に、その後ろめたさから返事は弱くなる。

「へぇー、お相手はどなたなんですか?」

 ニヤニヤするジルベルトに俺は心の安寧を図り遠くの景色を眺める。

「……まだ言いたくない」

 リズウェンと答えたいところだが、承諾を得ていない状態で話せば、話がややこしくなりそうだ。

「えー、誰なんです? 気になって集中できませんよっ? とか、いうと思いましたか! どうせバロル師団長でしょう?」

「?!」

 遠くの景色を眺めながら、平静を装っていた俺はジルベルトのドヤ顔を凝視する。

 ──なぜバレてるんだっ?!

「気づかないわけないでしょ? 僕も隣の席で仕事しているんです。ひとりを熱心に見つめ続けているんだから気づきますって。というか、凶悪な視線で毎回睨まれていたら、バロル師団長だって気づいていると思うんですよねぇ。あの人気配に敏そうだし。そう考えるとバロル師団長ってスルースキルが極端に高い人? それとも、わざとだったり?」

 仕事中にサボっていると言われているようで、俺は申し訳ない気持ちになり、後半は聞いていなかった。

「しかし良かったですね。想いが実って」

 微笑ましい笑顔を向けてくれているところ申し訳ないが、頷けるような状況では決してないことを理解してもらった方が、リズウェンに対する罪悪感も少しは軽くなるかもしれない。

 道のりは長く時間はたくさんあるので、仕事のできる男ジルベルトに、ここは相談させてもらおうと思う。

「実はな…………」

 話の途中からジルベルトは、急にキョロキョロと周囲を気にしはじめた。

 声が周囲に聞こえないようにする消音壁を展開させ、俺の話に耳を傾ける。

 そして、どんどんと顔色を悪くさせていった。

 ことの顛末を話し終えた時のジルベルトは疲労感いっぱいの顔になり、十分程度の話で十歳ほど老け込んだ気がする。

「クラウ師団長と僕との間にイタズラ好きな妖精さんが、情報の伝達を狂わせている可能性があるようなので、もう一度確認させてください」

 妖精がそんなことをするとは聞いたことがないが、新発見でもあったのだろうか。

「わかった」

「クラウ師団長は、たまたまバロル師団長と道で出会い、食事に連れ出し、潤滑剤を店員に見られバロル師団長を辱めたと……」

 恥ずかしがってはいたが、辱めたことになるのだろうかと首を捻る。

「そして、酒で酔わせ抵抗しないのをいいことに無理矢理キスをし、抵抗したバロル師団長が石化魔法を発動、クラウ師団長のアソコが石化したと……ここまでは、間違いありませんか?」

「あぁ、石化したな。今も石化してる」

「………わ、わかりました。既にお二人の関係が手遅れな気もしますが続けます。更に、バロル師団長が泥酔したことで家に連れ込み拉致監禁、意識のない相手に許可のないまま指輪をつけ、はずれなくなったと……」

「監禁はしていない」

「……拉致はしちゃったんですね。それなのに、バロル師団長をそのまま家に置いてきちゃったんですか?」

「あぁ、説明する時間もなかったし、仕方がないと思わないか? しかし、それだけ聞くと酷い男だな」

 ほぼ事実なので言い訳はできない。

「ちょ、酷い男はアナタですぅぅ! 仕方がないとか、どんな言い訳なんですか?! 酷い男はアナタなんですよぉぉぉっ!! クラウ師団長! 何やってるんですかっ?! 何やってるんですあああっ!!!」

 取り乱すジルベルトを見て、罪悪感や不安を解消しようと相談したのに更に増しただけだった。

「怒っているだろうか」

「おおおお、怒っているに決まってるでしょうがっ! ちんこ石化させるくらい拒否られているんですよ?! 明らかに挿入不可じゃないですかっ! 拉致されて拒否った男の前でシャツ一枚ですからね?! 当然そうするのが、正当防衛と言うやつですよ! しかも、指輪がはずれないなんて呪われてるとしか思わないでしょうよ?! それ呪いの指輪ですよ!?」

「たぶん祝福の方だと思う」

「なにその紙一重的な仕様! 祝福だろうが、はずれないんですから呪いの指輪と同じですって! ……それで、バロル師団長はこの指輪のこと何か言ってませんでしたか? 家を出る時は起きていたんでしょう?」

「起き抜けだったからな。俺の指輪を睨んでた気がする。支度に追われて、会話らしい会話もなかったし、キスしても無反応だったな」

 ──しかも、愛称で呼んでくれなかった。

 それだけのことなのに、胸がズキズキと痛む。

 目の七割ほど涙をうかべたジルベルトは前が見えないだろうに、巧みに馬を操っている。

 その目から涙が溢れださないのが不思議だ。

 ジルベルトは馬上から身を乗り出して、労うように俺の股間を叩いた。

 俺が見えてないようだ。そこは肩じゃない。

 それに、全部が石化しているわけではないので微妙に痛い。

 その拍子に俺が握っている手網の紐が引っ張られ、愛馬のリズリズが嫌そうに鼻息を荒くする。

「………クラウ師団長、残念なお知らせですが、バロル師団長とはもう少し仲を深めてから、交際を申し込まれた方が良かったと思います。呪いの指輪の解呪には心当たりがありますので、戻り次第はずしてもらいましょう」

「指輪の解呪なんて嫌なんだが……」

「往生際が悪いですよ? バロル師団長には僕も会いに行きますから、一緒にごめんなさいしましょう?」

 ジルベルトが出来の悪い子を見るような慈愛に満ちた聖母のような表情をしている──なるほど。

 これがキモいというものなのだろう。なんとなく理解した気がする。

 リズウェンに告白らしい告白もできていないのに、指輪を解呪するというのは尚早というものではないだろうか。

 本気でリズウェンと共にいたいと考えているので、戻ったら中途半端なことはせずにちゃんと告白したい。

「リズが拒否するならともかく、今から解呪を考えるのは気が早いと思うんだ」

「クラウ師団長……そうですよね! 王都へ戻るのは早くてもひと月は掛かるでしょう。気持ちの整理は早目につけておくのも必要ですね」

 リズウェンに振られる前提でジルベルトは考えているのだろう。俺もリズウェンにどう思われているのか気になってきた。

 ──そうだ、手紙をだそう!

 ジルベルトが話してくれた一般論だって、間違ってはいないだろうから、誤解を招かないように一足先に手を打つ必要がある。

 やはり、ジルベルトに相談して良かったかもしれない。
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