ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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ダメージが大きいです

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  急いで戻れば、ベッドにはリズウェンが家を出た時と同じように寝ていた。

 それはそれはもう感動した。 

 引き攣れるような痛みに気づいて、サラの兄弟からもらった薬を飲む。

 薬が効く間にシャワーを浴びて、歯を磨いて、スッキリした状態でリズウェンがいるベッドに潜り込んだ。

 精力減退の薬のせいか、同じベッドに入っても、ドキドキするものの、肉体的な欲求は抑えられているようだった。

 ただただリズウェンの存在を感じてくっついていられる。

 その幸せを噛みしめながら、リズウェンの温かさに癒され、うつらうつらとしていた。

 そして、ベッドから転がり落ちることになったのだ。





 目が覚めてしまった俺は、俺の隣で寝ているリズウェンに釘付けだ。

 窓から射し込む月の光に照らされた彼の造形が美しすぎて、ずっと見ていられる。

 ただの白いシャツさえ、リズウェンが着ていると天使かと見間違うほど神秘的に見える。

 上掛けから胸の上に投げ出された腕も、ほっそりとした長い指も、飾りも何も無いのに完璧だ。

 ──さすが俺の『麗しの花』。

 そこで、俺はひらめいてしまった。

 クローゼットの奥深くに眠っていた対の指輪を思い出し、ベッドから抜け出て引っ張りだす。

 念の為サイズが変わっていないか、確認の意味でリズウェンの指に嵌めてみようと思いついたのだ。

 もちろん婚姻をしたら指輪をつけるという風習はない。

 気持ちが伝わりやすく、自分のものだと周囲にアピールする意味合いの方が強いだろう。

 ジルベルトも最近指輪を贈るのが流行っていると言っていたから、機会を見計らって渡してみようと思う。

 もしかしたら、買取屋に並ぶ可能性もあるが、本気だと理解してもらうにはそれなりに重い方がいいはずだ。

 指輪に何の印を刻むかでも贈る側の本気度がわかるし、御守り代わりにもなる。

 剣を握る利き手につけるのは仕事柄難しいが、反対の指であれば剣の微妙な重さに気を使う必要もないだろう。

 俺はいそいそと指輪が入ったケースをパカリと開ける。

 そこには、鈍く光る真っ黒な指輪がふたつ並んでいた。

 その指輪に刻んだものが、特殊だったからか、指輪の色が変色し黒くなった。

 それはそれで格好よく見えるし、リズウェンの髪の色とお揃いなので俺は気に入っている。

 ベッドへと戻った俺はリズウェンに声をかける。

「リズ、寝てる?」

「……んー…」

 可愛らしい返事に相好が崩れそうになる。

 ベッドに腰をかけた俺は、リズウェンの手を取って薬指に勝手に嵌めた。

 先ほど採寸したのではないかと思うくらいに、サイズはぴったりだった。

 薬指は、運命の人と繋ぐ縁という意味合いで遠い国の逸話として、この国にも伝わっている。

 だから、好きな人に贈った指輪はお互い薬指につけるそうだ。

 もう一つケースに入っている指輪も取り出し自分の薬指に嵌める。

 こちらもぴたりと合った。

 なんとなくリズウェンに特別な誓いを立てた気持ちになる。

 指輪を嵌めているリズウェンの手と、俺の手を並べたり、絡めたりしてはしばらく眺めた。

 しかし、だんだんと滑稽な光景に思えて自嘲の笑みが浮かぶ。

 ──俺は一体なにをしているんだ。

 俺のベッドで、俺のシャツ一枚を着て、無防備に寝ている最愛の人に、断りもなく指輪なんてものを嵌めて喜んでいるのだ。

 これを気持ちが悪いと言わず、なんだと言うのか。ジルベルトにはきっと、『キモいです』とはっきり言われてしまうだろう。

 リズウェンには、しっかりと愛は伝えていくし、しがらみの無いセキュリティのしっかりした家も使って欲しいと言うし……。

 言い訳じみたことを、つらつらと並べ立てていると、窓から入る白い月の光が、暖かい色合いの光に変わってきている。

 窓の外を見ると遠くの空が明るくなってきていた。

 本日の予定、遠征。

 集合時間、朝日が上る前に城前集合。

 ──げっ! ま、まずいっ! 隊を率いる俺が遅刻とか洒落にならん!

 指輪を回収しようと自分の指輪を引くが抜けない。

 ──えぇっ???!

 リズウェンの指輪をそっとはずそうとしても指から微動だにしなかった。

 焦りで背中を冷たい汗がつたう。

 無駄に金をかけたから、何かしらの制約が働いているのかもしれない。

 まだ、返事も貰ってないどころか告白もしていないのに、大事な薬指に指輪を嵌め、しかもはずすこともできない。

 とんでもないことになってしまった。

 得体の知れない指輪を嵌められたリズウェンの気持ちを考えると、頭を抱えるどころか打ちつけたくなる。

 ──いや、むしろ頭を打ちつけて何とかなるなら、迷わずに打ちつける!

 しかし、それも叶わない。

 時間もないので、やむ無しとリズウェンを起こす。

「リズ、リズッ、起きてっ!」

 申し訳ないと思いつつも、身体を揺さぶる。

「???」

 眠そうにしているリズウェンが薄らと目を開ける。

「こ、これ、俺の愛の証! リズの指にも同じものがあるからな!」

 俺のつけている指輪を見て目を鋭く細める。

 次に、俺を見て、リズウェンは周囲を改めて見回した。

「ここは?」

「俺の家! 俺のベッドの上! リズ、昨日の記憶がないのか?!」

「……クラウ師団長?」

 愛称で呼んでいないことにガーンと頭の中で大きな衝撃が襲う。

 ──リズウェンの記憶の時間が巻き戻ってるーーー?!

 泣きたくなるような状況に、詳しく説明をしている時間が俺にはない。

「この家にリズのこと登録してあるから! 居ていいから! というか、待ってて欲しい!」

 押し切るようにして、クローゼットから着替えを取り出す。遠征だからと普段の隊服は着ずに、師団長専用の団服を着用する。

 ズボンの上からブーツを履き、チェーンメイルを着て、膝まであるロングサーコートを腰のベルトで締める。

 剣は吊り下げるようにして腰に佩いた。

 リズウェンは俺が焦って支度するのをぼんやりと目で追いかけている。

 思考が追いついていないのかもしれない。

「リズ、行ってくる!」

 呆然としているリズウェンの額にキスをし、愛の告白もままならないまま、集合場所へと走り出した。

 ──こんな状態で遠征とか最低すぎるだろぉぉぉーーーっ?!

 涙が溢れだすのを止めることなど、できるはずもなかった。
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