ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

文字の大きさ
上 下
10 / 51

え? また?!

しおりを挟む
 リビングの隣にある部屋は寝室に続いている。

 ベッドは二階に置いても良かったが、帰ったらすぐ横になれるようにとリビングの隣の部屋に設置したのだ。

 リズウェンと住んだらと言っても、結局は一人暮らしの使い勝手がいい配置になってしまっている。
  
 ベッドから上掛けを持って、それで悩ましい姿の彼を包み、そのまま抱き上げて移動する。

 これが日常だったらと思う。

 妄想していたものとはかなり違う状態で家に来たわけだが、リズウェンが俺の家にいて、しかもその隣に俺がいる。

 抱いているリズウェンの頬にすりっと、俺の頬を寄せる。

 滑らかな肌は酒が入っているせいか少し赤い。

 丁寧にリズウェンをベッドに寝かせる。そう言えばと、後ろのポケットに潤滑剤を入れていたのを思い出す。

 ──これも使う機会がなかったな。

 残念に思いながら、それをベッドのヘッドボード部分に置いた。

 リズウェンの黒髪を一度撫でると離れがたくなった。そんな気持ちを叱咤しながら着衣を整える。

 遅い時間だが、もしかしたら対応してくれるかもしれない。

 硬質な感覚を股間に感じながら、俺はサラの店に足を運んだ。




「はいはいはいっと、こんな時間に何の用だ?」

 若い男の声がする。

 店は閉まっていたので、その隣に住んでいるというサラを訪ねたが不在のようだった。

「夜分遅くに申し訳ない。サラさんはいつ頃お戻りだろうか?」

 男はゆったりしたローブを着ており、サラと同じように緩くウェーブした黒髪を腰まで流している。顔も似ているので姉弟なのかもしれない。

「あー、サラね。今はいない。急ぎの用か? 俺も薬師……というよりは、魔術師なんだが力になれるか?」

 女性に下の話をするよりは、良かったかもしれないと頷く。

 しかも、魔術師ならこの石化もなんとか解呪してくれるのではと一縷の望みを持って説明をする。

 リビングに入れてもらい、話終わった途端に部屋の床で男は転がりだした。

「ぶっ、せ、石化っ?! アソコが石化って! ぐほっ、げほっ」

 なんだか見覚えのある光景にデジャブを覚える。

 ──この人もサラと同じ病なのだろうか?

 姉弟で、もしかしたら兄妹かもしれないが、少しばかり可哀想になる。

「このままだとどうなるんだ?」

 石化した部分は片側だけが石化していると改めて確認してわかった。

「まぁ、勃ったら流血沙汰だな。それ」

 のそりと床から立ち上がって、ローブを叩きながら男はサラリと言った。

「多少引き攣れるような感じはあったが、流血……するのか?」

「勃起具合にもよるだろうが、朝勃ちでも中の組織や薄皮は裂けるだろうな」

「…………」

 そんな状態で騎乗などできるとは思えない。かなり深刻な状況だった。

「明日から遠征でしばらく戻って来れないんだろ? 魔物討伐に行くと聞いてる。石化は進行する事はないが、解呪には時間がかかる。できれば、かけた本人に解呪してもらうのがいいが。もしくは精力減退の薬を出しとくがどうする?」

 遠征のことは一般市民が知ることは無いはずだ。なぜ魔物討伐のことまで知っているのかと思ったが、サラには言っていたのかもしれない。だからこの男は知っているのだろう。

「……精力減退の薬を出してもらえるだろうか」

 男は苦笑しながら薬を持ってきてくれた。

「石化させた相手はわかってるのか?」

「………俺のベッドで寝てる」

 再び、男はテーブルに頭をぶつけながら床に蹲った。

「がふっ、こ、恋人にかけられるとか! まじかっ…笑えるっ」

 かなり失礼なことを言われているのはわかるが、恋人と思われるのは心にくるものがある。

「ぐふっ、薬はいらないかもしれないが、念の為に作っとくよ。その恋人さんよっぽど自分に自信が無いんだな。離れている間のアンタをそんな状態にするなんてさ」

 リズウェンの自信が無い様子など見たことは無い。いつも眺めている訓練では、隙も見せないし、激を飛ばす声は強者のそれだ。

 それに、恋人ではない場合のこの状態はなんだと言うのか。俺はどんな言葉を返したらよいのかわからず微妙な顔になる。

「しばらく傍にいてやれないんだろ? 帰ったら安心させてやれよ」

 彼の返答には曖昧に返事をして、薬や相談にのってくれたことを感謝する。

 支払いを済ませ、サラによろしくと言ってその場を後にした。



 そもそもリズウェンと俺はどんな仲なんだろう。

 ──国を守るもの同士?

 範囲が広すぎるし他人でも通じる。

 ──同じ師団長? それとも友人?

 それだと、ただの知り合いレベルだ。友人というには友人らしいことはしていない。

 もちろん『麗しの花』として、ずっと見ていたし、知ってもいた。最近になって、やっと普通に会話ができるようになったばかりだ。

 ──恋人……とか?

 そもそも恋人だとお互いが認識していないのだから、それはない。

 俺は自問自答して落ち込んだ。

 実際リズウェンに俺は何を求めているのか。

 好きだし、愛している。それは変えようもない事実だ。

 できれば傍にいて欲しいし、伴侶にしたい。現にリズウェンとの共同生活を夢見て、家を購入するほどだ。

 したいことや、やりたいことは沢山あるのに、リズウェンに対して行動を起こしたこともつい最近のことだ。

 今まで断られるのが怖くて、自分から求めようとしていなかった。

 初めから雲の上の人だ、高嶺の花だと、そう決めつけていた。

 無理だと諦めながらも好きだと気持ちを押しつけていたんだ。

 ──最低だな、俺。

 真剣にリズウェンと向き合っていなかったことに嫌悪を覚える。

 それに、自分の気持ちばかりで、リズウェンの気持ちまで考える余裕がなかった。

 リズウェンはオレのことをどう思っているのだろう。

 嫌なら俺に頼ることはないだろうから、多少なりとも心を許してくれているとは思う。

 計らずもキスまでしてしまったのだ。

 このまま曖昧にしているのは相手に失礼だ。そろそろ決断をするべき時が、きたのかもしれない。

 今から真剣に口説いても遅くはないはずだ。

 帰る道すがら、リズウェンの置かれた立場をまずは考える。

 バロル侯爵家の第一子で、婚約破棄をしたことで悪評が広まり、家督を次男に譲り渡すことになった。

 第二師団の副師団長になったのはそれからすぐの事だ。そして、一年前に師団長になった。

 貴族といえど、家を継がない場合は平民になるか、騎士となり叙爵される場合がほとんどだ。

 リズウェンは、バロル邸を帰る家だとは思っていないらしく、師団の寮も襲われるなどと言っていた。

 何かしらの理由があって、夜も神経をすり減らすような生活をしているのだろうか。

 ゆっくりと安全に過ごすことができないだけでも、心が疲弊していくというのは、野営ばかりだった俺もそれはよくわかっているつもりだ。

 ──それならリズウェンがセキュリティのしっかりしている安全な俺の家に住めばいいのでは?

 とりあえず、シェアハウス的な共同生活も選択肢としてあることを伝えてもいいかもしれない。

 石化のことなど忘れて俺はリズウェンのいる家に急いだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

処理中です...