祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄

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完全にスルーされる

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 数分前までは馬車の床に転がっていたディルカだったが、今は薄暗い室内でお嬢様とともに床に転がされていた。

(なんだか頭がふわふわするな)

 見渡せる限りで周囲を確認したディルカだったが、室内全体にむせ返るような甘く発酵した香りが充満しており、その芳醇な香りは部屋の壁面に沿って並べられた樽から漂っているようだった。

 だんだんとディルカの意識はぼんやりとした感覚になっていく。

「ちょっと! 私のメイドはどうしたの?!」

 ディルカの隣で同じように転がされているお嬢様の甲高い声が狭い室内に響き渡る。

 自由に動くことができない状態のディルカと違い、お嬢様の胸から腿のあたりまで粗末な縄がぐるぐると執拗に巻かれている。これでは手も足も出ないだろう。

 いつの間にやらお嬢様とともに監禁されてしまったらしい。

 お嬢様に付き従っていた屈強な男たちにディルカたちは運ばれてきたが、首謀者と予想していたお嬢様も一緒に簀巻きにされている。

 そういえば男たちを手配していたのはメイドだった。

 そこに筋肉隆々な男たちを引き連れてメイドが現れた。

「貴女、無事だったのね!」
「心配して頂けるのは大変恐縮ですが、お嬢様。危機感がありませんね」

 そう言って見下ろすメイドにお嬢様は表情を曇らせる。

「……ちょっと、どういうつもりなのかしら? 今すぐに説明なさい!」

 ビヨンビヨンと身体を動かしているお嬢様はまるで陸に打ち上げられた魚のようである。

 そんな激昂するお嬢様を前に腕を組んでいるメイドは顎を上げ、ふんっと鼻を鳴らした。

「察しが悪すぎじゃないですか? 信じていたメイドに裏切られて、さぞ、気を落としているかと思えば、随分と元気ですね」

 呆れたような態度を見せるメイドに羞恥心を感じたのかお嬢様は顔を真っ赤にさせる。

「せっかくお父様が気が利くメイドがいると貴女を取り立ててくださったというのに恩を仇で返すつもりなの?!」

 その言葉を聞いたメイドは一瞬にして顔を歪ませ冷たく一瞥する。

「ふむ、権力を振りかざすお貴族様は皆同じようなことを言いますね」
「どういうことですの……?」
「恩着せがましいんですよ。給金も上がらないのに面倒なお嬢様の世話を押しつけられた身にもなってもらいたいものです。しかも、我々民を見下している割にはしっかり給金から税金を多く徴収しているところとか……あ、税金のことはわかりますか?」
「失礼ね! 勉強しているのだから多少はわかるわよ! 地域の治安や秩序が保たれているのは税金から賄われているのだし、公共事業も税金からだわ」

 ハッと乾いた笑いをもらしたメイドは憐れむようにお嬢様を見た。

「わかっていませんね。だから、貴族は何をしてもいいと考えている……と」

 何が言いたいのだとお嬢様は床をゴロゴロとイモムシのように転がりながら額に青筋をたてる。

「何の話をしているのかわからないけれど、こんなことをしてなんの意味があるっていうの?! 早く解放なさい! 貴族にこんなことをしてしていいと思っているの?!」
「あら、お嬢様。そこに転がっている男はなんですか? 国に仕える魔導研究員のひとりで、お嬢様が重んじるお貴族様ですよ? 彼に悋気を起こして拉致する計画をたて、予定通り拉致は成功しましたね」

 サッと顔色を変えたお嬢様の唇は真っ青だ。

 ──ん? 悋気? 悋気だって!?

「ち、違うわ! わたくしの邸宅に招待しようとしただけじゃない! 私と一緒にいたほうがミハエル様が昇進するにも、お父様に口利きすることができるし役に立つと教えたかっただけよ!」

 お嬢様はディルカに己の親による財力を見せつけたかったらしい。

 そして、お嬢様いわく拉致ではなく招待であり、格の違いを見せつけミハエルと恋人関係にあるディルカを別れさせたかったのだという。そもそもディルカはミハエルと付き合ってなどいないのだが。

 ちらりとディルカへ視線を向けたメイドは、表情を変えることなくお嬢様に視線を戻した。

「貴族というだけで、わがままし放題だったお嬢様にはしばらくそこで転がっているとよいでしょう。それにお嬢様のお父上も奔放なお嬢様に頭を悩ましていました。己の所業を自省し頭を冷やしてください。このままではいずれ勘当されますよ」

 ちらりとお嬢様に目を向けてからメイドは退出した。

 メイドから完全に無視されていたディルカだったが、タイミングよく身体に力がみなぎり手足を動かすことができることがわかる。

 ──やっと復活……!?

 そう勢い込んだものの、室内に充満している香りでディルカの頭はクラクラとして身体の内がさらに熱くなってきた。

 もしかしたら、周囲に積まれた樽は酒樽なのかもしれない。

 酒にめっぽう弱いディルカは酒の匂いを嗅いだだけでも酔ったように頭がぼんやりとしてしまう。

 しかも2~3日動かなかっただけで体の動き方がぎこちがなくなっているようだ。ディルカはゆっくりと慣れるように手足を動かした。

 ぎりぎりと歯ぎしりをしていたお嬢様が、両手足をもぞもぞと動かしているディルカを見て気持ちの悪そうな表情をした。

「……貴方動けるの?」
「はい。動けるようになったはずなんですが……い、意識が今にも遠退きそうで……す」

 意識が無くなる前にお嬢様の縄を解こうとするがどう結ばれているのか素手では解くことができなかった。

 ディルカがよく仕事で使っている魔術で解析というものがある。それは対象の性質や構造など理解できる取り扱い説明書のようなものだ。それを発動させれば、ディルカはするすると固く縛られた縄も解くことができた。

「……あ、ありがとう」

 お嬢様の感謝にディルカは頷く。

 しかし、地面が揺れているような感覚になり立っていられない。

「は? ちょっと! しっかりしなさいよっ! ねぇ! 打ちどころでも悪かったの?! ねぇっ!」

 殴られた覚えはディルカにはないが、飲酒をしたときのような酩酊感がある。

 壁一面に並べられた酒樽のせいだろう。

 お嬢様の叫び声を聞きながらディルカの意識は切れ切れになりついには途絶えた。
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