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第一章

王女の前髪の理由

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「ふぅ…なんとか撒いたか…。」

アロンダイトは城の中からそろりと温室の方向を見る。
図書室の一件から数日後の今日、王城の温室では王家主催のお茶会が開かれていた。カマエメラム家にも招待状が届いており、アロンダイトも先程まではそのお茶会に参加していた…のだが。
以前アロンダイトが軽い気持ちで声を掛けてトラブルになったご令嬢も今日のお茶会に参加しており、鬼の形相で迫り来るそのご令嬢から脱兎のごとく逃げてきたのである。

「アロン様!!どこにお隠れになられたんです!?」
「…ゲッ…」

ご令嬢は諦めていなかったようだ。アロンダイトが隠れている場所はわかってないようだが、声が近い。
このままここに隠れていては見つかるかもしれない…そう感じたアロンダイトはこの場を離れて他に隠れる場所を探すことにした。

コソコソとなるべく音をたてないように目立たないように移動しながら、隠れられる場所を探す。
すると良い場所があった。
それはこの前資料を返しに行って偶然ティターニアと出会った…そう、図書室である。

図書室は城に出入り出来る人間なら基本的には誰でも利用出来るのだが、利用する人は極わずかしかいない。
王都には王立図書館があるので、だいたいの者はそちらに行くのだ。

アロンダイトは足早に図書室へと向かう。歩みは早いがなるべく人に見られないように注意は払いながら。

(流石にここまではあのご令嬢も追ってこないだろ…。)

無事に見つからず図書室に到着し、ほっと安堵の息を漏らす。ご令嬢もまさかアロンダイトが図書室に隠れているとは思わないだろう。

シン…と静まりかえった図書室にはアロンダイト以外は人が居ないようだ。
だが。

「…今日も王女殿下がどこかに潜んでたりして…。」

前回図書室を訪れた時のティターニアとの出会いを思い出し、もしかしたら今日もどこかにいるのではないかと思ったのである。ティターニアからすれば別に隠れていたつもりはなく、奥で静かに本を読んでいただけなのだが。

じっとしているのが暇なのもあり、アロンダイトは図書室内を見て回ることににた。ドア側の方の棚から徐々に奥の方へと進む。

「まぁ、流石にそう毎回は出くわさな……あ。」

「出くわさないか」と言おうとしたところで奥にある窓際の読書スペースが見え、そしてそこには漆黒の髪の少女。
ティターニアだ。
日当たりの良い席で何やら分厚い本を読んでいる。本を読むのに邪魔なのだろう、長い前髪は耳に掛けているようだ。
しかし完璧に耳にかけてしまうには少し長さが足りないらしい前髪は、スルスルと前に落ちてくる。それを定期的に左右に払ったり、また耳にかけたりしながらティターニアは器用に本を読んでいる。

(うーん…この位置からじゃ顔がハッキリとは見えないか…。)

出会った時からずっとティターニアの前髪のことが気になっていたアロンダイト。いつもは前髪のしたに隠れている素顔を見ようと目を凝らすが、今居る位置からではどう頑張ってもダメらしかった。

「こうなったら…」

自分も読書スペースに行き、ティターニアの向かい側に立つ。

「ごきげんよう、王女殿下。ご一緒してもよろしいですか?」

やわらかく微笑んでティターニアに声をかける。正面から正々堂々と顔を見る作戦である。

「…っ!?え…あ、ひゃ…ひゃい!」

本を読むことに没頭していたらしいティターニアはイキナリ声をかけられて狼狽する。驚きすぎて「はい」と返事をするつもりが「ひゃい」になってしまった。
テーブルの上の本に向けていた顔を上げてアロンダイトの方に向けた。

「…!」

アロンダイトは思わず息を飲む。
左は光をそのまま閉じ込めたかのようなキラキラと輝くゴールドの瞳。右は左目とは対照的に深海のような深い暗めのネイビー。
どちらの瞳も神秘的で美しく、その輝きに思わずアロンダイトは目を奪われる。
そう、左右の色の違うティターニアの瞳にアロンダイトがまず抱いた感想は「美しい」であった。
宝石のようなその双眸を縁取る長いまつ毛は髪と同じ漆黒の色。
目がパッチリしているのは王妃様に似たのだろうか…でも優しげな眉のあたりは国王陛下に似ているかもしれない…ぼんやりとアロンダイトがそんなことを考えていた頃。

落ち着いてきたティターニアは、急に黙り込んでしまったアロンダイトの視線が自分の顔に注がれていることに気づき…、そして前髪を耳にかけたままであることに思い当たる。

「…っ。ご、ごめんなさい!」

謝りながら慌てて前髪をおろすティターニア。しかしアロンダイトには何故ティターニアが謝っているのか全くわからない。
むしろ王女の顔面を無言でガン見していたアロンダイトの方が不敬であり、謝罪するべきだと思うのだが。

「なぜ王女殿下が謝るのです?」

前髪を押さえながら俯いてしまっているティターニアに、アロンダイトは不思議そうに尋ねる。
ティターニアは何も答えず俯いたままだ。肩が少し震えている。

「……目…っ…。」
「目??」

ティターニアに言われてアロンダイトは思い当たる。左右の瞳の色が違うということが、黒髪に生まれるよりももっと珍しいことだということに。
そして長い前髪はそれを隠すためであるということに。
「黒髪」だというだけでもまわりからは奇異の視線を向けられるのに、更に瞳の色も特異となれば…。

「…き、気味が悪いですよ…ね…。ごめんなさい、お見苦しいものをお見せしてしまって…。」

ティターニアは絞り出すようにそう言った。その声は震え、今にも泣き出してしまいそうだ。
そんなティターニアの様子に、アロンダイトは少し何かを考える素振りをしたのちボソッと何か呟いた。

「………お揃いですね。」
「…え??」

思いもよらないアロンダイトの言葉に、思わずティターニアは顔をあげる。顔にかかる前髪の隙間から見えるアロンダイトの顔は微笑んでいた。
その微笑みが自分に向けられている事実をティターニアは飲み込めないでいる。

「殿下の左目は、俺の…いえ、私の髪とお揃いです。」

そう言うと、アロンダイトはティターニアの顔に手を伸ばすと前髪を左右に払う。そうして現れた2つのキラキラとした宝石をアロンダイトは覗き込むように見つめ、やわらかく微笑んだ。
ティターニアは唖然としたまま動くことが出来ずされるがままになっている。
ここにユージーンでもいれば、王女の顔にいきなり触れるなど言語道断だと怒られそうだが、あいにくとアロンダイトの行為を咎める人物は今この場にいない。

「…気味が悪くはないのですか…?」

まだアロンダイトに言われていることが信じられないティターニアは困惑の表情を浮かべている。

「俺は…美しいと思いますよ。王女殿下のその瞳も髪も。」

しっかりとティターニアの瞳を見つめたままアロンダイトは答えた。…「俺」を「私」と言い換えるのは諦めたようだ。
ティターニアは大きな瞳を更に見開いた後、泣きながら笑った。
そんなティターニアを綺麗だとアロンダイトは思ったのだった。
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