舞葬のアラン

浅瀬あずき

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第1章 剣闘大会編

13話

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ーーー


濃い青紫の空に橙色が馴染んでいた。通路に沿って石造の家々がずらっと並んでいる。窓辺には色とりどりの花や植物が飾られていた。人々はすれ違うたびに頭を下げるので、俺もしきりに頭を下げている。

「あ…それではみなさん、ここから酒場通りに入りますよ!旅人も多くて特に賑わってるんです。」
「わぁ…!」

エディスが振り返って手で道を指し示すと、リリアンが感嘆の声を上げた。指し示された方向を見ると、簡素な木製の看板が吊り下げられ、奥で松明の穏やかな灯が揺れている。俺たちは看板の下をくぐり抜けて進んだ。



ーーー


通りは夕陽と松明の灯りで照らされ、楽しげに談笑する人々が行き交う。酒場から笑い声や楽器の音色が漏れている。漂う料理の匂いは空腹を思い出させた。
 
「ねぇねぇ、みてみんな!この店パスタ大食いチャレンジやってるよ…!」

ふと、リリアンがとある店の看板まで駆け寄る。笑顔でくるっと振り向きこちらに話しかけた。

「十分で完食したら賞金一万ミラゴだって…!アラン、どうかな?いっぱい食べればまだ身長伸びるんじゃない?」
「なっ…やらないよ。あと地味に身長いじるのやめてくれ!」
「え~つれない。」

リリアンは口を尖らせた。俺は少し目を逸らし口籠もりながらも突っ込んだ。

「なんでルーカスには振らないんだよ…。」
「彼はこういうの苦手だから。」
「俺だって苦手だよ。」

ルーカスがポンと俺の肩を叩いた。その顔は無表情だ。

「そういや、お前手ぶらだし無銭だったよな。」
「くっ...痛いとこつかれた…。」

俺は顔を顰めると頭を抱えた。

そうだ、これから宿に行くのに俺は宿代を2人から借りるのか…?というか稼ぎ方なんてわからないし返せるかもわからないしそれなら挑戦するべきだろうかいやでも無理俺は大食いでもなんでもな…。

再びルーカスが再び肩を叩く。俺はビクッとして顔を上げた。

「…冗談だ。」
「えっ…いや、でも。」
「明日冒険者の依頼を手伝ってくれたらそれでチャラだ。」
「...でも。」
「俺が悪かった。」
「えっ!?」

リリアンが俺の背中を叩く。

「いいんだって!記憶喪失だし仕方ないでしょ?その代わり明日依頼手伝ってよね。」

俺はリリアンの顔を見つめた。

「…あ、ありがとう。」

軽く下を向き、服の裾を掴んだ。胸の奥からじわじわと温かくなっていく感じがした。

「ふふふ...皆さん仲がいいんですね。うちの宿は食事も出るので、そうして頂けると助かります。」
「あっ...ですよね!ごめんなさい、私ったら...。」
「いえ…できればの話ですから。」

リリアンは気まづそうに苦笑いした。エディスは眉を下げて微笑む。

「にしても、かなり活気がある…。昼頃見た市場の賑わいといい、この村はだいぶ豊かなんだな。」

ルーカスが辺りを見渡しながら少し歩く。エディスがルーカスの方を向き、少し目を伏せながら説明を始めた。

「そうですね。森の中とはいえ街道沿いの村ですし、旅人や商人もよく訪れますから。それに...。」

エディスは石畳を鳴らし前を歩く。

「…この街は最近になって特に潤い、他国との交流も一層盛んになりました。」

ルーカスの横を通り過ぎて立ち止まる。振り向いて真剣な表情でこちらを見た。

「その理由は…これからご案内する場所でご説明しましょう。」

彼女の翡翠の瞳が微かに揺れた。

なんだ、この張り詰めた感じ。何かあるのか...?

俺は身を引き締め、再び前を歩き出す彼女の後ろを歩く。夜の始まりを告げる空の下、酒場通りは陽気な笑い声と旋律で満ちていた。


ーーー•


アラン達の背中が酒場通りを進み小さくなっていく。その視界を埋めるように、白タイツが覗く革靴が石畳を鳴らし立ち止まった。

膝下丈のチュニックを腰のベルトで縛り、大きなリュックを背負っている。円形の帽子から黒目が覗く痩せ型の男だ。

「…話に聞いた通り、随分と活気がある村だな。」

辺りを見渡しながらぼそっと男は呟いた。

「…ははははは!」
「そうなんですよ、実は…。」
 
とある酒場から大きな笑い声が漏れる。男は眉を顰めるとゆっくり首を横に動かした。店の分厚いガラスからは灯りが控えめに滲んでいる。

「……。」

彼は目を細めてその酒場じっと眺めた。


ーーー


カラカラーン 

扉に取り付けられたベルが高く鳴った。男は酒場の中へと入る。石壁やテーブルの蝋燭が柔らかな光を放ち、グラスが擦れる音が人々の談笑する声と溶け合う。

入り口から見て左がカウンター席、右がテーブル席だ。カウンターの上部にはフックで吊り下げられたジョッキが列を作り、蝋燭の揺れる炎が金属に反射した。

男は一瞬見渡してから丸椅子を引き腰掛ける。リュックを足元に置き、奥から2番目のカウンター席に落ち着く。

「店主さん、ビール1つお願いします!」
「はーい、かしこまりました!」

店主が気さくに返事をした。男はため息をついて俯くと、肘をつき指を前で組んだ。

「……旅の人ですか?」

右隣に座る村人の女性が、微笑みながら男の顔を覗き込んだ。男は顔を上げ彼女を凝視する。茶と白が基調のワンピースを着た暗い長髪の女性だった。歳は二十代半ばくらいか。

男は口の端を形良くあげて頷き、視線を前へ戻す。

「…ええ、そうです。ケルティネ王国に向かってる途中なんですよ。」

カウンターに置かれたジョッキを引き寄せた。

「やっぱり…!旅の人は大体そう答えますよね。」
「そりゃあケルティネといえば大国ですから、向かう人も多いでしょう。」
「ふふ…それもそうですね。」

彼女はワイングラスを持ち上げ一口飲んだ。グラスを回し、ジョッキを見つめる男に話かける。

「…どうです、うちの村は。堅苦しいところもありますが過ごしやすいですか?」
「そうですね、田舎過ぎず過ごしやすいです。皆さん親切で良くしてくれるし…酒場通りの温かな雰囲気も素敵です。」

落ち着いたトーンで微笑みを浮かべた。彼女は嬉しそうに頬を緩ませる。

「それはよかった…!うちの村はルールを徹底してるから変な酔っぱらいもいないですしね。そうだ、もしよかったら…。」

彼女はワイングラスを静かに置き目を伏せる。

「あなたの話もっと聞いてみたいです。旅の理由とか…故郷の話とか…。」

男の口角がぴくりと引き攣るが、すぐに滑らかな笑顔に戻る。

「ふふ、話すほどのことなんてないですよ。」

男はビールを口に運び、喉を鳴らして飲む。ジョッキをコトンとカウンターに置いた。

「ただ…僕は熱心なエリシア正教徒でして…明日村の教会で祈りを捧げようかと…。」
「まぁ、それは素晴らしい…。きっと神はあなたをお導きになるでしょう。」

嬉しそうに身を乗り出す彼女に向き合い、男は形が良い作ったような笑みを浮かべた。

「僕もそう信じています。なので…この村や教会について、詳しく教えて頂けませんか。まずは教会の開放時間を知りたい。」
「…っ!」

女性の顔は花のように明るく色づき、嬉しそうに頷いた。

「もちろんです!教会は朝7時から夕方5時まで空いていますよ。」
「祈りに村独自の決まりは?」
「祈る前は礼拝堂に向かって深く頭を下げて、それから…。」

男は微笑んで話す彼女に相槌を打ちながら、時折虚空を見つめていた。

男の背後、少し遠くの窓ガラスは薄い青を滲ませている。その窓の向こう、賑やかな酒場通りの上で青が夕暮れを飲み込もうとしていた。
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