舞葬のアラン

浅瀬あずき

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第1章 剣闘大会編

8話

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ーーー

次の日の晴れた朝。東から日差しがまっすぐに差し込んでいる。
俺たちは出発前にテントを撤収したり荷物を片付けたりしていた。

「ふぁ~……。」

俺はテントを畳みながら手で口元を抑えてあくびをする。まだ覚醒しきらない頭で黙々と作業していた。

「あれ…すごく眠そうだね。大丈夫?」

リリアンは荷物を整理しながら俺に話しかけた。

「あぁ、ごめん。大丈夫…そのうち目が開くから。」
「そう…。もしかして、夜は昨日のことで悩んでた?」
「いや…!あの、なんか俺もっと強くなりたいって思ってさ!昨日みたいに危ない目に遭うことだってあるし…。」
「そっか…アランは十分強いと思うけどな…。」
「あはは…。」

正直誤魔化した。昨晩は色々考えすぎて寝付けなかったのだ。もう1つの人格についてとか、記憶喪失のこととか、これから先のこととか…。それは力が解決してくれることではないし、問題はそこじゃない。もちろん、昨日は2人に迷惑をかけたし強くなりたいのも本当だけどね。

俺は手元を見ながらテント本体をくるくると巻き始めた。

それで少し前から考えたけど…この危険な人格が制御できない限り、やっぱり俺は2人と一緒には…。

「あ、アラン…一回ちょっとこっち向いてみろよ。」
「えっ…?」

考え事をしていると唐突に近くまで来たルーカスに話しかけられた。俺は瞬きしながら彼の方を向く。

「やっぱり…。お前、今日前髪のここ触覚みたいに飛び出てるぞ。」

自分の前髪を指差しながら、無表情でルーカスが言った。

「あーそれ私も思ってた!今日アランの前髪可愛いな~って。」
「えっ……!?」

一気にさーッと青ざめていく感覚に襲われる。俺は恐る恐る自分の前髪に手を当てた。すると、確かに数束ぴょんと上に跳ねている部分があった。

「え、ええっ?!嘘だろ…絶対朝直したと思ったのに…!!」

俺は必死に前髪を手で癖をつけるように何度も引っ張っりはじめた。

「何慌ててんだ、よくある話だろ。ま、俺はそんなヘマしないけど。」
「うわぁあぁあぁあぁあっ!!」
「うおぉっ…びっくりした。」

俺は動揺しながら頭を抱えその場にうずくまった。

「もうダメだ、終わった!恥ずかしい…俺のイメージは台無しだ…変に目立たず卒なく誰にも迷惑かけず生きていきたかったのに...どうすれば防げた寝癖直しのやり方に問題がいや寝不足という状況が…。」
「いや重い重い考えすぎだって!」
「あ…そうだな、リリアン。こんなウジウジしてちゃダメだ、切り替えないと…!!」

頭から手を離し、ふらふらと歩き出す。

「あれ…テントの備品って確かこの辺に置いてた気が…。」
「さっき回収して本体と一緒に丸めてたじゃないっ!」
「はっ...そうか!テントを丸めてたんだよな...ははは。テントってなんでテントなんだろうな...面白いよな。」

引き攣った口の端を無理に上げた。リリアンはあちゃ~とでも言いたげな顔で苦笑する。

「面白いのは今のあなた!!も~ルーカス!!変に揶揄うからでしょ笑ってないで彼をフォローしてあげて!」
「くくくっ…あ、悪い悪い。おい、アラン。誰も寝癖にそこまで気にしないから落ち着けって!」
「あ、あぁ…そうだよな…自意識過剰だよな...なんで俺ってこうなんだろう...。」

再び頭を抱えて俯いた。

「だめだ、リリアン...こいつ筋金入りすぎる…!くくくっ!」
「ふっ…ふふふっ!アラン、こっちの世界に戻ってきて~!」
「うぅ……。」

リリアンが俺の肩をポンと叩く。俺は動揺を誤魔化すかのように次々と湧き出る思考の処理に手を焼いていた。
 


ーーー


俺達は街を目指して見渡しがいい森の中を歩いていた。淡い水色の空に雲が浮かび、緩やかな風が前から吹いた。

リリアンとルーカスが楽しそうに会話し、俺は少し後ろを歩いていた。リュックのストラップを強く握ると立ち止まる。

「あのさ…2人とも!俺、ついて行くのはここまでにするよ。」

会話をぴたりとやめ、リリアンとルーカスが振り向いた。

「え…今なんて…?どういうこと?」
「2人について行くのは、ここまでにするって言ったんだ。」
「えっ、えっ…なんで?ちょっとアラン、本気で言ってるの?!」

リリアンが眉を顰め俺に詰め寄る。俺はその勢いに少しのけ反り目を逸らした。

「あ、あぁ…。知っての通り、俺の中にはもう1つの人格があるから…。そいつが表に出てきたら周りに危害を加える可能性がある。だから俺は1人の方がいいんだ。」
「な、何言ってんの?今1人で行動したら野垂れ死んじゃうでしょ?!あなたには記憶もなければ荷物も食料も何もないんだし…。」
「そ、それはそうだけど。」

リリアンは暫くして目を見開き、ハッとした表情をした。

「あっ…。やっぱり、昨晩は悩んでたんじゃない!なんで話してくれなかったの?」
「それは…変に、周りを不安にさせたくなくて…自分の気持ちも整理がついてなかったし…。」
「…っ!そんな風に思ってたんだ…。私たちは、まだあなたにとって信頼に値しなかったのかな…。」

リリアンは俯き声を震わせた。

「違う...そうじゃない...。」
「じゃあ、なんでそんな風に思うの...?私たちはただ、あの時助けてくれたあなたを支えたかっただけなのに...。」
「......っ!」

言葉を紡ごうと息を吸い込むが、すぐに息を飲み込み目を伏せた。

…リリアンの言うことは最もだ。2人を傷つけているのもわかる。けど、俺にはこうするしか思い浮かばなかった...。それにもし俺が2人に危害を加えたらと思うと、やっぱり一緒にはいられない。

俺は唇をかめしめた。

「俺もリリアンと同じ意見だ。」
「ルーカス...!」
「それに、もう1人のお前は本当に悪いやつなのか?そいつは盗賊と戦おうとしただけだろ。」
「でも…あいつは殺しに躊躇いがなくて…!」
「あの状況では正当防衛だ。」
「……。」

俺が口籠もるとルーカスは大きなため息をついた。

「煮え切らないのか…なら仕方ない。」

彼は後ろに下がり、凛とした手つきで腰から剣を抜く。

「ちょ、ルーカス!!どういうつもりっ?!流石にやりすぎじゃ…!!」
「止めるな、リリアン。俺たちの考えをわからせるだけだ。」

ルーカスはリリアンを手で静止し、そのまま剣を俺に向かって構える。迷いがない真剣な眼差しだった。

「アラン、手合わせをしよう。もう1人のお前とやらを引き摺り出してやる。」
「いやだ、なんで…っ!!どう言うつもりだよ…!!」

俺は後ろにジリジリと下がり、顔を横に振る。
あまりにも彼の行動が唐突すぎて…理解が追いつかない…!!

「そうか…じゃあ俺はいくぞ。」

ルーカスが踏み込み、横払いを繰り出そうとした。
咄嗟に剣を抜いて受け止める。胸の高鳴りと同時に一気に汗が吹き出した。

「…やっぱり、お前は強いな。」
「なっ……!」

ルーカスは流れる動きで斬撃を繰り出していく。俺はその斬撃をなんとか捌くが、ジリジリと後退していた。彼の剣が迫るたびに視界が揺れる。

「…なんでそんなに強いのに、怯えてるんだ?」
「やめろよもうっ!!やだよ…っ!!」
「そうか…。じゃあ、終わらせよう。」
「…っ!!」

ルーカスが剣を下から振り上げ、俺の剣が上に弾かれる。ルーカスは開いた胴に足蹴りを繰り出した。

「ぐぁっ……!!」

俺は後方に吹っ飛び、背中から倒れる。
ルーカスは倒れた俺に追い打ちをかけるように踏み込む。

まずい...間に合わな......!!

「ルーカスッ!!!!」

リリアンが鋭く叫ぶ。ルーカスが振り上げる剣が迫る。その時、頭の中に盗賊が俺の腕を貫いた時のイメージがフラッシュバックした。傷の痛みまで鮮明に思い出し、息が詰まり身体が固まる。

...が、剣先が振り下ろされることはなく、柄の先が目先でピタッと止まる。

「....俺の勝ちだな。...どうやら、もう1人のお前はそう簡単に出てこなそうだぞ。」

そう言ってルーカスは俺の上から退くと、剣を鞘に納めた。

「......あっ...!?」

俺は驚きと恐怖で声がうまく出せなかった。立ち上がろうにも腰が抜けて力が入らず滑って転ぶ。

「...っ!!やりすぎたか、悪い!!アラン!」

ルーカスはそんな俺の様子を見ると、はっとしてかけ寄り俺の上身体を起こした。リリアンも俺の元に慌てて駆け寄る。

「大丈夫かっ!?」
「大丈夫??」
「....あ、あぁ......?ルーカス…な、何だったんだ...今のは...?」

俺は動転して虚空を見つめていた。

「…もう1人の人格が現れたら、そいつと話して真意を確かめようと思った。それに現れなくても、俺たちがそいつに安安とやられるほど弱くないって事をお前に証明したかった。」
「…なん、で。そこまで、して…?」
「だって、こうでもしなきゃお前は納得しないだろ?全部1人で抱え込んで、1人で何とかしようとして…。俺たちはお前にあの日、死にかけたところを助けられたんだ!だから…。」

彼の抑えた口調が次第に熱くなっていく。言いかけて逸れた顔は辛そうに眉が寄った。

「お前と真剣に向き合いたかった!…この先はいくらお前が強くたって1人じゃ危険だ…ましてや、記憶喪失なんだから…。」

彼は俺の襟を掴み、顔を引き寄せた。

「いい加減お前も俺たちと向き合えよっ!!…もっと頼ってくれたって…いいだろ…!」

ルーカスは歪んだ顔を隠すように俯き、俺の襟から静かに手を離す。  

「…っ!」

目頭が熱くなり視界がぼやけた。

確かに俺…全部1人で何とかしようとして…。こんな状態で、出来るわけなんてないのに...。
2人は俺のこと心配して、真剣に向き合おうとしてくれた…けど俺は、彼らを突き放そうとしてしまった...!

「...ルーカス、リリアン…ごめん。」

声の震えを抑え、俯いて目元を拭った。

ルーカスはくるっと後ろを向いて背中を見せ、胡座をかいた。それを見てリリアンは困ったように微笑み俺の顔を覗く。

「…こっちこそごめんね…。ルーカスは不器用だけど、ああ見えて優しいところもあるんだよ。」
「…うん。」

少しリリアンの方を見て頷いた。

「俺、2人についていって良いのかな…。」
「何言ってんの、当たり前でしょ?」
「心配しすぎな。」
「そっか…ありがとう。」

剣を納めて立ち上がると前を歩き、2人の方を振り向いた。

「…それじゃ、そろそろ行こっか。」

俺は自分の不甲斐なさや弱さを感じると同時に、胸の中は2人への感謝で溢れ温かくなっていた。



ーーー


時は正午。真上に登った太陽が燦々と輝き、鮮やかに色づく緑草は風に撫でられる。緩やかな起伏が続く道は幅が広く、その傍らに点々として木々が生えている。 

俺とルーカスはリュックを背負っていて、リリアンは身軽だ。

「…だいぶ見渡しが良くなってきたね…あ!みてみて2人とも!」

リリアンが前方を指差し、俺とルーカスはその方向に目を凝らす。遠目に見える密集した石造りの屋根が自然の中に溶け込んでいる。

「建物が見える...。」
「街道沿いの村っぽいな。」
「でしょでしょっ!?今日は野宿しなくて済みそうだね!!」

リリアンは弾むような足取りで楽しそうに笑った。
俺とルーカスもつられて微笑む。

「…地図によるとコルグ村ってとこだな。この村はどこの国にも属さないようだが、街道沿いにあるから交易の拠点として栄えてそうだ。」
「ってことはど田舎じゃないのか。」
「...お前言い方悪いな。」

地図を広げながらルーカスは驚いて俺の顔を見た。俺はチラッと彼を見るとリュックを背負い直し前を向く。

いや、特に深い意味はなくて。一見辺境にポツンとある村って社会から断絶されてるようなイメージだったっていう…それだけだ。

「それなら色んなお店見て回るのも楽しそうだね!!よーし、先を急ご!!」

リリアンが前を走り出す。

「あ、おい待てよ!俺たち荷物持ってんだぞ!」
「何言ってんのー?!君達はそんなに貧弱なのかなー??」
「はぁ~ったく…。仕方ない、少し急ぐぞアラン。」
「あ、あぁ…!」

俺とルーカスはリュックを背負いながら小走りする。

「ふふふ!そうそう、その意気~!!」

リリアンは俺たちの方を見て嬉しそうにまた前を走り出した。

静かな森を照らす陽光は、雲一つない澄んだ青空から真っ直ぐに伸びていた。
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