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いとこな4
しおりを挟む「さっちゃんてば、ハジメテは男がいいのとか、怖いとか言って泣き出すしっ! 泣くしっ!」
「あぁ、今度は泣いたんだね。また保健室?」
琴美に抱きしめられ、背骨が折れそうなのを我慢しながら僕が尋ねると、彼女はその両手をぱっと離し、今度は胸倉を掴んでくる。息苦しい。
冷や汗を押し殺す僕を見つめる琴美の目が、めらめらに怒っている。
「それなのよっ! 人の居ない所なら、その、してもいいって言うから、一度くらいならって言うから、無理してラブホまで行ったのよ! なのにぃっ」
「はいはい、入ったはいいけど何も出来ずに出てきたわけね」
「期待させないでよ!」
琴美は家の事情でバイトはしていない。なので金銭状況は結構厳しい。とはいえ僕から借金しているわけでもなく、お年玉を切り崩しているのは知っている。
実は女や男から貢がせているという説もあるけれど、それは嘘だろう。
僕はとりあえず、わんわんと泣くその琴美を手では引き離せないと結論付けて、今度は足を使って強引に引き剥がす。
そろそろうっとおしいわけで。
「い、痛いよ? 清ちゃん、マジで痛い」
「金欠は分かったから少し離れて。苦しい」
てぃ、と小さく声を吐き、未だしがみ付いている琴美を後方のベッドへと蹴り飛ばす。
胸元を蹴られた琴美は特に痛がる様子もなく、しかしおよよと時代劇風にベッドへ崩れ落ちた。それはもう、悲しんでいるというより遊んでいる風にしか見えなくて。
ほんとに真剣なんだろうかと疑問に思ってしまう。たぶんさっき泣いて、気持ちが落ち浮いたのだろう。
「琴美ちゃんはもうダメ。生きていけない」
「大変だねぇ、レズも」
「レズ言わないッ! 同性愛好者!」
「うごがっ」
苦し紛れの罵声とぺんぎん人形が、ほぼ同時に僕の顔面にクリーンヒットした。
まったくもって不毛過ぎる。そう思いながら、僕は後方へと倒れ伏した。
〇〇〇
僕の知る限り、いとこの琴美は波乱万丈な人生を歩んでいる。
琴美は小学三年の頃までは僕の家の近くに住んでいた。けれど琴美が幼稚園の頃にお父さんが病気で他界して、お母さんの実家へ引っ越す事になった。
その頃の事はあまり覚えていない。
ただ琴美が居なくなって、寂しかったのは覚えている。
その後、琴美のお母さんは主婦から一転して実家の居酒屋を手伝うようになって、その影響かどうかは知らないけれど、琴美も小さい頃からお店の手伝いをして、いろんなおじさんやおばさんと話し、笑い合っていた。
そのせいか、琴美は同年代の子供よりも大人びていた。
そんな琴美は、中学生になると高校生の男子と付き合っていたらしくて、僕が聞いた話では結局最後までは行かなかったらしい。
しかもその人とのいろいろがトラウマになり、男嫌いになったとか。
そんな彼女のトラウマまでは、僕はよく知らない。ただ彼氏と別れた日、彼女は僕の部屋で半日近く泣きじゃくっていて、僕は何も出来ず、ただ傍に居る事しかできなかった。
そして琴美は男嫌いになり、女の子が好きになった。
気が付くと琴美はひたすらに女同士の恋愛に走り、僕が入学式で見た彼女の隣には、可愛い女の子が居て、二人は手を繋いでいて、ほわほわしていた。学校でいちゃいちゃするなとか思ったのは記憶に新しい。
とにかく琴美が高校生になって、更にその一年後、僕が入学した時にはすでに、多くの女学生が琴美の毒牙にかかっていたとか。何でも長続きしないらしい。とはいえ別れたとしても決別と言う感じではないらしくて、中には琴美の事をお姉さまと呼ぶ人までいたくらいで、何と言うか、本当にそう呼ぶんだなーと関心してしまったくらいだ。
そんな僕のいとこな琴美は、美人な風体と強気な性格が合わさって、もう怖い物無しだと思っていた。
しかして現実は、そう甘くはないらしい。彼女の経験する恋愛全てが、うまくいくわけじゃないらしい。
……まあ。
そりゃあね。
レズだしさ。
「女の子が好きな女の子っていうのも大変だねえ」
「何よ、他人事みたいに」
僕の呟きに琴美が唇を突き出して不満を言う。はい、他人事ですから。
「男はいいわよね。かわいい女の子を簡単に抱けるんだからっ。あぁ、エッチしたい」
ちょっと気の毒に思おうとしていた矢先にそう語られて、僕は「ああ、そう」なんて返答を返した。率直過ぎて辛い。
何だか同情しなくて良い人に同情している気がする。少しでも可哀想と思った自分が悲しくなってくる。とりあえず最後の台詞は頭の中から消して、溜息と共に雑誌をぺらりとめくり始める。
琴美の場合、男勝りが手伝ってか主観が微妙に男に似ていると思う。
というか、彼女の言動行動台詞すべてが男のそれのような気がしてならない。それでも性同一障害ではない証拠に、彼女は自分が女だという事を嫌と言う程認識しているし、男になりたいと思っているわけでもないらしい。
自分が女である事を嫌だとは思ってないし、誇ってすらいる。だからこそ、僕を抱擁してくるときも胸を押し付けてくるし、僕がそうやって狼狽えるのを見て楽しんでいる節があるので、確信犯なのだ。
僕が襲ったらどうするんだ。そう思いながら、そんな事を聞く程野暮ではないし、聞いちゃいけない何かがあるので聞く気はない。
言ったら、触れたら……琴美は。
「そんなにしたいなら家に帰って一人でしたら?」
「ちょっと清ちゃん、そんな乙女に破廉恥な事を言っちゃやぁよ」
僕の真剣な忠告を、なぜか赤面して顔を背けるいとこを見ながら、さっそく言葉を間違えたらしい僕は顔を背ける。恥ずかしい、のを誤魔化して雑誌に手を伸ばす。
琴美はそう、変だけれど普通に女の子なのだった。
何より彼女の私服は可愛い系が多い。部屋も可愛い感じだし、人形が好きだし、プリンやババロアなんて大好きだ。あ、それは関係ないか。
ただ琴美は、男に興味が無くなっただけだ。
僕はぺらぺらと、特に読んでいないページを捲り続ける。床に胡坐をかいて座り込みながら、僕はその視線をそっと持ち上げた。実は僕が今居る位置は、琴美のスカートの中身が全開で見えていたりする。覗かずとも見えるその光景は、彼女の性格のせいで今ひとつ魅力に欠ける、と思いながらも、僕の視線はそこを向いているわけで。
「なに、清ちゃんあたしのパンツ見たいの?」
溜息と共に雑誌に興味を戻す。
口元を緩ませてにやにやと笑う琴美が、見せびらかすようにスカートをぱさぱさと開いてくる。一度見ているショーツは、大人びていて色っぽい。スカートの中の太ももが柔らかかったことを、今更ながらに思い出す。
「は? 汚いもの見せないで」
「汚いって言わないっ!」
それでも見事な精神力でもって、一向に興味がなさそうなフリをする僕は、気にせず雑誌に目を落として歯を食いしばる。
からかおうとしてくる琴美に、無視し続ける僕の瞳は狼狽える。下半身、全力で死ね。僕のあれよ、沈まれ眠れ。
「清ちゃん、あたしのパンツ見ようよ!」
「煩いなぁ、見たくないし」
そんな僕の態度に、いとこな琴美はぷくぅと頬を膨らませた。
《続く》
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