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いとこな1
しおりを挟む初めに僕は言っておきたい。
世界には、いろんな愛、いろんな気持ちがあると思う。
僕には解らないような、いろんな恋がたくさんあると思う。
それこそ嘘みたいな出会いとか、当たり前みたいな幸せがあると思う。でもその逆に、不幸が寄りかかってくる事も、悲しいかなあるとは思うんだ。
「ああ、もうっ! 畜生めっ!」
部屋にドスの利いた怒号が響いて、僕の平穏が乱される。たぶん僕は今、露骨に嫌な顔をした。
「滅べばいいのに! 男子はみんなっ、滅べっ! ね?」
聞くだけで不安になるような、喜怒哀楽の怒が増し増しの叫び声に、思わず溜息を零してしまう。乙女はいつも全力で、恋をすれば不満の一つや二つもあると思う。嬉しくない事もあるだろうし、どうにも出来ない事だってあるよ。
でもその不満を、いとこの部屋で、いとこに向かって発散するのは止めて欲しい。
「ねぇっ! 聞いてる?」
「聞いてるよー。滅ぶといいねぇ」
僕はいとこの文句を肯定して、顎を小さく揺らして頷いた。でもなあ。
一応は男の僕が、もし女の子として生まれてきたとしても。
「男なんてだいっ嫌い!」
「……そうだねえ」
全人類の半分に喧嘩を売るような言葉は、たぶん言わないんじゃないのかな。
○○○
「男なんて居なくなればいいのにさ!」
シングルベッドの上で胡坐を掻いて居座っていた琴美が、全人類の半分に対する侮蔑の言葉を吐き捨てる。酷く身勝手だけれど、ほぼ独り言なので止めたりはしない。
でもニューハーフさんを含めたら半分よりは下かもしれない。世界の男女比率ってどうなっているんだろう。まあどうでもいいか。
「うん、そうだね」
でもとりあえず肯定の返事はしておく。
「だよね? そうだよね!」
僕が見せた肯定の反応に、琴美は手のひらを胸前に合わせて嬉しがる。そして男の中に僕が含まれているので、つまり僕に消えろって言ってるの? とか思いながら、そんな男子な僕は、いつものように雑誌を読んでいた。
教訓。とりあえず、いとこ様の言う不満は否定せず全て頷いておく。不条理でも不都合でも最低でも納得できなくても、何でも否定はしないでおく。
それが僕に出来る最善の手だ。
「男子なんてエッチのことしか考えてないし、そもそも汚いし、むさ苦しいしさ!」
「そうだね。うっとおしいよね」
「そう、居なくていいよ!」
「そうだねー」
でもやっぱり、首を捻りたくなる時もある。そりゃ、僕だって男で子供である。そうかなぁと思うくらいはしてもいいだろう。決して口には出さないので許して欲しい。
「臭いし!」
「……」
言われた僕は制服の襟を持ち上げてくんくんと自らの体臭を嗅ぎながら、別に誰もがそうだとは限らないと思うけれどツッコミはしない。そもそも最近は、男の子でも香水とかつけてたりする人も多いしね。僕は子供だから付けてないけれど、とも言わないで思う。
「清ちゃんもそう思うよね! ねっ?」
「そうだねぇ。臭いよねえ」
琴美はペンギンのぬいぐるみを引き千切らんばかりに抱きしめて、怒りのままに言ってくる。ペンギンのペン太が苦し気に顔を歪ませる。彼女の憤りは留まることを知らないらしく、ペン太への攻撃が止まらない。僕は雑誌の頁を捲る。
「さっすが清ちゃん! 男はみんな臭いよね!」
「うんうん。臭い臭い」
もちろん被害が拡大しないように頷いてはおく。認めたくはないけれど、本当にそんな事ないと思いながら肯定の声を返す。だから僕も男だってば。
憤慨する琴美をチラ見しながら、だったらこの部屋に来るなと言いたかった。それが顔に出たんだろうか。琴美の声が急に止んだ。怒らせたかもしれないなあ。
まあいいやと、僕は雑誌の頁を捲った。凝視して目視して、吹き出しの文字を読んで、コマを追う。
「ねぇ、清ちゃん。あたしの話、ちゃんと聞いてる?」
「うん、そうだね」
わー、今回の話。すごくつまらない。
「うっがーー!」
琴美の言動と理性が、僕の視界の端でぷつんと壊れた。
いつもと変わらない僕の適当な肯定返事がお気に召さなかったのか、怒り狂った駄々っ子お姫様、もとい琴美が暴れ出す。両手で頭を挟みぶんぶんと首を振ったかと思うと、彼女は顎を下げ姿勢を低くして、ベッドへ沈み込んだ。ぼん。次の瞬間、ベッドのスプリングを使って一気にジャンプした。
「っとうっ!」
それって何気に難しいとか、襲来されながら思った。
びよよん。自分の座高ほどの跳躍をしてみせた琴美が、ソファーの上で雑誌を読んでいた僕に奇襲を仕掛けてくる。かなり危ない。空中ジャンプする姿は洗練されていて、正座姿勢。
時間が緩慢に動く、ような錯覚。
それを予想していた僕は、慌てずソファーの上にあった尻を前方に滑らして床に落ちる。床の上にはこんな時のために座布団があり、ジャンプと退避行動ほぼ同時。
僕が座布団に退避して着地、一秒後秒に襲来した琴美が、ソファーに着地してバウンドした。
ぼふんと、ベッドから飛んできた琴美のヒップアタックを、僕が難なく回避する事が出来たのは奇跡でも超反射神経ゆえでもなく、ただの経験と慣れだ。あとは僕らの微かな血の繋がりからの意思疎通、だろうか。
「む、う」
後方に正座姿勢の琴美、僕はソファーの下で本を読む。あのまま居たら、僕の太もも、しいては股間あたりがは骨折したんじゃないだろうかと他人事のように思う。
「っだー! 避けるな! 必殺っ、琴美式天誅!」
「はいはい」
更に僕の脳天への石頭な頭突きが来るのを予想して、目標であろう僕の後頭部を退避させるべく、ソファーに押し付けて逃げずに立ち向かう。頭突きは見事に空振りをする、と思っていたら、頭の変わりに琴美の胸が、僕の顔面を直撃した。
「うわぷ」
「捕まえたっ!」
琴美の膝が開いていて、僕の頭を挟み込まれたと思った時には遅かった。そして視界が暗くなり、胸で捕縛されたと気付く。そしてふよん、となるかなと思ったのに、押し付けられたその胸は少し硬かった。
僕の頭が、琴美の太ももと胸で覆われている。何だこれ。そう思いながら、鼻に当たる育ちが心もとない胸が、いつもと違って硬い事に違和感を覚える。
たぶんブラのせいかなとか想像する。いつもはスポブラだもんな。今日は違うんだなぁ、なんて思ったりする。
僕らはその程度には仲が良い、いとこ同士の男子と女子。
《続く》
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