死に際を共に行く

古葉レイ

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死に際を共に行く6

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「いつ、彼女に接触した」
「なに怖い顔してんの?」

 清十郎の顔がリリィの眼前にある。リリィは高鳴る胸を宥めながら、唇の端を持ち上げる。乙女の瞳を、冷ややかな瞳が見下している。

「大丈夫だよ。この前ほら、握手した時の分だから。もう成れないからさ」

 リリィの胸倉を清十郎の手が掴み上げている。彼の乱暴な扱いをリリィは受け入れ、成すがままに持ち上げられる。体格差で簡単に持ち上がり、そのままキスできる程に顔が近寄った。

「彼女に触れるな。化けるな。この女狐め」
「うふふ。やっぱりセックスくらいはしないと記憶までは写せないしねぇ」
「斬るぞ」
「顔が本気に見えるよ。あはは、笑える。斬ってよ」

 清十郎は明らかに怒っていた。あまりに怒っていたせいで顔が歪んでいる。今にも泣きそうなこの男の、本当の笑顔が見たい。
 いつか見れたらいいなとリリィは思う。とりあえず、喜怒哀楽の怒は自分のものだ。

「キスでも『成り代わり』出来ると言ってなかったか?」
「唾液交換すればね? 握手よりは長持ちするけれど、中身までは無理かな」

 リリィは解放され、足が床に下ろされる。清十郎が呆れた吐息を零した。部屋には二人きりで、そこにはもう、萌香の姿はない。そもそもこの部屋には二人しか居ない。
 清十郎は既に心を落ち着かせる。リリィは笑いながら、心はどこか刺々しい。清十郎が気を刀に集めて霊を斬れるように、リリィもまた不思議な力を持って居る。

 それは成り代わりという、少し異質な能力だ。
 誰かに成れるという不可解な力は、清十郎同様に、組織の駒として活用されている。今のところ、使い潰すには惜しい存在として扱われている。

「その人の癖、言動、考えをコピーするには相当の時間を接しないと無理だよ。記憶に至るまでをコピーするには、セックスくらいしないと無理だしね」
「女同士で出来るものか」
「あらん。知らないの? 出来るんだなぁ、これが」

 リリィが笑い、清十郎が複雑そうな顔をする。乙女同志のセックスを想像しようとしている彼が可笑しくて、リリィは笑った。それから彼の肩を叩く。彼はやはり想像できないようで、首を捻っては「どうやるのだ?」と言っている。

 馬鹿だ。こいつ、究極に馬鹿だ。

「まあでも嫌なのは嫌いな男と寝る事だね。この前なんて大城工業の会長の記憶をコピーする為に売り女演じたんだよ。気持ち悪いったらなかったよ」
「入れるものがないはずだが……」

 彼はまだ悩んでいる。この馬鹿は一つの事を気にし出すと他が入らない。例えば記憶をコピーし終えられた本人がどうなったか、なんて興味すらなく、そんな相手をしたリリィ自身を気遣うなんてこともない。
 そんな馬鹿な男を眺めながら、リリィは静かに首を振った。

 そんな男に、惚れた自分が悪いのだと。
 とはいえ不満は隠せない。リリィは目の前の朴念仁を睨みつける。

「聞いてる?」
「ああ、それは大変だったな」

 明らかにどうでもよさそうな彼を見ていると、もの凄く憎い。正直殺したい。自分を愛さない男なんて死ね。そう思う自分がここに居る。

 そんなリリィがしかし、殺せない相手に出会った。この怒りこそが自分であると認識できる証である。阿部清十郎は、リリィにとっての拠り所。

 そんな男に惚れる女なんて、馬鹿女である。
 今にも気落ちしそうな自らの思考を放り投げて、リリィは小さく息を吐く。今日はここまで、そろそろ時間だと自らを戒める。目の前に居るのは、組織の刀。
 故に、刀は研がねば鈍らになる。

「さて、それじゃしましょうか」
「業務的だな」

 清十郎が呟くのを待たずして、リリィは制服のボタンに手を掛け、一枚一枚を剥ぎ取るように脱ぎ捨てる。ちなみに彼が制服を着ているが、今日は休日であり学校はない。私服がないのだと笑う彼に合わせて、リリィも制服を着ていると、彼は気づいていない。

「愛のないセックスはただの行為だよね? 任務上、君に拒否権はない。僕が君を、コピーするための手段だから。違う?」
「それは……そうだが」

 リリィの成り代わりには制約がある。
 それは相手と体液を混じり合わせる必要があった。唾液、小水、精液、汗。お互いの遺伝子が刻まれた体液を混ぜ合わせ一つにすることで、リリィは相手の人物と同じ遺伝子、見た目と記憶までを再現することが出来る。

 体液は相手から溢れ出た瞬間が最も濃度が高く、つまりセックスこそが成り代わりの最も条件を満たす行為となる。
 リリィは細かな事はどうでもいいと考えている。ただ相手とセックスをすると、その時間、相手を知る事が出来る。そして成り代わる事が出来るようになる。行為の最中も、相手の身体から伝わる快楽という感情がリリィの体内に蓄積されていき、リリィは二人分の快楽を味わえる。能力を知る前も、知ってからも、彼女は多くの行為を味わってきた。

 能力に目覚めた後、彼女は組織に拉致され、一員とされた。

 望む、望まないにかかわらず、リリィは多くの体液を味わってきた。リリィの特殊能力はそれほどに素晴らしいものだった。
 彼女の心を無視すれば、万能で素晴らしい能力である。

 その代償を知る者は、リリィのみである。

「俺に愛はない」
「だから僕が愛してあげる。君がないならせめて僕くらいは愛情注がないとね」

 リリィが組織の命令で抱いた、抱かれた男は数知れない。気乗りしていない清十郎の唇を奪いながら、慣れた仕草で舌を絡める。清十郎はあまり動かない。彼は常に萌香を愛している。萌香は清十郎の記憶をなくしているのに、それでも、彼は彼女を愛している。

 それをリリィが奪う。リリィの唇が彼の肌を浅く噛む。清十郎は刀を鞘ごと抜き、床に置いた。清十郎の命の次に大切な『十字瑕』が、今だけは外される。

 それだけが唯一、リリィの救いだった。リリィを想うがゆえに、彼がその刀を下す事が、彼女に施される優しさだった。

 それが、彼の見せる精一杯の気遣いと心。

「んぁ、あぁう」

 リリィは上半身を曝け出し、清十郎の服を脱がせに掛かる。男を壁際に追いやり、薄桃色の乳首に舌を這わせる。汗を舐め取り、体液を味わう。お互いの肌を重ね合わせ、肌をすり這わせて全身で味わう。清十郎のズボンをリリィの指先がおろし、自身の股に指を這わす。前儀はあまり長くはない。清十郎とすべきは繋がりの部分で、それ以前の愛撫はあまり意味がない。
 正確には、リリィ側にあるのだけれど、今はただ繋がりたかった。独り占めしたかった。愛したかった。リリィのこれは、我儘だった。

 数日前に成した行為が頭をよぎる。気持ち悪かった。最低だった。汚かった。だから清めて欲しかった。抱いて欲しかった。
 早く清十郎ので、上書きしたかった。

 時間は限られている。作戦までの時間、移動時間を逆算すれば二時間程しかないのだ。次の作戦がいつかるかも分からない。次があるかもわからない。

 幾度しても決して広がらない陰部に、猛る一物が触れる。濡れてもいない先端に、乙女の園の潤った穴が覆い隠す。自分の体躯を写し続け、自分自身の怪我、汚い部分を何度も何度も上書きし写し続けているリリィの体躯は、いつまで経っても初心である。

 今の自分は本物だろうか。
 すべてが虚実ではないと、言えないリリィが雄の一物を、処女の如き硬さで受け止める。

「っぁあああ、あああっ」

 わからない。知らないからこそ、とリリィは乙女の腰を深々と沈める。好きな女が居る、この馬鹿男の陰茎を、自身の身体で包み込んだ。

《続く》
 
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