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恋とレシーブと1
しおりを挟むぴぃぃいぃぃい。
甲高い笛音が鳴り響く。第二コートの歓声が僅かに止んだ。
張り詰めた空気。手に汗が浮き、胃を緊張が鷲掴む。乾いた喉が鳴る。レシーブ陣が腰を落とのと、空気が動くのはほぼ同時。
ひゅん。上空へボールが投擲、シューズが床を踏みしめる。キュッ。跳躍。飛翔と共に腕が弧を描く。豪。強烈に放たれた直径20㎝の球体が、風を唸らせてネット上を通過。放物線というには直線的な襲撃に、村上さんの二の腕が滑り込み、球が軌道を変えた。
歓声。
「くっ」
コンマ数秒の遅れ、球が後方へ飛ぶ。村上さんは横転。誰も居ないコートに落ちる間際で三井さんが滑り込みボールに触れた。けれど勢いを殺せない球は、ただ後ろへと流れてコートに落ちた。
『うぉおおおお!』
大歓声。
遅れて拍手喝采が響く。相手側の応援団の歓声が周囲を埋める。コートに球が弾む光景が、私の胸中を締め付ける。
穿たれたジャンプサーブは強烈で、私だったら腕が捥げる。
「っくっそっ」
「うだあぁぁしゃぁああああ!」
「ナイッッサァアァァ!」
相手チームの雄叫びを前に、『彼』の代わりに入った村上さんが、顔を苦しげに歪ませていた。拾いきれなかった三井さんが頬を両手で叩き、気合を入れる。
「ドンマイっ! 切り替えていくぞっ!」
「次だ次っ!」
「今度こそ取る!」
「切るぞッ! 村上っ、落ち着け!」
みんなが声を上げて励まし合っている。雰囲気は悪くない。けれど相手チームの勢いは止まらない。それが歯痒く落ち着かない。
青西メンバーには活気も覇気もある。チーム全体の声も出ているし、試合経験の浅い村上さんを気遣う雰囲気もちゃんとある。リベロの三井さんが村上さん側に位置を寄せている。けれど周囲の顔には余裕がない。
時間は一秒、一分と過ぎていく。次の笛は、無慈悲にもコートに響き渡る。
正直、彼の居ないコートは限界だった。
豪。
続くジャンプサーブの一撃を、三井さんが移動、体の中心で受けて上空へと返した。歓声。セッターの沢田さんがトス、駆け寄り跳躍した横山さんのスパイクが相手コートに向かい、けれど相手のリベロに拾われて上がる。攻撃からの守り。みんなの顔に緊張感が走る。前衛が飛び後衛が受ける。ブロック二枚、相手のスパイクが村上さんを攻める。ぎりぎりのレシーブで返球した球がネットを超え、相手が跳躍して速攻で穿つ。強烈な二度目のスパイクが、無慈悲に放たれた球体となり、三井さんの腕に弾かれて床を打った。
たんたんと、軽い音を立ててボールが転げ落ちる。歓声。
「だあぁっ、ちくしょうっ」
「ブロックよく見て飛べ!」
「悪い! 次こそ取る!」
「あぁもう焦るなお前らっ!」
落ち着きのない雰囲気がコートにあった。賑やかではあった。ゆっくりと、けれど確実に険悪なムードになっていくのがわかる。
負けそうな雰囲気だ。押し切られそうな展開だ。
すでに一セット取られているからすでに劣勢だった。コートの横に居る先生の声も、みんなには聞こえてないのか反応が薄い。笑顔がない。みんながちらちらと、バレーコートの入り口を見ては前へと視線を戻しているのが伺えた。
みんな、気持ちは同じなのだろうか。
「はやくっ、しないとっ、負けちゃうよっ」
二階の観客席で、私は手すりを握りしながら弱音を零す。床に突きそうな膝を必死に堪えている。コートの入り口の扉を見ても、彼はまだ来ない。
「胃が痛い、よぉ」
唇を噛み締めて痛みから耐える。早く、早くっ。気持ちだけが急いて仕方がない。
彼からは、怪我は大したことないと連絡が来ている。彼が心配だった。でもこのまま試合が終わる方が嫌だった。彼の気持ちを考えただけで泣きたくなる。ずっと練習してきたのだ。こんな終わり方、させたくない。
だから信じるから、だから、早く戻ってきて!
彼の背中を想像する。彼の、コートに立つ姿を想像する。彼が居なくなって何分経っただろうか。もう限界だった。
もう青野西高等学校のメンバーも、私も限界だった。
彼は強いスパイクが打てるわけでもない。サーブも普通だと言う。決して高く飛べるわけでもないし、俊敏に動けるわけでもない。
県の中でも特質するところがない、ただの一般プレイヤーという立ち位置の奴だと本人は言う。けれどチームのメンバーはみんな言う。
ムードメーカー。
あるいは、背骨。
土台。
この青西バレー部には、彼が絶対に必要なのだ。
〇〇〇
「部活中に、邪魔してごめんね」
それは遠くない、今より少し過去の話。
真夏の炎天下、巻き起こる夏風に、木々がざわざわと揺れていた。
「いいけど、どうした?」
「葉山君が……好き」
彼女の言葉は不意打ちだった。おかげで俺の中の、気持ちの準備のようなものは全く出来ていなかった。ジジジと、油蝉が夏らしく喚き散らしていた。
口を開いて言葉を吐こうとして、何も言えない自分の言語能力に反吐が出る。カンカン照りの陽射しが、俺と彼女の顎下に汗を垂れさせる。
彼女の頬から垂れる汗はきらきらと輝いていて、若干伏せた面持ちは心細さを思わせる。けれど弱々しいとは言い難い行動力は尊敬に値するし、汗で張り付いたブラウスと、その下に見える下着の卑猥さは、男子高校生には目の毒レベル。
俺は視線を空に持ち上げて、次の言葉を待つしかやることがない。
ぶ厚い入道雲と、木陰の下で、男子と女子が織りなす青春の一場面は、部活一筋の俺にはハードルが高い。正直無理だ。
実際のところ、気持ちが現実に追いつかない。
好きでありがとう。それで終わるんだろうか。
今日はテレビでも猛暑と言っていた。今日が不快指数80%以上という噂は本当かもしれない。
クラスメイトである安藤あさみの体当たりの告白は突然で、見るからに精一杯で、まぎれもなく一生懸命だった。目元を手の甲で何度も拭いながら、気が付くと泣き始めていた彼女が、子供のようにひっくと肩を震わせていた。
女の子の告白は、卑怯な程に健気で可愛いと思った自分が居た。
「いきなり、ごめんね」
「あやまらなくていいよ。確かに唐突っていうか、部活中っていうか、ランニング中だったから驚いただけで」
「っ、本当にごめんっ」
安藤は俺に何度も謝ってくれた。蝉の声が和らいで、安藤が鼻を啜りながら泣き漏らすしゃっくりのような声に心がざわついた。
「謝らなくていいから、だからその、泣かないでくれないかな」
「だって、やっと話せた、から」
おおよそ安藤の言葉は理解できた。
安藤をよく見るようになったのは先週くらいからだろうか。
いつもランニングの最中に、制服姿の安藤が立っているのには気付いていた。毎日同じ場所で、通り過ぎる際に目線が合ったような気がして、きっと気のせいだろうと思いながら走っていた。
今日も彼女は居て、どうしたんだろうと気になったからか、少し足の進みが遅かった。それを待っていたのかどうかは解らない。
ただ彼女は、通り過ぎる俺の上着の袖を両手で掴み止めて、危うく転倒しそうになった。実際には俺ではなく彼女が倒れそうになって、慌てて足を止めた。
「クラスで話したこと、あると思うけど」
「二人きりは、初めて」
そうだったかな。俺は思い返すが、そんな事は絶対にない。彼女とは知り合いという程度の仲ではない。どちらかと言えば友達で、仲はたぶん、良い方だ。
とはいえ友達の範疇でしかないはずだったから、混乱は止まらない。
「好きになってからは、初めてだから」
彼女の一言を聞きながら、それは初めてかと納得した。そこでようやく、彼女の手は今だ、俺の服の裾を掴んだままである事に気付いた。
《続く》
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