15 / 22
恋文に想う3
しおりを挟む日野は一人の女子に恋をした。
そして一通の手紙を書き、渡せずに捨てた。
それを拾ったのが、私らの始まりだった。
電車で知り合い好きになってしまったという、名前すら知らない女の子に宛てた最初の手紙。そして彼女に渡した、最後の手紙。
日野の手元から落ちて、いや実際は捨てられてしまったのだけれど、そんな届くはずのない手紙だったそれを、また見ず知らずの私に拾われたのが彼の不運だった。そして届いた最後の手紙の内容を、私は知らない。
それがなぜか、嫌だと思うのは贅沢だろうか。
とにかく彼に捨てられた手紙は、私に読まれて笑われた。見ず知らずの私に、彼は馬鹿にされたんだっけな、と思い出す。
どうして日野は、そんな私を好きになったのだろう。気の毒な人だなと、今更ながらに思う。
もっとも高校卒業を経て、大学生となり、社会人となり幾数年。彼は家を出て県外に出たりして、遠距離恋愛になった時期もあった。けれど二人の交流は相変わらず手紙のやり取りで、もちろん電話も使ったけれど、そうして二人の関係はのんびりと続いて今日に至っている。喧嘩もたくさんしたけれど、別れようという話にもならなかったし、二人はのんびりと、こんな感じで好きで居続けた。
私も他の人とお付き合いするかの選択には出くわした。
私は隠さず、日野に報告をして、いいだろうと自慢した。日野は不満そうな声で『ダメだからね』と言ってくれて、『わかってるって』と返したりもした。
私たちの距離は、最初から近くて遠かった。元々学校の知り合いでもないので、卒業は区切りにはならなかったのだ。遠距離もさほどに辛くはなかった。もちろん毎日会えないのが苦しいという日は幾らかあったけれど、いつだって、彼の手紙と電話から届く声が、揺らぐ気持ちを助けてくれた。
そうして今だ。
私は日野に、後悔をさせてきたつもりはない。私も後悔はない。そうして来た今だ。だから良しとしよう。
「せめて『電車の吊革の君』の分だけでも捨てようかな」
「それは別に捨てても良いよ?」
「ち。じゃあむしろ私宛を捨てたい」
「それは何か僕が捨てられるようで嫌だなあ」
日野が吐き捨てて、一度置いた段ボールをさらに遠くへと追いやった。そのままどこかの荷物の上に置かれてしまうと困るんだが。置かれた場所を覚えつつ、私は頬を膨らました。
「変態さんが書いた手紙、千通くらいはあると思うよ」
「ちなみに春さんから貰った手紙の数は七十はなもげ」
油断ならん馬鹿がふいに不必要な言葉を吐こうとして、咄嗟に頬を押しやって言葉を止めた。危うく私の恥をさらされるところだった。誰にとは言わないけれど、私がこんな女々しい馬鹿男に手紙を書いたなんて恥にも程がある。記憶から抹消したいくらいだ。
「数えてんな、っていうか捨てたよな? 聞いておくけどもうないよな?」
「どうせバレるから言いますけど捨ててないです。恋人からの手紙を捨てる野郎は死ねばいいとも思います。あと彼女が、自分からのラブレターは捨てろって言葉も無視します。っていうかね」
私が怒り出すと分かっていてか、日野が一気に喋り尽くす。お姫様抱っこは維持されたまま、私の顔前に日野の瞳が寄ってくる。またしてもキスかこのタイミングでと身構える私に、しかし日野の唇は届かなかった。代わりに、言葉がやって来た。
「彼氏が彼女の気持ちを大切にして何が悪いわけ? どちらが好きか、また賭ける? 僕が勝つよ? 僕が春さんをどれだけ好きだと思ってんの?」
「っ、それはっ」
真顔で恥ずかしい台詞をさらさらと告げられて、顔を背ける私に罪はない。ああやだやだ、これだから日野は。言い返す言葉を考えつつ、いいものが浮かばないので別方向で対抗する。必殺、卑怯技。
『春さん死んだら一緒に死ぬから!』
「うっ、それはお酒に酔った勢いで……」
私の日野真似に、さすがの彼も狼狽えた。彼の失言、ワースト三位の中の一言だ。
「春さんとなら死ねるから! っ、ぷくく」
咄嗟に零した言い訳は文字通り言い訳がましく、私の失笑を誘う。日頃臭い台詞を吐く彼だが、さすがに言い過ぎは自覚しているらしい。私の「死ぬから!」の連呼に、肩を震わせて何かから堪えている。ひっひっひ。更に追い打ちを掛けようとして、しかし負けたのは日野だった。
「ああ、本心だよ」
と彼は真顔で言い切った。絶句。しまった、恥返しか。
「いいよ、死ぬよ。そして地獄だろうが天国だろうが追いかけるから。来世で会うから、また付き合うから。もちろん兄妹で生まれたら近親相姦確定だから! 同性で生まれたら同性愛だから! ホモでもレズでもどんと来いだから!」
「やめろ同性とかは」
「だったら次も性別は女性でお願いします」
半ば自棄に告げられて、恥ずかしいを通り越して辛い。兄妹ならまだしも男同士とか女同士だとなーと真面目に考えつつ、未だに私は日野の腕の中に居るので更に困る。いろいろと逃げられん状況である。失笑。
「目がマジだよね。怖い怖い」
「だから本気なんだって。春さんの居ない毎日つまんないから。本当、高校から今に至るまで、ほぼ毎日春さん尽くしできたから」
日野の言葉に、私は腕組み考える。確かにラブレター事件の後から、ほぼ毎日と言っていい程に日野と一緒に居る。時間という意味では一日に数時間だけれど、学校外でほぼ毎日会う間柄は早々居ないと思う。
私らは最初から付き合っていたのかというくらいに一緒だった。
「煩い。あんたはフリークライミングでもしてろ」
「あれも好きだけど、頭の中は常に春さんの事だけだから。春さんを好き過ぎてまずいなと思って、ちょっと頭を整理したいって時に登るって感じで始めたからね。今は半分、ストレス発散かな」
長々と呟く日野の唇が緩むに緩み、眼前までやってくるのおでうっとおしい。半分だけかよとか思う自分の馬鹿頭こそうっとおしい。
「僕は人生の大半を春さんで占めている筈なんだよね」
「お前何歳だ」
「密度の問題だと思う」
小馬鹿にしながらも、『私もだよ』なんて言おうとする自分は押し殺す。全く、幸せだなあ。平日にこんな馬鹿な話が出来るなんて、最高の贅沢だ。
「せいぜい長生きしよう。日野が病室で気弱に死ぬのを、椅子に座って林檎の皮剥きながら笑ってやるよ。やっと一人になれる、ってね。あ、林檎食べるの私な?」
「そうありたいね。もちろん春さんは一緒に来なくていいからね。僕は幽霊になって君の傍に居るはずだから、他の男と一緒にはなれないかもしれないけど」
「うわ、面倒くさい男」
「今更それを言う?」
日野に言われて私は首を振った。「死んだあとくらい好きにさせろ」と言ってみるものの、他の男がどうとか考えないだろうなあと思う。その時の年齢がどうとか、そういう話ではない。
先の事はわからないけれど。
先がこうあって欲しいと思う事は一つ。
出来ればいつまでも、この手紙馬鹿と一緒に居たいねぇ。
<続く>
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる