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恋文に想う2
しおりを挟む「紐パンは嫌い。そして中身は内緒だ。でも捨てたい、このゴミ」
「普通ゴミを段ボールに入れて『捨てていいか』とか聞かないから。手紙でしょう?」
「そう。馬鹿が書いた陳腐な手紙」
私の断言に、日野はやや崩れた笑顔で硬直する。彼は軽く溜息を吐いて、手にしたガムテープとハサミを机に置き、私の手から段ボールを奪おうとする。思わず身を逃がして段ボール強奪を阻止しようとしたら、私の身体ごと持ち上げられた。ひょいと一瞬だ。
「うわっ」
あっという間に視界が浮き、私は姫様抱っこされてしまい、段ボールが腹の上に来る。
軽やかに浮く自分の身体が面白い。日野、案外力あるんだよなー、ではなくて。
「持ち上げんな。力自慢か?」
「人の手紙をゴミ扱いですか。失敬な」
日野の顔が私の顔に寄り、「めっ」と言葉を吐いた。見慣れた顔が超至近距離にきて、私は「べー」と舌を出した。日野の舌が同じく垂れて「べー」と言い返してきたので、そのまま顔を持ち上げて、舌と顔を持ち上げた。
二人の伸ばした舌の先と、舌の腹がつぅと触れる。
「……日野が先だった」
「春さんじゃない?」
私は日野を睨みつけ、彼は首を傾げて笑みを絶やさない。静かに唇が寄り、ちゅっと可愛い音を立ててお互いの唇が啄まれる。
実はラブラブである。言うまでもないが。
「っん」
互いの声が漏れる。舌の腹同士が触れて、柔らかい熱が伝う。日野が更に首を下げてきて、かなり無理矢理に舌を合わせて愛撫され、首元にある彼の腕が寄る。私が更に彼へと寄る。唇を這わせてキスをして、抱擁までされて、私は彼の匂いに包まれて欲情が疼く。うん私が欲情してきた。柔らかい舌の感触を少しばかり堪能して、日野がようやく顔を上げた。むずむずとしたくなる。さりとてそれはそれ。
その時点で、私の手は段ボールから離れていた。しまったと気が付いたが時すでに遅しだ。私の腕はだらんと垂れていて、無力化されたのだと知る。抱かれてキスされると、何と言うか心地良すぎて力が入らないのだ、畜生め。
「強引」
「好きなくせに」
言われて顔が火照るのが良くわかる。ああそうだ否定はしない。拒絶する気もなく、偉そうに「うむ」と言うとまた軽いキスが来た。隠すまでもなく、私と日野は超ラブッラブである。
さりとて私の身体の間にあった段ボールは、いつの間にか彼の左手の上にあった。私は右手と片膝で支えられている謎の状態で、傍から見れば不思議な体勢になっている。そして女一人を片手と片足で持ち上げているというのに、日野の笑顔は崩れていない。ふらつきもしない。自然体なので辛そうでもない。
「段ボール返せ。ってか手紙返せ、燃やす。灰にする」
「止めて下さい。春さんは酷いよ。僕らの青春の欠片を雑に扱いすぎ」
「そういう事言われると本気で捨てたくなるな」
私は日野の腕の中で、手足を伸ばし暴れるようにして、ぎりぎり届きそうな位置にある段ボールに手を伸ばして床に落とさんとする、フリをする。しかし日野の片手は更に段ボールを彼方へとやり、別の段ボールの上に乗せられた。ちっと、舌打ちをするのは忘れない。
この無駄に体力ある馬鹿め。
「そろそろ腕が限界なんじゃないか?」
「そうだねー。そろそろベッドの上に落そうかなぁ?」
爽やかに笑う日野の微妙な物言いに、私の胸の奥の、心とやらがきゅーんと鳴るのは不可抗力だ。
「だー。下ろすな! いや、おろせー」
「春さんは抱き心地良いから、もう少し抱っこしてたいな」
両手でしっかりと抱き上げられ、私は「変態め」と罵り溜息を吐く。しっかりと抱かれた私は動けないし動かない。
これで日野は、ただのサラリーマンなのだから笑える。日野がデスクワーク男とは思えない筋肉を携えているのは、知る人ぞ知る彼の趣味、フリークライミングによるものだ。
何度も彼がごつごつした壁を登っていく様を見た事があるけど、何が楽しいのかは分からない。見ていると、落ちそうで怖い、くらいだ。
ただ彼が、登る事を楽しんでいるのでそれで良いと思う。私は彼と同じ事はしない。けれど私は、彼と同じに気持ちにさえなれば良いのだ、と今では思っている。二人ともで同じことをせずとも、互いの気持ちさえ分かれば良いのだ。
私も成長したなぁ。
日野の腕の中で、腕組みながらそんな事を思う。
「でも結構重かったね」
「あぁん?」
「ごめん、春さんじゃなくて段ボールが」
「ぎっしり手紙が張ってるからな。あっちにも、そっちにもあるけど」
日野の腕の中で首を捻りながら、私は遠くにあるダンボールのあちこちを見やる。同じように、日野が私の視線の先を見る。
いちいち見るなと思うけれど、私が言ったのでどうしようもない。抱っこされている姿勢には慣れているので、下ろせと思わない自分が、いつの間にか出来上がっている。両腕抱き中なのでもう全力体重乗せ状態だ。日野はしっかりと私を抱えてくれていて、よろけもしない。いいだろ、これ。私の特等席なんだぜ、と誰に言うでもなく思う。
とはいえこのお姫様抱っこ、昔はする度に殴っていたような気もする。股間を蹴った気もする。今は抱っこ慣れしてしまって、むしろこの体勢が好きである。
まったく、人は変わるものだ。
この馬鹿を好きだなぁ、という気持ちは減ったりせず、むしろ更に増したようにしか思えないのが、更に良い。
お姫様抱っこが気持ちよく思うようになったのはいつからだろう。手紙に書いた気がするけれど、いつの手紙だったか。ふと読み直してみようかと思いつつ、部屋のありさまに頭を抱える。ここから探すのは至難の業だ。また、今度にしよう。
「ラブレター多すぎ」
「付き合ってからも書いていたからね? 飽きもせず」
「自分で言うな。本当、馬鹿を通り越して変態だからな」
私の言葉に彼は少しも悪びれていない。むしろ自慢げで馬鹿だ。
そんな日野はサラリーマンで、フリークライミングが好きだ。けれど何よりこいつは、手紙が大好きだ。
好きな人に、今は私にだけれど、手紙を書くのが大好きなのだ。さっき彼に奪われた段ボールの中には、日野が書いた手紙がぎっしりと収まっている。
ふと日野が歩み寄り、開いたダンボールの中を覗き込む。膝がぼんとダンボールに当たって、中が揺れるとそわそわする。おい、あまり揺らすな、順番が変わるだろ、と思う私は情けない。
ちなみに私はと言えば、趣味なし、特技もなしだ。
強いていえば趣味、日野弄りだろうか。
「手紙の何が楽しいんだ?」
「最近は時間がなくて文字数も少ないけどね。長文書きたいな。五枚くらい」
「小説でも書けばいいんじゃないか? ラブラブなの」
「春さんを主人公にした小説でも書こうかな、って嘘です睨まないでよ」
馬鹿が馬鹿な事を言い、読むのも時間が掛かるんだぞと、言おうとして止めた。別に私が読むわけじゃないか。等々、考えながらふと思う。
手紙か。
ふと日野が書いていた、私の前に好きだった人宛ての手紙の内容が頭に過る。私が採点をして百点となった、彼の恋文の内容は今も覚えている。それを持っているのが私だからだけれど。
そうして彼が最後に書いて渡した、見ず知らずの彼女への手紙には、いったい何が書かれていたのだろうか。
嫉妬はあまりないと思う。
ただ単純に、日野は彼女をどう思っていたのだろうか。
そしてもし、最初の手紙が届いていたとして、気持ちが伝わって、その人と一緒になっていたとしたら。
やべ、嫉妬してきた。
《続く》
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