恋文に告ぐ

古葉レイ

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恋文に告ぐ4

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 昨日、友人と語らうあなたの声を聞きました。ちょっと高くて、でも落ちついている声が素敵だなって思います。それだけで舞い上がる自分が恥ずかしいです。でもあなたのおかげで毎日が楽しい。あなたに会えただけで、見掛けただけで幸せなんです。僕がただ嬉しく思うだけなのだけれど、本当に幸せに思う。

 勝手に恋してごめんなさい。いつ告白できるかはわからないし、フラレる覚悟はできているけれど、気持ちだけは伝えたいと思います。

 好きです。

「字は綺麗になったよ。それは認める。進歩だよね」
「言われた通りボールペン講座も受けてるしね」

 半月ほどして、彼は自信ありげに頷いた。

 日が経つのは早い。私にラブレターを返却され笑われた彼は、次こそはと言った。意味が分からなかったので問いただしたら、もっといいラブレターを書くと言って、いや直接告白しなさいと口論になった。それが最初の出会いの日の続き。

 私らは電車の中で言い合い続けた。そのまま私らは電車を降りて、今ここに居る公園にまでやってきた。それから私らは散々話し合い、二時間近く相談し合った。

 せめてもう少し文の質が上がるまで我慢しろと私は言った。その為にはどうすればいいか、どうすれば相手に届くか、気持ちが届くかとなり、じゃあ私が添削するなり点数を付けて、百点になったら渡していい、となってしまった。

 今から考えるとかなり馬鹿らしいけれど、当時の私は今以上に喧嘩っ早くて傲慢だったと思う。彼はけれど私の提案に乗った。むしろ喜んだ。
 そして私らは互いの連絡先も交換せず、そもそも私は日野に名前すら名乗らずに別れた。

「書いてきたよ」
「うわ、本当に書いてきたよ。しかも翌日とか」

 そしてラブレター事件の次の日、彼の手から渡されたラブレターが、先生と生徒になった私らの最初の文だった。私は頑固で、彼は律義だったのだ。
 朝に渡されたラブレターをいつ見るかが最初の悩みだった。けれど考えてみれば私は先生で彼は生徒なので、採点をするのは私の義務だった。

 だからその日中に読んで点数を付けた。休み時間の合間に少しだけ一人の時間を作って、読書の時間を作った。読むのは図書室で、昼休みや放課後の部活が始まる前が多くなった。そして部活を終えて帰宅しようとしたら、丁度彼に会ったので手渡した。待ち伏せされているのは癪だったけれど、別に嫌とは思わなかった。先生と生徒という関係は、案外そういうものだと思わせた。

 そして私は手紙を返した。

 もちろん点数付きで、最初の一通目は五点だった。

 彼は不思議そうな顔をして、「どこらへんが駄目?」と聞いてきた。彼は何より勤勉で真面目で、相手の言葉を受け止められるいい子だった。


 言葉に出来ない気持ちでいっぱいです。あなたが笑顔だと僕も笑顔になる。あなたが寂しそうだと僕も寂しくなる。あなたの存在で一喜一憂する僕を許して下さい。見ているだけだけれど、幸せを勝手にも貰っています。
 僕はあなたが笑顔であって欲しいといつも思います。
 好きです。いつも想っています。


「ちょっと硬いね」
「もう少しやんわりした方がいいのかな」

 採点だけだと思った私は、しかし彼へのレクチャーを余儀なくされた。よくよく考えれば私は教えると言ったので、彼が尋ねてくるのも当然だった。だから私は、彼に女心のイロハを教えて、書くべき言葉と、書かない方がいい内容を伝えだした。

 そのやり取りは結局、一ヶ月続いた。彼は毎日飽きもせずに文を綴り続けた。まるで馬鹿みたいに紡がれた文字はどれもが本気で、正直恥ずかしい気持ちが勝つような内容ばかりだった。
 幸せそうに笑う君の横顔が素敵過ぎて、直視できない自分が悔しいです、なんて書いてあるだけならいざ知らず、君の隣に立つ事叶わず、せめて吊革にでもなって君の為に存在したい、とかが来るとチョップした。額に手刀だ。いやもう変態かと言って、私は彼をやりこめた。

 とにかくそんな日々を続けた一ヶ月を、私らは怒涛に過ごした。

 嵐のような忙しさの中で、私は彼のラブレターを受け取り、毎日のように点数付けし続けた。もちろん感想も織り交ぜて、もっとこうした方がいい。ああすればいいかも、と勝手な感想を付け続けた。

 そうして体育祭準備委員の任務を終えた頃、

「あれ、二通?」

 一ヶ月を過ぎた頃、私は彼から二通の手紙を渡されるようになった。彼の後ろ姿を見つけたら歩み寄るようになった頃。触れた指にいちいち謝らなくなった頃。

「うん。一通はいつもの。もう一通は春さんへ」
「は? 私に?」

 そうして渡されだした手紙は、枚数の比率も変化していった。最初はたまにだったけれど、彼は気が付くと毎日、二通の文を書くようになっていた。一ヶ月を経て、彼の執筆速度が上がった事にもよるけれど、だとしても解せなくて、私は鼻で笑った。季節はやや移り変わり始めていた。

「ラブレターを書いているうちに私に恋でもしたの? 私は駄目よ、君に協力はしているけれど、男子としてじゃないと思うし。他に好きな男子居るし」
「あはは、大丈夫。そんなんじゃないから」

 私の嘲笑い気味の問いに、しかし彼は首を振った。冗談が冗談だと、本心が本音だとわかる程度の仲にはなっていた。二通の文を携えた彼は、いつもと変わらない笑顔に満ちていた。
 彼の後姿を見つけると、何も考えずに追いかけて声を掛ける間柄になっていた。

「一通はいつものラブレターなので採点お願いします。もう一通は春さんへ。ただの手紙というか、日常の他愛ない話を書いてみた」
「はあ? 何それ」
「簡単に言うと一方的な日常日記みたいな?」
「暇ね。乙女か」
「否定はしません」

 彼が言うにはラブレターを書くついでに、私へ少しばかりの文字を綴る余裕が出てきたのだとか。もちろん読まなくてもいいと言われ、しぶしぶ受け取った。でも彼はわかっていたはずだ。私がその文を読まない何てことはないと。

「勉強しなよ」
「それが案外、成績良くなって来たんだよね。机に張りつく時間が増えたからかな」

 彼のそんなところが面白かった。確かにこいつなら、勉強の合間に手紙を書いていそうだと思ったくらいだ。

そうして私宛の手紙で知ったのは、彼が男子高で、案外楽しく学校生活を送っているという事だった。実は図書委員をしていて、私の部活に合わせたスケジュールで当番をしているという事を知った。彼は案外友達も多く、けれど私にラブレターの採点をしてもらっている事だけは内緒なのだとか。嘘かもしれないとは思わなかった。

 彼はそういう嘘を付かない男だという事を、誰よりも私が知っていたからだ。

「女の子みたいだね」
「あはは、自覚してる。でも春さんなら怒らないかなって」
「そりゃあ、日野ってそんなだってわかってるけどね」

 自分でも分かっている通り、日野は女々しい。それは昔から自分でも自覚していて、それを嫌だと思って男子高に入ったのだそうだ。私は共学なのでわからないけれど、男子高の生徒は女子に飢えているというのは偏見だそうで、むしろ女子が怖くて近寄れないとか、結構可愛い。

 内容は本当に他愛のない事ばかりだった。

 昨日は体育でサッカーをして活躍しきれなくて残念だった。数学の授業で転寝しそうになってラブレターの文章を書いて眠気を誤魔化していたら授業が終わっていて驚いた、とか。

 私の読む速度もまた、次第に早くなった。そんな彼の姿を想像しながら、私も机の前に付く時間が増えるようになって、気が付くと、手紙を読みながらついでに勉強をするようになった。

 彼からの手紙は、私に少しばかりの変化をもたらした。気が付くと、日野の私への手紙は、ほんの些細な、ちょっとした頑張りの潤滑油となっていた。

《続く》
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