シンゴニウム

古葉レイ

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シンゴニウム・22

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「そういえば相原、今日って酒飲んでなかったのか?」
「うん、ノンアルコールだったから問題ないよ」

 夜道、車を十分程走らせて、私らはバイト先とは別の駐車場に訪れていた。
 移動中も彼と私は質問し回答して、お互いを知ろうと必死だ。そうしてやって来た場所は、レンタルビデオ店の駐車場の端だ。そこは少し坂になった場所で、フロントガラス越しに空だけが見えるようになるという場所。私はサイドブレーキを引いてエンジンを停めた。

「ここは?」
「うん。私のお気に入りの場所」

 まず見せたかった場所よと心で告げて、私は彼から賄い食の入った袋を受け取り、中を開き出す。彼はじっと外の景色を眺めている。しばらくは私の準備する音だけが響いた。

「綺麗だな」

 短く、彼は言った。

「街中でも星が良く見える。星って、よく見たら大きさ、違うんだな」

 葛城の感想が胸に沁み入ってくる。へえ、君にはそう見えているんだね。改めて見れば確かに、ほんの微かだけれど大きさが違う。新たな発見だ。
 これが、二人で見る景色の最初か。私は運転席の背に身を任せて、見慣れた星空を見つめ直した。

「私、バイトが終わるといつもここに車を停めて、空を見上げながら夜食するの。ここで二人になるの、実は初めてかも」

 そう言いながら、それは少し嘘だ。実は前に一度、彼氏を連れてきた事がある。その時は「ここでするのか?」だったな。あのエロ助め。早々にホテルに向かい、ここでゆっくりなんてできなかった。
 以降、ここに彼氏は連れてこないと決めたのだ。

「相原?」
「あ、ごめん。食べようっ」

 葛城の膝の上にお皿を乗せながら、私は笑って、自分の過去話の暴露を、胸の中に仕舞い込んだ。

 ○○○

「じゃあ相原は実家暮らしなのか」
「葛城は家を出てるのね」

 車内で夜食を食べながら、私らは互いの事を聞き合った。彼もある程度は私の事を知ってくれていたけれど、知らない事は当然多い。話を弾ませて、私はいろんなことを脈略なく語り、彼は頷き、感想をくれた。

「親からの支援なしじゃとても無理だけどな」
「いつもどうやって帰ってるの? あそこ電車通ってないよね」
「バイク、って言っても原チャリを使ってる。酒飲んでる時はバスだけど」

 そこまで言って、葛城が押し黙る。そっか、バスか。そこまで聞いてから、黙る彼をちら見する。どうしたんだろう。そう思いながら、もう今の時間に気付いて手のひらで額をぺちん、と打つ。

「今日はもうバス、ないんじゃない?」
「まあね」

 葛城が肩を竦めて苦笑っている。しまった、想定外だった。

「漫喫で本でも読んでようかなって思ってる」
「ごめん、何も聞かずに迎えに来てとか言っちゃったね」

 彼に申し訳ないと思う。いきなり無茶させ過ぎたかなと反省しつつ、でもまた明日、では遅いと思ったのだ。おかげで明日から同じバイトで働く事になり、今もこうしてデートまで出来ているので良かったとは思う。

 でも私らは、のんびり好き合っていく為に付き合おうとしたわけではない。

「でもまあ、そんなものよね?」
「自分の意志でそうしたんだから、問題ないよ」

 葛城の言葉と私の心が合っていない。まだ数時間の付き合いだ。二人どこか気持ちにずれがある。当然と言えば当然だ。私はスプーンを咥えたまま考える。

「後で駅前の漫喫に送って貰える?」
「あ、ごめん、気にしないで。っていうか心配しないで。ちゃんと送っていくから」
「いや、悪いよ。一時間くらい掛かるし」

 私の申し出に彼が遠慮する。互いに気を遣うのは、決して悪い事ではない。
 でもこれはダメだ。まずいと思った。私としてはむしろ意地でも送っていきたいと思うけれど、それは迷惑かなと思う気持ちもないではない。

 まずいな。いきなり壁だ。

「んー、どうしようかな。これはあんまり良くないなあ」

 楽しい事を一緒にしたいのに、彼との距離感がそれを邪魔する。こういうドキドキも好きだけれど、それは過程だ。夜空を見て、お互いに感動できる方向も悪くない。

 だとすれば、私らが見たいのは、も少し先の景色だ。

 やっぱり触れ合わないとダメかしらん。

 私の中で、ちょっとした悪戯心のようなものが沸く。彼より私の方が知っている。余裕にも近い、強気の心で彼を見る。

「ね、手を握ってもいい?」

 私の問いに、彼は目を見開いて驚きを見せた。しばらく黙ってから、頷いてくれた。

「も、ちろんです……汗掻いててごめん」

 彼が躊躇うのを無視して、放られている彼の手を握る。指と指を絡ませて、葛城の体温を手のひらで感じる。確かに汗ばんでいる。でもいきなり私と二人きりなのだ、緊張もするだろう。
 私はまだマシだけれど、それとてやはり彼に遠慮はある。

 今手を握っているけれど、ここまでが精いっぱいだ。私ですらそうなのだ。
 童貞の彼には、相当辛い気がする。

「あのさ、相原」
「黙ってて。ちょっと考え中」
「うん」

 私の制止に、葛城は黙って頷いてくれた。沈黙も嫌ではない。手の温度が私に伝わってくる。彼はちゃんと私を尊重してくれる、そんなところも心地よい。

 嫌いじゃない。好きだと思う。

 だとしたら、私はどうすればいいだろう。
 
 私の中で葛城の株は上がりっぱなしだ。私は既に彼を認めている。彼から見て私はどう見えているだろうか。私はもう、彼を傍に置いておきたいし、もっと一緒に居たいと思っている。いつかは慣れて、一緒にあれこれできるようになるに違いない。

 でも、それはいつだろう? 明日か。一ヶ月後か。半年か。
 それは長いと私には思えてしまう。
 今日から、明日から。今この瞬間から、私は彼と行動を共にしたい。

「ドキドキする?」
「うん。心臓破裂しそう」

 葛城が嬉しそうだ。私も嬉しくはある。気恥ずかしい感じもある。
 これはでも、私らの速度ではない。

「ダメだね。これじゃダメだよ」
「何が?」

 葛城の手を握っているだけで、私も胸が苦しい。こういう気持ちは素敵だし、とてもいいことだと思う。恋としては、良い事だ。でも。

「私も胸がドキドキしてきた。これじゃダメでしょう」
「ダメなのか?」

 これは恋愛の過程なのだ。私らが好き合って熟していく経験の一つだけれど、葛城が望んだのはその先だ。私と同じ景色を見たいなら、このドキドキはそれ以前の話だ。

 葛城の顔を見る。彼もまた、私を見返してくる。

 とても真っ直ぐな瞳だった。この人、眼力が強い。相手を見据えていて、けれど嫌な気がしないのは優しさのせいなのか。葛城慎吾。不思議な人だ。

「もう一度聞くね。別にそれでどうこうなるわけじゃないから、軽く答えて」

 葛城の手を取り、私はあえて彼から視線を逸らした。店長と違って、私は彼の目を見返し続ける程心が強くない。運転席の背凭れに身を預けて、空を見ながら呟くように言う。彼もそれに従い、座席に身を落とした。

 そして、私は問う。

「君、私と恋愛したい?」

 心を溶かすように、私は自分の気持ちをそのまま、言葉に乗せる。それがしたい気持ちは私にもある。けれどと、私は言う。

「私にドキドキして、わくわくしたい? それとも……」
「それは……」

 狭い車内の中、彼の緊張感が伝わってくる。彼が答えるよりも早く、私はもう一つの選択肢を告げる。

「それとも私と一緒に、同じ景色を見て感動したい?」

 それは彼が言い、私が望んだ次の素敵の話。

 私で感動するか。
 私と感動するか。

 たった一文字の違い。

 けれど私にとっては大きく違う、根柢の話。

<続く>

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