シンゴニウム

古葉レイ

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シンゴニウム・7

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 入口にある土産物屋の屋台前を通り、急な坂を下りていく。相原の足は速く、俺はそれに付いて行くだけで精一杯だ。男女の熱い行為のせいで腰が痛いのが、今になって無理が来ている。さりとて相原の背を追うのはいつもの事だけれど、今日の行動は俺が決めたのだから、エスコートくらいはしたかった。

 もっとも俺も、菖蒲園なんて初めてだけれど。

「アジサイが咲いてる」
「ほんとだ。菖蒲園って割には結構いろんな色があるんだな」

 相原と共に咲いている花を見て行けば、道端には菖蒲以外の花も咲いていて、園は自然に溢れていた。

 手にしたパンフレットによれば、山の中枢にある園は、ボランティアメンバーで運営がされているとのことで、一年で数ヶ月の区切りがあり、花菖蒲や他の花が咲いている間は八百円、その前の一月が六百円、以外の月は四百円となっていた。一応は見頃だという話で、ちらほらと見える客層は大半が年配の人たちだったが、そこそこに居た。若者はほんの一握りといったところだけれど、何人かは見える。

 家族なのだろう、よちよち歩いている子供も見える。

 園の雰囲気は良い。しかし……。

「ほとんど咲いてないね、菖蒲」
「どうだろう。奥の方にもあるみたいだけど」

 案の定、園の中に咲いている菖蒲の数はパンフレットの絵とは全く違いまばらで、見所としては薄く、やや残念だった。

「んー、どっち行こう。こっちかな」

 相原が先に進み、俺は都度それに続く。ちらほらと花は咲いているけれど、それが菖蒲なのか、それとも他の花なのかはわからない。割と苗が多いので、やはり今日は咲き具合が足りないのだろう。相原が立ち止まり、次に歩く進路を確認している。園自体はそこそこに広く、順路的には山の中に入っていくコースもあるようだった。

 三十分ほどの散歩を経て、相原がようやく立ち止まり、俺の方を見て「大方見たかな」と呟いた。俺は彼女に追いついて、息を切らせては「それは何より」とだけ言った。

「相原って花とか好き?」
「普通かな。女の子だから花を貰ったら嬉しいくらい」

 相原の言葉は少しわかりにくい。菖蒲らしき花を探しながら、俺は思う。相原は今、遠まわしに好きじゃないと言っている。その程度には相原を知っている。菖蒲園への来訪は、俺の提案に乗ってくれただけなのだと知って、少し寂しくなった。もちろん相原の雰囲気につまらなさそうという色はなく、わくわくした面持ちではある。

「確かにまばらだね。でも綺麗、あそことか良いね。写真撮って」

 相原の言葉に胸をなでおろす。後悔してさえいなければ良いのだ。俺はカメラを手に、相原の行動を待つ。周囲の人を気にしつつカメラを構えると、相原がこちらを見て笑んでいる。俺は静かにデジカメの電源を押し、被写体が止まるのを待つ。相原が仁王立ちし、俺はカメラを構える。被写体のポージングを待ってから、そっとシャッターを押す。防水、衝撃緩和系のカメラはさすが相原のチョイスだ。落としても壊れないカメラなんて結構高そうだけれど。

「はい、撮ってあげる」
「俺はいいよ」
「じゃあ二人で撮ろう。すみませーん」

 相原がきっぱりと告げ、俺からカメラを奪った。そのまま彼女は、近くを通りかかった老夫婦に話し掛けている。さすが相原、行動が早い。すぐに戻ってきた相原の手にはカメラはなく、あるのは静かな笑顔のみだった。

 相原は踵を返すと俺の腕にしがみ付き、まるでバカップルとでも言わんばかりにくっついてきた。かなり恥ずかしい。花の前で立ち、俺も被写体に引き込まれた。

「撮りますよー」
「はい! ほら、笑え」

 こっそりときっぱりと告げられた要望に、俺は無理矢理、唇の端を持ち上げた。ぱしゃり。それはとてもいい音がした。

「じゃ、撮りますね!」

 撮られた代わりに撮りかえす相原を見ながら、俺は手にしたデジカメに写る自分たちの画像を眺めていた。そこには少し不釣り合いな男女が居て、相原に強要されて零した笑顔は、少しぎこちないものの照れくさそうだった。

 そこに写る二人は健全なカップルといった風で、少し前までベッドであれこれしていたとは到底思えない。喧嘩のような繋がりをしていた二人が、その数時間後には菖蒲園のカートに乗り、花を見て写真を撮って笑っているなんて、見ている本人ですら不思議だった。

 現実のカップルってこんなものなのかと、彼女を通して体験して知った。俺は言うまでもなく、相原が初めてである。

 大学の講義を受けた後、彼氏の部屋に彼女が転がり込んできて、そのまま布団にも入らず裸エプロンなんかしてセックスして、風呂に入っていちゃいちゃして、転寝をしながら悪戯をし合ってまたして。起きたままにキスをしたら欲情し合ってまたしてしまい、昼飯を食って菖蒲園で健全デートだ。想像していた恋愛とはギャップが大き過ぎる。

 相原との体験は、何もかもが輝いていて、たぶん独特で驚きに満ちている。

 咲いてもいない花を眺めながら思う。花もそう、ただ花というそれがあるわけではなく、咲いているもの、枯れているもの、そもそも蕾のもの、種類に色に形といろいろあるのだ。

 ただ花という一単語では言い表せられないそれは、そこに行って見なければわからない。見て触れて、嗅いでみないと知りえない。

 全ては体験して、知ってみなければわからない。それが相原の行動心理だ。そしてそんな彼女に、俺は恋愛というものを教わった。男女の色恋は、思っている以上にいろんなもので編み上がっているんだなあと、俺は菖蒲園の隅っこでしみじみ感じた。

 しかし。

 花を見ながら黄昏るとかな。

「葛城ぃっ、行くよっ」
「おーう」

 それは何とも、爺臭い話だ。幸せですけど。

<続く>

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