シンゴニウム

古葉レイ

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シンゴニウム・3

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 人が他人の事を理解するのは難しい。
 というより、ほぼ不可能だと思う。

 それでもこうだろうと勝手に決めつけて、思い込むことは出来る。見えている部分がその人のすべてで、それが本当の一部だったとしても、悪い事だとは思わない。

 例えば昼間、相原は大学の講義で一言も喋らず黙々とノートを取り、至極真面目な生徒として課題を提出していた。その後のサークルで、男女問わずわいわいと笑い合い、熱く語り笑っていた姿に女々しさはなかった。

 そんな相原が、その数時間後に俺と映画を見て、手を繋ぎ涙ぐみ、その夜には濡れた唇で喘ぎを零し、激しい程のセックスをした。
 朝になると元気に起き出して、疼いた男の欲に舌を出して拒否をして、朝飯を作って小皿に汁を垂らして味見をする姿は女性の鏡。

 けれど卵がないと言い出したかと思うと、調理をそのままに、朝から外食に変更した。もったいないと言う俺に、彼女は肩を竦めただけだった。そうして二人で喫茶店に出向いて、ろくに喋りもせず、見つめ合いながらトーストとサラダを食べた。
 そうして部屋に戻ってきたかと思えば、鼻歌交じりに洗濯をし始めて、草木の気遣いをしつつ煙草を咥えて欠伸をして、男を挑発してキスをして微笑んで、真昼間から欲情を殺しもせず、一言も喋らずに逢瀬をし始めたところで、電話が掛かってきて丁寧に会話をする姿は、一瞬前まで甘い声を上げていた彼女とは別人で。
 そうしてバイトに出向いた彼女が帰ってきて、風呂に入りそのまま寝入って朝を迎えると、彼氏の布団に忍び込んでいて、昨日の続きとキスを施す。

 現実ってやつは、小説なんかよりもちぐはぐで、いろいろあるのだ。

 見る人からすれば楽しげに笑う彼女があり、行為に酔いしれ、喘ぐ彼女が居る。たまに寂しく泣くこともある。どれもが彼女らしいと思うのは、俺がずっと、彼女の傍に居続けているからだ。
 単純な俺には未だに理解しきれない。それが相原加恵という人物だ。

「まだ足りない。もっと頂戴」
「sure(もちろん)」

 ちなみに相原の呟きに英語で返すのは、数か月前に見た映画の影響である。コップに注いだ水を受け取った彼女は、英語口調の鼻歌と共にシンゴニウムゴールドへ水を注ぐ。その量はあまり多くはなく、零した水が吸い込まれていく様を、抱き合ったままに二人で眺める。ちりちりと土の中に水が染み込む音は、どこか儚く幻想的だった。

 相原の鋭い瞳が俺を見る。二人の目が合い、五秒の沈黙が過ぎる。彼女の唇に加えられた煙草の火がちりちりと燃えている。

「キスして」
「じゃあ煙草は終わりな」

 彼女の要望に従い、俺は傍にあった灰皿を手に、相原の唇から煙草を奪った。相原は止めず、俺を見つめている。彼女の唾液が付いた煙草を俺が吸い、紫煙を肺に入れて息を吐く。宙に舞う煙が空気に溶けていく。換気扇に煙が吸い込まれていく。

 すぅ、と息を吸う。ニコチン量は低いとはいえ、初めて吸った煙草は、しっかりと肺にまで入れてしまい物凄く咽たのを覚えている。煙草はあまり好きではない。今も半ば吹かしている程度で、ほとんど肺に入れていない。彼女は、どうだろうか。

 ややもったいないものの、煙草を一気に吸う。根本まで燃えた煙草を、手にした灰皿に擦りつけて吸い殻と化す。腕の中の彼女は笑んでいた。
 まだ休憩の一時間は経っていない。相原の腰が前に出て、俺の腰を引き寄せる。俺と彼女が薄く笑み、雰囲気が大人のそれへと様を変えていく。

「どうしたの?」
「俺は枯らすほど水をやるタイプだから」
「過保護ね、ダメな人っ、ん」

 相原の言葉を遮るように、彼女の身を包むように強く抱く。しばらくの抱擁の後、相原が俺の指に指を絡めてきて、ディープにキス。相原の背が後ろに下がり、俺の身体を引き寄せる。壁際に、相原の身を寄せる。そのまま細い手首を掴み壁に押し当て、俺は相原の身体の自由を奪った。両手を封じたまま、半ば無理矢理キスをする。強く乱暴な口づけに、相原の瞳が揺れた。相原の舌が唇から溢れ、俺の舌が撫でる。
 彼女の身に、雌的な熱が熾る瞬間。

「っふ、熱いね。でもっ」

 いきなりの行為の予兆に、相原が僅かに抵抗してみせる。しかし俺は彼女の首筋を、問答無用で甘く噛む。「っ、ぁ」言葉短く喘いだ相原が、少し照れた様子で頬に朱を浮かせた。

 彼女が照れている。今が好機。

 俺のアドレナリンが分泌しボルテージが急上昇していく。相原もその気になっている。更に唇を奪う。唾液を奪うように強く奪う。「んぅ、ふぅ」呼吸すら儘ならない程に、強く固く唇を這わす。互いの肺にそれぞれが吐いた空気を通して、肌の温度を無理矢理同調させていく。

 彼女が欲する事。

 それはすべての共有だ。二人の共通。彼女自身を知り、彼女の感じる事を、する事を同調する共犯心で染め上げていく。
 彼女と同じ景色を見る為に、同じ世界を感じる為に、俺は相原と共に居る。相原が俺の耳元で甘く告げた。「して」と、心の声を吐露した。

 その言葉に、俺の雄心は興奮した。

「休憩、終わりでいいか?」
「su……of course(もちろん)」

 彼女の強く熱い言葉に、俺のテンションは最高潮へシフトした。

 <続く>
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