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その想いを残す為に・3
しおりを挟む「がんばれぇぇっ!」
「いけぇぇ!」
土埃を撒き散らして、小さな両足が一生懸命に駆けていきます。
ぱしゃ。
ぱしゃ。
それは幸せな時間を切り取るようでした。小学生のみなさんは、一生懸命に汗を流して走っていました。音楽に合わせて行進をして、両手を精一杯に伸ばして踊る姿は誰もが素晴らしくて、みんな一生懸命でした。
そんな姿を、私は一枚、一枚と手の中に収めていきます。ふと放送席を見ると、同じ学校の生徒さんが、小学生の子の背中に手を添えて、お腹にも手を触れながら何かを伝えています。雰囲気から、もう少しお腹に力を入れて喋って、なんて語られているのかもしれません。
ぱしゃりと、そんな姿を撮りました。遅れてその人がこちらを見てきたので、私は軽く会釈をして、その場を去りました。
次は三年生のダンスです。
「ちょっと、今勝手に撮ったでしょ」
急に後ろから声を掛けられて、私は振り返りました。そこには先ほどの放送席に居た、同じ学校の生徒さんでした。つり上がった目尻にしゅんとした顎は綺麗で、少し部長先輩にも似た凛々しさがありました。リボンの色から先輩だと見受けられました。少し、とげとげしていますが美人さんです。
「許可は得ていますので問題ないですよ」
「あたしは許可してないわよ」
そうしている間にも、競技は次へと進んでいきます。あまり時間はありません。位置取りを確認しなければと、メモを取り出します。南門の横が良いです。私は目の前の方に会釈して、次の場所へと移動します。
「ちょっと! どこ行くのよ!」
そんな私の前に、先ほどの先輩が来られます。右に避けようとするとそちらに、左に避けようとするとそちらに来られます。
「先輩、邪魔です」
私はそうお伝えしました。お辞儀をして、「退いてください」とお願いをしました。
「お、お前、上級生に向かって何を」
「失礼しました。ですが撮影が待っていますので」
私はそっと右に避けます。と、私の腕が後ろに引かれました。私の腕を、先ほどの先輩が掴んでいました。時間がありません。音楽が鳴り始めます。仕方ないので、私はその場で撮影を開始することにします。
私の手から先輩の手が解けますが、もう移動はできません。
ぱしゃり、ぱしゃりと、遠くながらも撮影を始めます。
「みんな一生懸命で、とっても素敵ですね」
数枚を撮りながら、私は先輩に告げました。もう少し前に行こうとして、先輩の手が私の手を取ろうとしますが避けました。何かあるのでしょうか? 私は黙って、撮影を続けます。先輩は動きませんでした。
「何でそこまでして、撮るんだよ」
「先輩はどうしてこんなところに居るんですか?」
その先輩は、放送の腕章を付けられていました。私は知っているのです。先輩が居る場所は、ここではないことを知っていたのです。
「先輩はマイクの前にいらっしゃるときの方が素敵です。今の先輩は、素敵さが三割減です」
私は手を伸ばして、指を放送席に向けました。先輩も、放送席を見ます。そこには一生懸命に放送をする小学生が居ます。その隣で一緒になって応援しているのは、先輩と同じ放送部員の人でした。
放送を終えて、小学生の男の子が胸を撫でおろす様子がありました。そんな彼の頭をわしわしと撫でている放送部員の生徒の笑顔に、私はシャッターを下ろします。
「あのね、何を言ってるのかわからないよ。私はもうすることなんて」
私はカメラを向けて、ぱしゃりと、目の前の先輩の今を収めました。
「これを、見てください」
私は先輩へ写したばかりの写真を見せます。とてもつまらなさそうで、とても悲しそうでした。とても辛そうでした。とても、切なそうでした。
「……う」
「そして先ほどの、素敵な先輩がこちらです」
私はカメラを操作して、前に撮った画像を選びます。とても優しそうな先輩と、緊張している小学生の姿を見せました。カメラのディスプレイに写る凛々しい先輩は素敵で、とても格好が良いです。
今とは大違いでした。
「お、おぉ」
先輩が変な声を出します。私は無視します。頬を赤らめた様子の先輩は可愛いです。
「格好いいですよね」
「そ、そうかな? っていやいや、それカメラの力でしょ?」
「そうですが何か?」
先輩の言いたいことが分かりません。運動場から歓声が鳴り、私はカメラをそちらに向けます。私の横に居座る先輩が、唇をへの字に曲げて不満げでした。
「そのカメラは学校の備品だよね? 何で君みたいな一年生がそんな高い機材使ってるのかって言ってるのよ。一年生なんだから遠慮しなさいよ」
ぐいと先輩の手が私の方に伸びてきて、カメラを奪おうとされて、私は驚きました。私の目の前に、もう一つの手が伸びてきたからです。その手が私に伸ばされた手を握り止めてくれたからです。
「なっ、だれ?」
「少しは冷静になったら? さすがにカメラ奪うのは横暴っすよ」
それは知った声でした。文字通り庇うように現れたその人は、私を背にして入り込んできました。私はその背中に見覚えがありました。
「いいカメラが来るのは、この子の写真が素敵だからですよ、せ、ん、ぱ、い。ほら、撮った撮った」
私に手をぷらぷらと向けてくる彼女の手を取りながら、私は首を傾げます。
「さと子、どうしてこちらに?」
「うん。たまたま通りかかったんだ」
私の友人であるさと子は、笑いながら私の背を押してくれました。偶然ってすごいです。私は思わずさと子の笑顔を撮りました。
「さ、写真撮ってきなよ。あとはあたしが面倒みるからさ」
さと子にお礼を言って、私は踵を返します。急いで次の場所に移動するのです。
〇〇〇
「さて放送部の部長さん。あの子の何が気に食わないのさ」
目の前で不満げな女に私はそう問いかけた。外は暑くて、正直外出はしたくなかった。けれど緊急事態だと言われれば別。連絡を受けてやってきてみれば、案の定の展開で、私はすぐさま出しゃばった。
正直、むかっ腹は立っている。危うくあの子を守れなかったかもしれない。こんな事なら朝からついてくるんだったと、選択を誤った自分に腹が立っている。
「気に食わないわけじゃないわよ」
「そう? その割には突っかかってたじゃん? カメラ奪うなんてしちゃだめでしょう?」
「それは、つい」
私に対してあからさまに引き気味の彼女は、相手によって態度を変えるのだろうか。私は見た目が怖めなので、こうなるのは仕方がない。
私に対して普通に接してくれる子なんてなかなかいないのだ。写真部は例外だけれど。
「あなた、上級生に対する口の聞き方じゃないわね」
「友達を侮辱する奴に敬意を払う程馬鹿じゃないんで。悪いけど、私あんた嫌いだから」
初対面に嫌いを突き付ける事に躊躇はしない。あの子の邪魔をするなら殴ってもいいと思っている。ただ運動会を邪魔したくはないし、停学なんて食らってしまったらあの子を守れないので、それは最後の手段ってことにしている。
さて。
目の前の先輩さんは、しかし私の啖呵に反して、真逆の事を言った。
「感動したのよ、前に、見た写真」
「……はぁ?」
それは私の目が点になるような内容だった。あれ、なんだこれ。そう思うくらい、彼女の頬は赤らんでいた。照れてすらいた。
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