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その想いを残す為に・1

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 信号が碧になり、小学生の列が流れていきます。
 横断歩道の前で、濃紺色のジャージ姿の女の先生が、左手を精一杯に伸ばしていました。右手に持った黄色い旗を掲げています。みんなが通り過ぎて、先生は車に向かって深々と頭を下げていました。
 運転手の男性も会釈して、車がゆっくりと動いてきます。誰もが心なしか微笑んで見えて、道路を走る車の速度は、いつもより緩やかに見えました。
「おはようございます!」
「せんせ! おはよ!」
 手を振りながら歩む色とりどりのランドセルのみなさんが、可愛くも凛々しく行進していきます。そんな光景を前に、私は立ち止まって、手にしたカメラを向けます。ファインダー越しに見える今日の主役のみんなに、それ以上に元気な挨拶をする先生の横顔を眺めながら、私はゆっくりと、噛みしめながらシャッターを切ります。
 ぱしゃりと切ない電子的な音がして、私の心がほわりとなりました。
「……はぅ」
 私の想いと視界が、流れるように電子機器の中に保存されていきます。とても便利なデジタルカメラは、私の必需品であり友達です。いつも持ち歩いてはいないですが、今日は特別でした。
 私にこれをくれたのは、カメラマンであるお姉ちゃんです。
 私は電子機器が友達というのは、少し恥ずかしいと思いますが、お姉ちゃんの意見は否定できないので、友達ということにしておきました。
 名前は恥ずかしいのでつけていません。

「こぉら、まだ撮っちゃダメって言ったでしょ」
「でも部長先輩、写真に待ったはなしですよ?」
 目の前少し下で、桃色のリボンがゆらりと揺れます。私と同じデザインの制服のその人は、二つ結びにした髪に眼鏡と凛々しさを着込み、腕組みながら仁王立ちをしていらっしゃいます。私の大好きな部長先輩です。
 ぱしゃりと。
 私の指は動いてしまうのは仕方がないのです。
 デジカメの中に、部長先輩の微笑みが写って保存されたのですから。
「わかってる。でも運動会の時間は決まってるんだからな?」
 私よりも背が低い先輩は、少し落胆した、それでいて楽しそうな笑顔を見せます。部長先輩はいつ見てもとても格好良いです。小さくても大きいのです。私はそんな先輩を眺めながら、その向こう側で生徒に手を振る先生に向けて、ぱしゃりと、撮りました。部長先輩は後ろを振り向き、肩を揺らして首を振る仕草をしてみせました。
「ダメだこりゃ」
「すみません、つい」
「ただでさえあたしらは遅れてるんだから、いくぞー」
 部長先輩に手を引かれ、私はそれに続きます。そうなのです。他のみんなは自転車での移動なのですが、私は歩くのが好きなので徒歩でした。なので今日も徒歩移動を希望したところ、なぜか部長先輩も徒歩になったのです。私は以前、別の撮影会で大遅刻をした前科者なので、部長先輩の同行は致し方ないのです。
「朝からそんなに撮ってて大丈夫か? 一日あるんだぞ?」
「はい、運動会では別のカメラを使いますから」
「そうだったな!」
 私の作戦に、先輩がやや怒った雰囲気で相槌を打ってくれました。そうなのです。
 今日は日曜日で、写真部の野外撮影会なのです。
「ほら行くぞ、カメ子」
「はいっ」
 部長先輩の背中を眺めながら、私は自分にできる限りの急ぎ足で、運動会の会場へと足を進めました。

 〇〇〇

「おふぁよー、かおちゃん部長」
「弛んでるぞ川島!」
 私の隣で部長先輩が声を張り上げます。自転車組の皆様は、それぞれにカメラを持っていますが、表情とやる気はばらばらでした。
 私はそんなみんなにカメラを向けて、しばらく待ちます。そっと、全員がファインダーに入った瞬間、ぱしゃりと撮ります。いい絵が撮れました。
「小学校の運動会の写真を撮るだけだ、とか思ってない?」
「そんなわけないでしょ、こっちだって写真撮れるんだから気合入れるわよ。でもさ、何で私らに写真撮影の依頼なんか来たんかね? 去年はなかったよね」
 首にタオルを垂らして、副部長の川島さんが部長先輩に尋ねます。部長先輩は部用のカメラが入ったバッグを自転車のサドルから取り出しながら答えます。
「最近は交流の場を広げようって、大人もいろいろあるみたいだな。校長もいい話だってうちの相談もなく了承したって言うし」
「えー、そこは相談しようよ」
「まぁ、断るとは思ってなかったんだろうね? うちはほら、こういうの大歓迎派だしな」
 川島さんと部長先輩が語り合う中、私はそんなお二人の姿をカメラに収めます。とててと歩きながら、放送部席で語り合う人だかりを見つけて写真を撮ります。見れば私たちと同じ高校生らしい人が見えました。
 高校生の方が小学生の子たちに、放送機材について説明をしている姿がありました。小学生の子たちは緊張していて、とても素敵に見えました。
「写真部の方々ですか?」
 ふと声がして、私は振り向きます。そこには少し髪に白髪の混じった男性がいらっしゃいました。真面目と厳しさと笑顔が絶妙な混ざり方をした、素敵な紳士の方でした。雰囲気から小学校の代表さんだと理解できました。私の手は知らずシャッターを押してしまい、気づいた先生が私を見つめて首を傾げられました。
「すみません、素敵な笑顔だったので、つい撮らせて頂きました」
「ふふ、ありがとうございます」
 私の謝罪に柔らかな笑顔を浮かばせて下さった方が、「校長の上木です」と名乗って下さりました。
「本日はお忙しい中、ご迷惑をおかけします」
「とんでもありません。良い機会を与えていただき、ありがとうございます。部員一同、一丸となって運動会を撮らせて頂きます」
 部長が丁寧にお辞儀をします。私たち全員を代表する部長先輩の背中は、いつもて素敵です。私は写真を撮りたい衝動に駆られ、しかし抑えました。挨拶の邪魔は、やはりダメだと思いました。
「どうか良い写真を撮ってあげてください」
「お任せください」
 部長先輩が警察さんのように敬礼をしてみせます、その瞬間はしかし申し訳なくもシャッターを切らせて貰いました。それに微笑む校長先生も、優し気でとても素敵だったからです。
「じゃ、作戦開始だ」
 校長先生との挨拶を済ませた部長先輩は、猫の皮を放り投げて、いつもの不敵な笑みに転じて魅せました。
 部長先輩がてきぱきと指示を出していきます。私はそんな部のみんなの写真を撮ったり、準備中の先生や歩きながら笑う生徒さんたちを撮っていきます。
 この時間もまた、楽しくてしょうがないのです。
「先輩、この一眼レフだれが持つんスか? ま、聞くまでもないですけど」
「カメ子でしょ」
「へーい」
 部用のカメラが次々と部員に配られていきます。一人一つあるわけではないので、何名かは自分で持参したカメラになります。誰が部のカメラを持つかは、毎月の抽選で決まります。私は今のところ、運が良いらしく部のカメラをよく使えます。自分のカメラも好きですが、部のカメラのフィーリングは素敵なのです。
 私の運も捨てたものではないのかもしれません。
 えっへん、です。
「じゃ、川島は応援席側担当な。私は指示担当で、誰かの手が回らない時に入る。各競技毎に自分の担当、時間は把握しとけよ」
 部長先輩がみんなの名前を付けたしたスケジュールの紙を配ります。私もそれを受け取り、名前を探します。私はどこでしょう。探すと右下にちょこんと名前がありました。担当、なしとありました。

「カメ子、お前は自由。好きに撮れ」
「はい」

 部長先輩にそう言われて、私は頷くと、そのまま足を動かし始めます。予想はしていたので問題はありません。
 私は右を見て、左を見ます。競技の内容を想像しながら、入場門や退場門を確認します。建物から人の並び、それぞれの場所や人の位置を覚えながら、自分の立ち位置を考えていきます。スカートのポケットからメモとペンを出して、一年生から六年生の人数を確認しながら、ゆっくりと、どう撮ろうかなと考える事にしました。
 そんな時間すらわくわくします。
 どきどきして、そわそわするのです。
「よおし、撮るぞー」
 私の唇は、お姉ちゃんの口癖を真似ました。それでも完全には真似られず、どこか棒読みです。歩きながら、ふと立ち止まります。
 応援席付近で楽し気に笑う子供たちが素敵でした。見つけた笑顔を撮りながら、私はゆっくりと、今日の自分のスケジュールを組み始めました。

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