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ふたりの気持ち<10>
しおりを挟む頭上から降り注ぐシャワーの雫が、頭からつま先までを濡らしていく。
「いっ、つ」
腰、お尻、股のすべてが唯々痛かった。
内腿にまだ何かがあるような違和感は、終わってからずっと続いている。
交わす言葉もなく逃げるように家に帰ってきて、私はすぐに浴槽にやってきた。ぐしゃぐしゃの制服だけハンガーに吊るして、一人シャワーを浴びて、冷えた体をお湯で温める。浴びる事数分で、頭の中の靄が晴れていく。
「やっちまったぜ」
おっさんのように呟き、ばしゃばしゃと顔を洗う。数時間前の出来事が、自分の妄想だったんじゃないかと思えてくる。けれど、そうじゃないと痛みが言う。
アユはマゾヒストではないはずだ。でも、痛いのが、今だけは嬉しかった。
私の願望。
私の後悔。
私の懺悔。
母さんは、父さんと愛し合い、結婚して、アユが生まれて、そして別れた。
怖かった。だから友達がいいって思った。関係は変わらなかった。でも月日が経つにつれて、二人の気持ちはゆっくりとずれていった。
お互いに好きあえていたと思っていて、傍に居られない日に泣いた事もあった。
成長する度に歯車が狂っていった。どう戻していいかもわからなくなって、せめて一緒に居られればと必死に願った。
それでも距離は縮まらなくなって、ついには一緒に居られない宣言までされた。もう昔には戻れないと思っていた。泣いた、泣いた。ただ泣いた。
そんな時に、誰からに告白されたりしたら、一瞬心が揺らいだのは言うまでもなくて、自分が信じられなくなった。だからアユは、覚悟を決めた。
変態でもいい。変人でもいい。エッチでもいい。どうせ捨てられるなら、足掻いてもがいては知ってからにしよう。そう思ったから、アユは手順をすっ飛ばして、彼の気持ちを無視して一緒になった。
なってしまって、わかってしまった。
「ふ、ふふふ、うふふふ」
痛い。痛い。足が震える程に痛くて、苦しい。
これでは、メンヘラ女じゃんか。
「よくもアユの身体をイジメてくれたな……ふふ、ふへへ」
最低だった。最悪だった。こんな自分は嫌いになりそうだった。それでも鏡に映る自分は、誇らしげに微笑んで見えた。
〇〇〇
「いっぱいさせてあげる。もうしなくていいやって思うくらい」
幼馴染の甘い囁きに、俺は息を飲む。
目の前にある見慣れた瞳、唇から顎先、膨らみを帯びた胸元を辿り、俺の視界がゆっくりと下がる。華奢な太ももの内側に延ばされたアユの手が、つうとなぞり上げられ、自らの腹部よりやや下へと持ち上がる。
妖艶で可憐な少女に、俺の欲がどくんと脈打つ。
「好きとか嫌いなんて、どうでもいい。嫌いでもエッチはできちゃう。好きでもできないこともあるしね」
「……そんなこと、ない。好きだから、するんだろう?」
俺の唇が夢見がちな男の子の発言を紡ぐ。アユは少し困った顔をして、首を横に振った。
「だって、有田君を嫌いになったことはないよ。付き合ったら楽しいだろうなって気もする。じゃあ、有田君としてもいい?」
「だ、だめ、だ」
言葉が詰まる。アユの質問に必死に答える自分の喉が、酷く乾いていた。アユはまっすぐ俺を見ていた。他の男と寝るなんて許せない。許さない。
「俺が、アユに飽きたらどうする?」
「あの手この手を変えてする。アユが、飽きさせない」
くすりと軽く笑って、アユは俺に背を向けた。部屋の端にある姿見へ移動すると、自らの服装をチェックし始める。
そうか買い物に行こうとしていたんだったと思い出す。そしてアユが、何を買うのかも思い出して、俺は何も言い出せない。するのか、また。付き合ってもいないのに、するのか。俺の思考は、自らの欲と理性を行き来する。
「好き嫌いって言うけど、アユはみーくんの事、ちょくちょく嫌いになるんだよね」
アユは鏡を見ながら髪の毛を整えつつ、そんなことを言う。
久々に見る私服もいいな。昔の好みとあまり変わっていない。リボンやフリフリが多いのも相変わらずだ。何てこと思いつつ、現実逃避。
「嫌いって」
「今もちょっと嫌い。イライラする」
相変わらず、わかりにくい奴だ。
ただ嫌いと言われたことがないかと言われば、案外俺は、アユに嫌いと言われ続けている気がする。馬鹿だの阿呆だのは日常茶飯事だ。
好きはあまり言われたことがないのでわからないが、嫌いと言われた方がしっくりくるのも事実だ。
「俺、昔お前に告白したことあったよな?」
「あの時は断ったね。友達の方が良かったから。小学生だったしねえ」
言葉面だけを受け止めれば、俺はアユに好かれていないことになる。だとしたら、好きなだけさせてくれるというのは、義務なのか? ただの自己犠牲? 幼馴染だから仕方なくなのか。本当はしたくないのか?
頭の中がぐるぐると回り、理解が追い付かない。相手がアユでなければ、理解ができるわけがないと逃げ出しただろう。
しかし相手はアユだった。幼馴染だった。
だとしたら、俺が理解しないのはあり得ないし、許されない。
「今は?」
「自分で考えて。アユから言わせないで。お願い」
鏡の中のアユが、俺を見ていた。寂し気に笑いながら、俺を見つめて黙ってしまう。アユは俺を嫌いだと言う。イライラするし、でも俺と『する』と言う。飽きるまでいいという。
考える。理解しようとする。分からない。解らない。
わからない答えに、悩むだけ無駄だと、ようやく気付く。
アユはただ、俺にどうあって欲しいのかを知りたいだけなのだと。
「アユは、俺が好き。昔から、お前は、俺が好き。俺と、付き合いたい。だろ?」
二人きりの室内で、俺は静かに告げた。アユは鏡の前から俺の元に戻ってきて、しっかりと正座した。手を伸ばしてきて、俺の頭に置く。左右に動かして、俺の頭を撫でた。
「ごめんね、言わせて」
アユが静かに頭を下げる。丁寧に、優しく、泣きそうな声で呟いた。
「たぶん、それが正解」
改めて言わされて、俺は何とも複雑な気持ちになる。俺の気持ちを伝えるよりも、相手の気持ちを察しろとか我儘すぎる。
それがアユだと、言われればおしまいだが。
「好きって言えばいいだろ」
「言わなくてもわかってほしかったの。だってみーくん、頑固だから、アユが友達がいいって言ったの、守ってくれたんだよね? だからこそ、今更付き合いたいって言えなかったんだもん」
言えよ、と言いたくなるが堪えた。どうせ過去だ。今更なのだ。
アユは膝つき、四つん這いの姿勢で俺へと近づいてくる。
「好きか嫌いかもわからない。お前が言う通り、俺はたぶん、アユ以外でも、セックスできると思う」
「は?」
今にも射殺すぞとばかりの目で睨まれる。いやお前が言ったんだろうがと突っ込みたいが我慢する。
「アユ以外とするって? 誰と?」
瞼を大きく見開き俺へと迫る、幼馴染の真顔が超怖かった。
<続く>
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