ふたりの気持ち

古葉レイ

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ふたりの気持ち<3>

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 小学校の思い出の大半は、アユと共にあった。

 俺だって友達と言える奴らはいた。ただみんな外で遊ぶのが大好きで、俺はどちらかと言えば家で本を読んだり、アニメを見る方が好きだった。

 それはアユも同じだった。初めて出会ったのは偶然で、アユは保育園で俺が幼稚園だから、勝手に年下だと思っていた記憶もある。同じ学校、実は近所の同級生だと知って、子供ながらに嬉しくて、気が付くと俺はアユと一緒に居ることが多かった。

 アユとはアニメの話をして、漫画の話ばかりしていた。他の友達よりも、アユと一緒に居る時間の方が楽だった。
 たまたま仲が良い友達が女の子だっただけなのだ。

 とはいえアユと俺とでは、笑うツボは違うし感想もばらばら。食べる好みも、卵焼きに掛けるのが醤油とソースと違っていて、馬鹿みたいに喧嘩もしたことがある。

 ただアユとは、嫌なことがいろいろと同じだったから、学校の登下校は大抵一緒だった。アユは非力だったから、二人分の荷物を持つこともあったけれど、そういうものだと思っていた。
 アユのお母さんに面倒を見てやって、なんて頼まれたこともあるけれど、俺は子供ながらにアユを守らなきゃと思っていた。笑える話だ。

 ただ俺らも思春期の片鱗を覚えてきて、三年、四年生になっていくと、学校では男子と女子のグループの目が気になって、あまり仲良くは話さなくなった。でも学校が終わると、同じ通学路、必然的に同じ帰り道を歩いていた。

 どちらともなく帰りは二人になって、歩幅を合わせるようになった。大抵俺らは最後の方を歩いていた。
 学校で話しにくくなり、俺はちょくちょくとアユの家に寄るようになった。アユがいつも家で一人だと知っていたから、俺らは互いの家で宿題をして、遊ぶようになった。

 修学旅行の班も同じになった。もちろん班行動だから二人きりになる時間はあまりなかったけれど、二人になれる隙を狙って、作戦を練ったのは、馬鹿みたいな思い出の一つだ。

 アユと俺の学年が上がるにつれて、お互いの親も幾度も顔を合わせるようになると、アユは俺の家の晩飯を食べて帰るようにもなった。

 俺はそれが当たり前だと思っていたし、アユもたぶん同じだと思っていた。

 だからこそ、俺の告白は、一応の口約束程度のものしかないと思っていた。

 〇〇〇

「俺、アユと付き合いたいんだけど」

 もうすぐ卒業を控えた俺らは、お互いのランドセルを部屋の端に追いやり、いつも通り宿題をしていた。アユは俺の勉強机に座り、俺は部屋の丸テーブルに突っ伏しながらの勉強は、いつもの光景だった。

「……ぇ?」

 アユはちらと俺を見て、恥ずかしそうに声を漏らした。浮かばせた面持ちは笑顔で、自分の想像は確信になる。頬を緩ませて『嬉しそう』に笑うアユは可愛くて、何がしたいではなく、ただこれからも一緒に居ていいのだと、そう思った。

「俺、アユ、好きだから」

 宿題中に言わないで、なんて怒られるかな。そう思いながらも、一週間言えなかった言葉をようやく言えた。

 アユは笑っていた。けれど待てど暮らせど、アユからの返事がない。アユは一度俺の方を向いたのに、また宿題に向かっていた。

 かりかりと鉛筆がプリントを掻く音がする。アユはずっと、宿題をし続けていた。聞こえていなかったのかと、不安になるくらいに無言だった。

「いいよな?」
「アユは……友達がいい」

 からんと俺の手からえんぴつが落ちた。アユの横顔を眺めながら、俺は自分の耳を疑った。アユの瞳がこちらを見ない。静かな時間が過ぎた。

「友達じゃ、ダメ?」
「でも……」

 アユの爪先が前後にがぴこぴこと揺れている。俺は立ち上がって、アユの傍に寄る。アユの背中はすぐそこにあるのに、手を伸ばせば届くはずなのに遠く見えた。

「友達でも、一緒に居られるよ」

 綿毛のような、囁き声がした。アユは俺を見ない。言葉が理解できなかった。好きと好きで、もっと一緒に居たいから付き合うはずなのに、付き合わないのはどうしてだ。

「友達だったら、ずっと一緒でもいいんだよ? 付き合ったりしたら、別れちゃったり、するかもしれないんだよ?」

 ぱちんと音がした。アユの手元の、鉛筆の芯が折れた音だと遅れて気づく。アユの肩が震えていて、俺の足が前に出た。
 アユの小さな肩を、後ろから抱きしめる。ごめん、ごめん。ごめん、ごめん。頭の中に謝罪が浮かんだ。アユが首を捻り、俺を見てくる。
 目尻から零れた涙が、俺の服を濡らす。

「お母さん、みたいに、一人、なるの、や」

 アユの言葉は、子供ながらに重かった。だから俺と付き合わない。俺とは付き合えない。それだけを理解した。アユの心が解らない。だから一緒に居たいから、付き合おうって言ってるのに、どうしてそれが嫌なのか。

「みーくん、付き合わないと、やだ?」

 アユの声は震えていた。
 自分の部屋、アユの傍に居たいと強く思った。嫌だと言いたかった。付き合いたかった。好きで居たかった。でも、アユはそれを嫌だと言った。

 俺はこの日、自分と彼女に嘘をついた。

「……友達でいい」

 俺はこの時、大好きな人にフラれた。

<続く>
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