エリア51戦線~リカバリー~

島田つき

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第十章 浦島次郎

浦島次郎(厭世と牛乳)

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 目の前の扉を、不信感たっぷりに見つめる。
 ――エリア五×一号室。
 こんな落書きをして、管理人からクレームが来ないのかと、疑問を抱く。
 前髪を指で透かし、額が見えないように改めて整える。格好は緑の寝巻きだが、隣なんだから服装に気を使う必要もない。
 吉村は、極めて平然を装いながら、扉を開ける。
「こんにちはー……うっ」
 部屋の中を見て、思わず喉が詰まる。何だここは。
 吉村に言わせれば、そこは人間の住む場所ではない。ゴミ溜めである。ほのかに漂う異臭、入り口にまとめられたゴミ袋、散乱する意味不明の物体。壁一面のポスター、角に置かれた銃器類、プラスチックの棒、ヒーローものの仮面、ビデオ、望遠鏡、衣類、木刀、書籍、巨大な恐竜の骨。ここまで物を溜め込んでいることにある種の感銘すら受ける。
「何すかこの汚い部屋。あー、やだやだ」
 ゴミ袋をまたぎながら、図々しく中に入り込む。椅子に座る鈴木は少しこちらを見ただけで、とがめる様子はなかった。
 冷蔵庫を開けて、目当てのものを確認する。 
「コンビニ行くの、めんどいから牛乳分けてください」
「二百円ね」
 やっと鈴木が口を開いた。吉村はいかにも不満げなため息をついた。 
「ケチだなあ、そんなんだから友達できないんですよ」
 だいいち、低脂肪乳で二百円はぼったくり過ぎだ。
 不満はあったが、ポケットから硬貨を出して流し台に置く。
「最近、佐藤さんお見舞いに来てくれないんですよね」
「俺のところにも来てないよ」
「だからこんなに部屋が汚いんだ。……忙しいんですかね、佐藤さん」
「単に来たくないだけだと思うな」
 吉村の動きが止まった。冷蔵庫を閉めてから、鈴木の顔を見る。いつもながら厭世的だ。
「もしかして、喧嘩でもしたんですか」
「べつに……あっちが勝手に怒ってんだけど」
 見る見るうちに、吉村の顔がにやけていった。なんていい気味だ。そして好機だ。
「ふうーん、喧嘩したんすか。そうかそうかあ」
 扉を後ろ手に開けながら、わざとらしく言う。
「佐藤さん来ないし、学校行こうかな」 
「…………」 
 呆れたような鈴木を残して、吉村は自室へ帰っていった。 

 ○ 

 柳瀬ファッション専門学校。
 佐藤は教室への階段を上っていた。どうも、あまりやる気が出ない。だからといって学校を休むわけにもいかない。沈んだ面持ちのまま一段一段踏みしめていく。
ふわふわした栗色の髪が視界を覆う。友達に顔を覗き込まれたのだ。
「何か、律子沈んでへん?」
「うん……ちょっとね……」
目をそらす。
いつもの柔らかい関西なまりで、友達は続ける。
「うち、笑ってる律子が好きやで」
 心に痛みが走る。柔肌を針でつつかれたかのような感覚。
 律子は小さくうなずくことしかできなかった。
 教室のドアを開けた。いつもと同じ風景のはずだ。
 しかし、そこにはちょっとしたサプライズがあった。
「おはよう佐藤さん」
「吉村じゃん!」
 懐かしい、爽やかな笑顔を浮かべている。机に腰掛け、たくさんの生徒に囲まれていた。佐藤もすぐにその輪に入る。
「何、もう元気になったの?」 
「はい、傷も大分わからなくなりましたし」
 前髪をあげて、額を指差す。傷跡は薄っすらとなり、それと知らなければわからないほどだった。 
「よかったあ」
 佐藤は心から言った。女友達が背中を叩く。
「何や、律子のテンション低かったのってもしかして吉村いなかったから?」
「まー、それもちょっとあったかなあ」
 周囲から冷やかしの声があがる。そんなものは今の佐藤にはどうでもよかった。だた、吉村が立ち直ってくれたことが嬉しかったのだ。
「はいはい静かにー」
 教師が出席簿を叩きながら現れる、いつもの光景。
 ――吉村も戻ってきたし、狼も出ない。こうやって少しずつ平穏な毎日が再び始まる。それでいい。
 そう、自分に言い聞かせつつも、心のもやはとれなかった。
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