14 / 26
第六章 悲劇の南極物語
悲劇の南極物語(闘いの準備)
しおりを挟む
「周りの目を気にせず、自分の好きなことだけしていればいい――いっそオタクになったほうが、人生は楽なのかもしれない」
鈴木の過去話は、この一言で締めくくられた。
佐藤は、愕然とした。飄々としていつもニタ笑いしている鈴木に、そんな過去があったとは。鈴木が不気味な男になったことには、理由があったのだ。一度とて考えたことはなかった。彼が変人なのは、生まれもってして変人なのだと信じて疑いもしなかった。
自分の浅はかさが悲しくなる。
「やっぱり私、全然わかってなかったんだな……。あんたのことも、わかっているような顔をして、何にもわかっちゃいなかった」
脳裏をよぎるは姉の篭る、開かずの扉。
鈴木は笑った。
「他人の心を理解できる人間なんて、この世にいないよ。そんなのがいるとすれば、α星人だけさ」
「α星人は人間じゃないわよ」
などと、ふざけているような場合ではない。佐藤はバッグからスマホを取り出す。
「とりあえず、警察に通報――」
しかし、画面を開こうとしたその手を、鈴木が押さえた。こちらを見据えて、無表情の口を動かす。瞳がブラックホールのようで、危うく吸い込まれそうになる。
「兄さんを指名手配にはしたくない」
「……あ、ごめん」
鈴木と犯人は兄弟である。全国紙に名前がさらされ、無駄に騒がれるのが嫌だというのは感情として理解できた。鈴木も根掘り葉掘り聞かれるだろうし。これは、国民の義務だとか、正義だとか、そういう問題ではない。
しかし、あの男を自分はかなり怒らせてしまった。逃がさないと豪語していたし、再び襲撃を受ける可能性が非常に高い。警察に頼らないとすれば、どうすれば……。
「兄さんは、その場の感情で思っても見ない行動を取って、後悔するような人だったけど、根はとても純真で善良な人だった」
「何やってるの?」
鈴木が、何やら部屋の中を物色している。壁に立てかけてあったエアガンや木刀を中央に並べだす。引き出しの中からも、怪しげなアイテムが次々と出てきた。
「でも、さっき会った兄さん……あの顔つきは、完璧な悪のものだった。俺は、兄さんを止めなくちゃならない。その責任がある」
並べられた貧弱な武器を見る。佐藤は取り乱した。
「そんなので勝てるわけないじゃない! あいつ、すごく強そうだった。怖かった。人間の目じゃなかったよ……狼みたいだった。弟ならどんなにヤバいか私よりわかるでしょ」
「そりゃヤバいよ兄さんは。どのくらいヤバいかというとデストロイアとスペースゴジラが二体同時に来るくらいヤバい」
「一般人にもわかるたとえにしなさいよ」
「でも、たとえ俺がひ弱なミニラでも、戦わなくちゃならない時がある。戦ってでも守らなくてはいけない、大切なものがあるんだ」
鈴木の目は真剣だった。喋りも、普段の平坦なものではない、確固とした意志がこもったものだ。
「それは例えば、実社会からの防波堤になってくれるこの部屋とか、遊び相手になってくれるフィギュアとか、パソコンとか――」
佐藤は室内を見渡した。やっとわかった。この奇奇怪怪なコレクションは、心の拠り所だったのだ。世間には決して理解してもらえない、彼の根底部分を受け入れてくれる秘密基地。
まさにエリア51だった。
「それから、佐藤さん」
「え――」
脳のずっと奥、芯の部分に何かが触れた。この感情は、いったい何なのか。
「よし、これで大丈夫だ」
その声に、佐藤はハッとする。
バッタのお面をつけ、左手に水鉄砲、右手にゴムの剣、背中にはいかにもプラスチック製オーラの漂うランチャーを背負った怪人がいた。
――終わった。もう絶対終わった。
佐藤の胸中に芽生え始めていた何かが急速にしおれていった。
鈴木の過去話は、この一言で締めくくられた。
佐藤は、愕然とした。飄々としていつもニタ笑いしている鈴木に、そんな過去があったとは。鈴木が不気味な男になったことには、理由があったのだ。一度とて考えたことはなかった。彼が変人なのは、生まれもってして変人なのだと信じて疑いもしなかった。
自分の浅はかさが悲しくなる。
「やっぱり私、全然わかってなかったんだな……。あんたのことも、わかっているような顔をして、何にもわかっちゃいなかった」
脳裏をよぎるは姉の篭る、開かずの扉。
鈴木は笑った。
「他人の心を理解できる人間なんて、この世にいないよ。そんなのがいるとすれば、α星人だけさ」
「α星人は人間じゃないわよ」
などと、ふざけているような場合ではない。佐藤はバッグからスマホを取り出す。
「とりあえず、警察に通報――」
しかし、画面を開こうとしたその手を、鈴木が押さえた。こちらを見据えて、無表情の口を動かす。瞳がブラックホールのようで、危うく吸い込まれそうになる。
「兄さんを指名手配にはしたくない」
「……あ、ごめん」
鈴木と犯人は兄弟である。全国紙に名前がさらされ、無駄に騒がれるのが嫌だというのは感情として理解できた。鈴木も根掘り葉掘り聞かれるだろうし。これは、国民の義務だとか、正義だとか、そういう問題ではない。
しかし、あの男を自分はかなり怒らせてしまった。逃がさないと豪語していたし、再び襲撃を受ける可能性が非常に高い。警察に頼らないとすれば、どうすれば……。
「兄さんは、その場の感情で思っても見ない行動を取って、後悔するような人だったけど、根はとても純真で善良な人だった」
「何やってるの?」
鈴木が、何やら部屋の中を物色している。壁に立てかけてあったエアガンや木刀を中央に並べだす。引き出しの中からも、怪しげなアイテムが次々と出てきた。
「でも、さっき会った兄さん……あの顔つきは、完璧な悪のものだった。俺は、兄さんを止めなくちゃならない。その責任がある」
並べられた貧弱な武器を見る。佐藤は取り乱した。
「そんなので勝てるわけないじゃない! あいつ、すごく強そうだった。怖かった。人間の目じゃなかったよ……狼みたいだった。弟ならどんなにヤバいか私よりわかるでしょ」
「そりゃヤバいよ兄さんは。どのくらいヤバいかというとデストロイアとスペースゴジラが二体同時に来るくらいヤバい」
「一般人にもわかるたとえにしなさいよ」
「でも、たとえ俺がひ弱なミニラでも、戦わなくちゃならない時がある。戦ってでも守らなくてはいけない、大切なものがあるんだ」
鈴木の目は真剣だった。喋りも、普段の平坦なものではない、確固とした意志がこもったものだ。
「それは例えば、実社会からの防波堤になってくれるこの部屋とか、遊び相手になってくれるフィギュアとか、パソコンとか――」
佐藤は室内を見渡した。やっとわかった。この奇奇怪怪なコレクションは、心の拠り所だったのだ。世間には決して理解してもらえない、彼の根底部分を受け入れてくれる秘密基地。
まさにエリア51だった。
「それから、佐藤さん」
「え――」
脳のずっと奥、芯の部分に何かが触れた。この感情は、いったい何なのか。
「よし、これで大丈夫だ」
その声に、佐藤はハッとする。
バッタのお面をつけ、左手に水鉄砲、右手にゴムの剣、背中にはいかにもプラスチック製オーラの漂うランチャーを背負った怪人がいた。
――終わった。もう絶対終わった。
佐藤の胸中に芽生え始めていた何かが急速にしおれていった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
【完結】生贄娘と呪われ神の契約婚
乙原ゆん
キャラ文芸
生け贄として崖に身を投じた少女は、呪われし神の伴侶となる――。
二年前から不作が続く村のため、自ら志願し生け贄となった香世。
しかし、守り神の姿は言い伝えられているものとは違い、黒い子犬の姿だった。
生け贄など不要という子犬――白麗は、香世に、残念ながら今の自分に村を救う力はないと告げる。
それでも諦められない香世に、白麗は契約結婚を提案するが――。
これは、契約で神の妻となった香世が、亡き父に教わった薬草茶で夫となった神を救い、本当の意味で夫婦となる物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる