エリア51戦線~リカバリー~

島田つき

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第六章 悲劇の南極物語

悲劇の南極物語(闘いの準備)

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「周りの目を気にせず、自分の好きなことだけしていればいい――いっそオタクになったほうが、人生は楽なのかもしれない」 
 鈴木の過去話は、この一言で締めくくられた。 
 佐藤は、愕然とした。飄々としていつもニタ笑いしている鈴木に、そんな過去があったとは。鈴木が不気味な男になったことには、理由があったのだ。一度とて考えたことはなかった。彼が変人なのは、生まれもってして変人なのだと信じて疑いもしなかった。 
 自分の浅はかさが悲しくなる。 
「やっぱり私、全然わかってなかったんだな……。あんたのことも、わかっているような顔をして、何にもわかっちゃいなかった」 
 脳裏をよぎるは姉の篭る、開かずの扉。 
 鈴木は笑った。 
「他人の心を理解できる人間なんて、この世にいないよ。そんなのがいるとすれば、α星人だけさ」 
「α星人は人間じゃないわよ」 
 などと、ふざけているような場合ではない。佐藤はバッグからスマホを取り出す。 
「とりあえず、警察に通報――」 
 しかし、画面を開こうとしたその手を、鈴木が押さえた。こちらを見据えて、無表情の口を動かす。瞳がブラックホールのようで、危うく吸い込まれそうになる。 
「兄さんを指名手配にはしたくない」 
「……あ、ごめん」 
 鈴木と犯人は兄弟である。全国紙に名前がさらされ、無駄に騒がれるのが嫌だというのは感情として理解できた。鈴木も根掘り葉掘り聞かれるだろうし。これは、国民の義務だとか、正義だとか、そういう問題ではない。 
 しかし、あの男を自分はかなり怒らせてしまった。逃がさないと豪語していたし、再び襲撃を受ける可能性が非常に高い。警察に頼らないとすれば、どうすれば……。 
「兄さんは、その場の感情で思っても見ない行動を取って、後悔するような人だったけど、根はとても純真で善良な人だった」 
「何やってるの?」 
 鈴木が、何やら部屋の中を物色している。壁に立てかけてあったエアガンや木刀を中央に並べだす。引き出しの中からも、怪しげなアイテムが次々と出てきた。 
「でも、さっき会った兄さん……あの顔つきは、完璧な悪のものだった。俺は、兄さんを止めなくちゃならない。その責任がある」 
 並べられた貧弱な武器を見る。佐藤は取り乱した。  
「そんなので勝てるわけないじゃない! あいつ、すごく強そうだった。怖かった。人間の目じゃなかったよ……狼みたいだった。弟ならどんなにヤバいか私よりわかるでしょ」
「そりゃヤバいよ兄さんは。どのくらいヤバいかというとデストロイアとスペースゴジラが二体同時に来るくらいヤバい」
「一般人にもわかるたとえにしなさいよ」 
「でも、たとえ俺がひ弱なミニラでも、戦わなくちゃならない時がある。戦ってでも守らなくてはいけない、大切なものがあるんだ」 
 鈴木の目は真剣だった。喋りも、普段の平坦なものではない、確固とした意志がこもったものだ。 
「それは例えば、実社会からの防波堤になってくれるこの部屋とか、遊び相手になってくれるフィギュアとか、パソコンとか――」 
佐藤は室内を見渡した。やっとわかった。この奇奇怪怪なコレクションは、心の拠り所だったのだ。世間には決して理解してもらえない、彼の根底部分を受け入れてくれる秘密基地。 
 まさにエリア51だった。 
「それから、佐藤さん」 
「え――」 
 脳のずっと奥、芯の部分に何かが触れた。この感情は、いったい何なのか。
「よし、これで大丈夫だ」 
 その声に、佐藤はハッとする。 
 バッタのお面をつけ、左手に水鉄砲、右手にゴムの剣、背中にはいかにもプラスチック製オーラの漂うランチャーを背負った怪人がいた。 
 ――終わった。もう絶対終わった。 
 佐藤の胸中に芽生え始めていた何かが急速にしおれていった。
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