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第49話 交渉の席
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モノマフ王国から要人を迎える当日。
歓待を任せていたカチュアとシェフィから段取りを確認する。
「挨拶と作法はこんなもんでよかったかな?」
「お上手です。ぼっちゃま」
ライゼルの所作を見て、カチュアが拍手を贈る。
そんな二人の間に割って入るように、シェフィがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……やっぱり怒ってますよね……?」
「なんの話だ?」
「その……わたしがスパイをしていたこと、です……」
申し訳なさそうに自分の罪を告げるシェフィ。
ライゼルとて、何も怒っているわけではない。
というか、ライゼルの方から勧誘した手前、「騙された」とは言いだしにくい。
とはいえ、まったく思うところがないかと訊かれれば、そうでもない。
仲間だと思っていたのに、実はスパイだったとなれば、シェフィへの信頼が揺らぐのも事実だ。
しかし、それでも。シェフィがスパイだったとはいえ、バラギットとの戦いでは共に戦い、最後までついてきてくれた。
それだけで信じたくなっている自分がいる。
許すべきか。許さないべきか。
やり場のない思いが、ライゼルの中でぐるぐる渦巻く。
頭をかくと、ライゼルはポケットに手を突っ込んだ。
「……申し訳ないと思っているなら、何かあったらフォローの一つも入れてくれ。お前の両親に挨拶しようってのに、下手なところ見せたら恰好つかないだろ」
「えっ!?」
なぜか青ざめるシェフィ。そんな中、ライゼルの待つ部屋がノックされた。
「失礼します。先方の準備が整いました」
「わかった」
カチュアやシェフィを伴って先方の部屋に行くと、見覚えのある人物が待っていた。
「ジジ……閣下!?」
「お前は、あのときの……!」
どういうことだ。てっきりシェフィの両親と会うものと思い心の準備をしていたというのに、なぜここにイヴァン13世がいるのか。
隣に控えるシェフィに小声で抗議する。
(おい、シェフィ。なんでここにイヴァン13世がいるんだよ! 聞いてないぞ!)
(すみません! うっかり言い忘れてました!)
(うっかりってレベルじゃねーぞ!)
文句の一つでも言ってやろうとすると、イヴァン13世がシェフィを引っ張った。
(なぜここに酒場で会った若造がおるのだ! ライゼルはどうした)
(ライゼル様は、その……)
シェフィがちらりとライゼルに視線を送る。
まさか……
(あの不敬な若造が、ライゼル……!?)
シェフィがこくりと頷く。
(そういう大事なことはもっと早く言え!)
(すみません! 陛下は既に存じているものとばかり思ってました!)
その場で小さく手を合わせるシェフィに、イヴァン13世はため息をついた。
それでは何か。自分はライゼルのことを探りに潜入したはずが、当のライゼルに見つかり、あろうことか本人にライゼルのことを尋ねたというわけか。
どこまでピエロになればいいのか、自分は。
情けない気持ちになりながら頭を抱えていると、ライゼルが作法に則った礼をした。
「お初にお目にかかります。ライゼル・アシュテント・バルタザールと申します。本日はお日柄もよく……」
(コイツ……なかったことにしおった! 以前会ったことを!)
ここまで堂々と惚けるとは、なんという面の厚さだ。
とはいえ、ライゼルの行動は理解できる。
この場で恥の上塗りをするくらいなら、お互いなかったことにしよう。
ライゼルは暗にそう言っているのだ。
ならば、こちらもそれに乗るまでだ。
「貴殿がバルタザール卿か。お噂はかねがね伺っている。若いのにずいぶんとキレる男らしいな。……先の内乱でも、見事な采配で大軍を相手に勝利を掴んだのだとか」
惚けてくれた礼に、リップサービスを贈る。
「お恥ずかしい話です。叔父上の翻意を見抜けず、内乱にまで発展してしまったのですから」
「いやいや……実際大したものだ。あれだけの寡兵で大軍を打ち破るなど、歴史上類を見ない大戦果だろう。……帝国の文献を漁ったとしても、これほどの戦果を挙げた者もそうはおるまいて」
「買い被りです。優秀な配下が居てくれたおかげで、どうにか死線を潜り抜けることができました」
含みのある言い方にイヴァン13世が眉をひそめた。
この言い方、おそらくシェフィのことを指しているのだろう。
となると、やつの言い分はこうだ。
『自分の家臣が頑張ったおかげで勝てた。モノマフ王国からの援軍がなくても戦えた』と。
おそらく、それは間違いではないだろう。
シェフィがおらずともそれなりに戦えただろうし、より多くの犠牲を出しながら辛勝くらいまでは持って行くことができただろう。
しかし、それではダメなのだ。
今回の交渉には、先の戦いでの貸しを返してもらうことも含まれている。
ライゼルが援軍の存在を否定すれば、その時点で貸し借りもなかったことになってしまう。
それでは、何のために漁夫の利を我慢して貸しを作ったのかわからないではないか。
余裕を装いイヴァン13世がライゼルに向き直る。
「時に、シェフィは役に立ってくれたかな? 彼女は王立騎士学園の才媛でな、あれでなかなか優秀だ。……きっと、先の戦いでも存分に活躍してくれたことだろう」
◇
一瞬、イヴァン13世の言葉が理解できなかった。
たしかにシェフィは王立騎士学園の出身で、先の戦いでも活躍してくれた。
しかし、なぜ今それを口に出した。
まるで恩でも売るかのような……
と、そこまで考えて気がついた。
なるほど、イヴァン13世は恩を売ろうとしているのだ。
シェフィの戦果をモノマフ王国からの支援と称し、何かを引き出そうというのだ。
そこまでわかれば、相手の話を認めるのは得策ではない。ここは惚けておいた方がいいだろう。
「はて……何か勘違いしておられるのではないですかな? たしかに、私の配下にはシェフィという者がおりますが、閣下の仰る者とは別人ではありませんかな?」
歓待を任せていたカチュアとシェフィから段取りを確認する。
「挨拶と作法はこんなもんでよかったかな?」
「お上手です。ぼっちゃま」
ライゼルの所作を見て、カチュアが拍手を贈る。
そんな二人の間に割って入るように、シェフィがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……やっぱり怒ってますよね……?」
「なんの話だ?」
「その……わたしがスパイをしていたこと、です……」
申し訳なさそうに自分の罪を告げるシェフィ。
ライゼルとて、何も怒っているわけではない。
というか、ライゼルの方から勧誘した手前、「騙された」とは言いだしにくい。
とはいえ、まったく思うところがないかと訊かれれば、そうでもない。
仲間だと思っていたのに、実はスパイだったとなれば、シェフィへの信頼が揺らぐのも事実だ。
しかし、それでも。シェフィがスパイだったとはいえ、バラギットとの戦いでは共に戦い、最後までついてきてくれた。
それだけで信じたくなっている自分がいる。
許すべきか。許さないべきか。
やり場のない思いが、ライゼルの中でぐるぐる渦巻く。
頭をかくと、ライゼルはポケットに手を突っ込んだ。
「……申し訳ないと思っているなら、何かあったらフォローの一つも入れてくれ。お前の両親に挨拶しようってのに、下手なところ見せたら恰好つかないだろ」
「えっ!?」
なぜか青ざめるシェフィ。そんな中、ライゼルの待つ部屋がノックされた。
「失礼します。先方の準備が整いました」
「わかった」
カチュアやシェフィを伴って先方の部屋に行くと、見覚えのある人物が待っていた。
「ジジ……閣下!?」
「お前は、あのときの……!」
どういうことだ。てっきりシェフィの両親と会うものと思い心の準備をしていたというのに、なぜここにイヴァン13世がいるのか。
隣に控えるシェフィに小声で抗議する。
(おい、シェフィ。なんでここにイヴァン13世がいるんだよ! 聞いてないぞ!)
(すみません! うっかり言い忘れてました!)
(うっかりってレベルじゃねーぞ!)
文句の一つでも言ってやろうとすると、イヴァン13世がシェフィを引っ張った。
(なぜここに酒場で会った若造がおるのだ! ライゼルはどうした)
(ライゼル様は、その……)
シェフィがちらりとライゼルに視線を送る。
まさか……
(あの不敬な若造が、ライゼル……!?)
シェフィがこくりと頷く。
(そういう大事なことはもっと早く言え!)
(すみません! 陛下は既に存じているものとばかり思ってました!)
その場で小さく手を合わせるシェフィに、イヴァン13世はため息をついた。
それでは何か。自分はライゼルのことを探りに潜入したはずが、当のライゼルに見つかり、あろうことか本人にライゼルのことを尋ねたというわけか。
どこまでピエロになればいいのか、自分は。
情けない気持ちになりながら頭を抱えていると、ライゼルが作法に則った礼をした。
「お初にお目にかかります。ライゼル・アシュテント・バルタザールと申します。本日はお日柄もよく……」
(コイツ……なかったことにしおった! 以前会ったことを!)
ここまで堂々と惚けるとは、なんという面の厚さだ。
とはいえ、ライゼルの行動は理解できる。
この場で恥の上塗りをするくらいなら、お互いなかったことにしよう。
ライゼルは暗にそう言っているのだ。
ならば、こちらもそれに乗るまでだ。
「貴殿がバルタザール卿か。お噂はかねがね伺っている。若いのにずいぶんとキレる男らしいな。……先の内乱でも、見事な采配で大軍を相手に勝利を掴んだのだとか」
惚けてくれた礼に、リップサービスを贈る。
「お恥ずかしい話です。叔父上の翻意を見抜けず、内乱にまで発展してしまったのですから」
「いやいや……実際大したものだ。あれだけの寡兵で大軍を打ち破るなど、歴史上類を見ない大戦果だろう。……帝国の文献を漁ったとしても、これほどの戦果を挙げた者もそうはおるまいて」
「買い被りです。優秀な配下が居てくれたおかげで、どうにか死線を潜り抜けることができました」
含みのある言い方にイヴァン13世が眉をひそめた。
この言い方、おそらくシェフィのことを指しているのだろう。
となると、やつの言い分はこうだ。
『自分の家臣が頑張ったおかげで勝てた。モノマフ王国からの援軍がなくても戦えた』と。
おそらく、それは間違いではないだろう。
シェフィがおらずともそれなりに戦えただろうし、より多くの犠牲を出しながら辛勝くらいまでは持って行くことができただろう。
しかし、それではダメなのだ。
今回の交渉には、先の戦いでの貸しを返してもらうことも含まれている。
ライゼルが援軍の存在を否定すれば、その時点で貸し借りもなかったことになってしまう。
それでは、何のために漁夫の利を我慢して貸しを作ったのかわからないではないか。
余裕を装いイヴァン13世がライゼルに向き直る。
「時に、シェフィは役に立ってくれたかな? 彼女は王立騎士学園の才媛でな、あれでなかなか優秀だ。……きっと、先の戦いでも存分に活躍してくれたことだろう」
◇
一瞬、イヴァン13世の言葉が理解できなかった。
たしかにシェフィは王立騎士学園の出身で、先の戦いでも活躍してくれた。
しかし、なぜ今それを口に出した。
まるで恩でも売るかのような……
と、そこまで考えて気がついた。
なるほど、イヴァン13世は恩を売ろうとしているのだ。
シェフィの戦果をモノマフ王国からの支援と称し、何かを引き出そうというのだ。
そこまでわかれば、相手の話を認めるのは得策ではない。ここは惚けておいた方がいいだろう。
「はて……何か勘違いしておられるのではないですかな? たしかに、私の配下にはシェフィという者がおりますが、閣下の仰る者とは別人ではありませんかな?」
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