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第40話 オーバーキル

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 キルゾーンまで誘導が完了すると、ライゼルは潜んでいたフレイとオーフェンの軍に向け、合図を出した。

 追撃していたバラギット軍の左右から現れた軍が強襲を始めると、ライゼルの軍もまた、反転攻勢に入る。

 左右と前、合わせて三方からの挟撃だ。

 圧倒的に優位な状況から包囲されると思っていなかったのか、あちこちで混乱や敗走が目立ち始める。

 その好機をオーフェンやフレイが見逃すはずもなく、左右の軍が縦横無尽に暴れまわる。

 ……勝てる。このまま包囲殲滅を続ければ、バラギットのところまで届く。

 自分の策が成った確信を胸に、ライゼルが号令を出す。

「敵は浮足立っている! ……いまこそ、反徒バラギットを討ち果たすぞ!」

「「「うおおおおお!!!!」」」

 ライゼルの号令と共に、勢いを増したライゼル軍がバラギット軍を食い破っていくのだった。





 戦いで最も被害が出るのは敵に追撃されている時で、今まさに敗走するバラギット軍では壊滅に近い被害を被っていた。

 終わりだ、と思った。

 この戦いは、バラギットの敗北で幕を下ろすのだ。

 勝てるはずの戦いだったのに、いったいどうしてこんなことになってしまったのだ。

 いったい、どこで間違えたというのか……

 茫然と佇むバラギットにローガインが歩み寄る。

「閣下、顔を上げて下され」

「ローガイン……」

「幸いというべきか、こちらの隊列は長く伸び切っており、奇襲を受けたのは前方の軍だけになります。後方の軍と合流できれば、まだやり直せるかと……」

 ここで「勝機がある」と言わないあたり、ローガインもまた、この戦いに敗北したと思っているのだろう。

 それでも、やり直せるだけ上等だ。

 残った兵をかき集めれば、肉壁くらいにはできるだろう。

「ラシド、ザイール各隊に命じろ。……総員、死ぬまで持ち場を離れるな、とな」

「はっ!」

「かしこまりました」

 ラシドとザイールを見送り、ローガインに向き直る。

「我らは逃げるぞ、ローガイン。……とにかく遠くへ!」

「仰せのままに」

 火急の事態ということもあり、簡素な礼でローガインが頭を下げる。

 周囲に控えていた側近たちと共に、バラギットが馬を駆る。

 こちらの軍の規模からして、後方の軍は浅くなった大河を渡河している頃か。

 それならば、今からで十分間に合うだろう。

(生きて帰るぞ……絶対に……!)

 そう心に誓いながら、バラギットは馬を駆るのだった。





 ライゼルたちが乾坤一擲の大勝負に臨んでいる中、シェフィは大河の水かさを下げるべく、堰の工事、及び維持管理にあたっていた。

 配下の役人に逐一状況を確認させてはいるものの、それでもやはり不安なものは不安だ。

「ライさん……大丈夫ならいいんですけど……」

 同じ空の下死闘を演じているはずのライゼルを想い、シェフィが物憂げな表情で息をつく。

 本来であれば、シェフィもまたライゼルたちと肩を並べて共に戦うはずで、シェフィとしても覚悟はできていた。

 それでも、今回の作戦に必要不可欠な役割だからと戦場から外され、代わりに堰の管理を任されている。

 ライゼルの言っていることは理解できる。

 作戦に必要なことだ。それもしょうがないとは思う。

 それでも、やり場のない気持ちが身体を支配し、落ち着かない気分になってしまう。

(わたし、どうしたら……)

 そんな中、携帯している通信魔道具から通信が届いた。

『シェフィ。応答しろ。シェフィ』

「あっ、陛下! お久しぶりです!」

 懐かしい声に、思わずシェフィの顔が緩む。

『なぜ儂から連絡をしたかわかるか?』

「……ちょうどお暇だったから、ですか?」

『お前がまったく連絡を寄越さなかったからだ! まったく……何しにそっちへ行ったのだと思っているのだ!』

「すみません。最近、いろいろと忙しかったもので……」

 下手な言い訳よりも酷い言い訳に、イヴァン13世が頭を抱えた。

 スパイの任務より重要な仕事などあるはずがないだろうに。

 とはいえ、本当に何かあったのでは、情報戦に不利をとってしまう。

 頭を押さえながらイヴァン13世が尋ねた。

『……何があった』

「こっちは今、内乱の真っ最中で……」

『なに!?』

「ライゼル様のところにバラギット様が……叔父様が兵を差し向けて、間もなくこちらで決戦が始まるところです」

『そういう大事なことはもっと早く教えろ!!!!』

「す、すみません!」

 シェフィを怒鳴りつけながら、イヴァン13世は必死に頭の中で計算する。

 今から兵を集め、バルタザール領に軍を差し向けたとして、果たしてどこまで漁夫の利を狙えるか……

「あ、すみません。忙しいので、そろそろ切りますね」

『忙しいって……おい、お前は今何をしている』

「ライゼル様に大河の水位を減らすための堰を作るよう命じられて、その工事やら管理を任されているところです」

『……………………』

 連絡を寄越さなかったばかりか、国王との通話よりもライゼルに命じられた仕事を優先するとは……。

 いったいコイツはどっちの味方だ。

 とはいえ、他国に潜入する人間は一朝一夕に送り込めるものではない。

 少々……かなり抜けてはいるものの、向こうではそれなりの地位についていることもあり、やはり代えの効かない人材だ。

 多少こちらが譲歩してでも、有用な情報を聞き出さなくては。

『今知っていることを全部教えろ』

「は、はい」

 バラギットが開拓地を訪問したこと。ライゼルが降伏しようとしたところを皆で止めたこと。それから一致団結してバラギットを迎え撃とうとしていること。

 それらの話を聞かされると、イヴァン13世が頷いた。

『なるほどな……』

「まあ、わたしだけ工事を任せるからって戦場から外されちゃったんですけどね。『お前にはもっと大事な場所を任せる』、って……」

 シェフィが下手な愛想笑いを浮かべる。

『なるほど、そういうことか……』

 ここにきて、ようやくライゼルの真意がわかった。

 ここまで見越してこの配置をしていたのだとしたら、なるほど、ライゼルは大した男だ。

『……シェフィ。騎士学園の教科書は覚えているか?』

「一応、全部暗記してますけど……」

『野戦築城の心得に水攻めのことが記されていただろう』

「はい。たしか、河川の水を低地に流すことで、川を渡ろうとしている部隊に壊滅的な打撃を与える……って、まさか――」

『――ライゼルの狙いは単純に相手に渡河を促すことではない。……堰を切ることで、渡河する敵を一網打尽にすることよ』

「!!!」

「……それでは、わたしの本当の役目は、敵軍が渡河するタイミングで堰を切ることだって……そういうことなんですか!?」

『おそらくな』

 大河の水位を低下させ敵に渡河を促したのち、堰を切って濁流を放流。渡河の途中の敵兵を殲滅、あるいは退路を塞ぐつもりなのだろう。

 5000対300の圧倒的不利の中これだけの策を思いつくのもさることながら、よくもまあ実行に移せたものだと感心してしまう。

 イヴァン13世が内心ライゼルへの評価を改めていると、シェフィがおずおずと口を開いた。

「でも、ライゼル様はそんなこと一言も……」

『……当然だ。これはライゼルの配下の中でもお前しか実行できないのだろう』

「だったら……」

『だからこそだ。……ライゼルが表立ってお前に頼めばどうなる。こちらのスパイだと見透かされているお前に堂々と助力を頼めば、モノマフ王国に援軍を頼んだのと同じことになろう』

「あっ……」

『表立ってライゼルが援軍を頼めば、モノマフ王国に対して借りを作ってしまう。
 しかし、公言することなく、シェフィが勝手にそうするよう仕向ければ、モノマフ王国ではなくシェフィ個人に対して借りを作った形に持って行ける。……だからこそ、ライゼルはあえて言及を避けたのだろう』

 ただ策を立てるだけではなく戦後も見据えて策を巡らせ、自身にとって優位な方向に持って行こうとするとは……

 あのライゼルという男、やはり大した器量の持ち主だ。

 とはいえ、こちらがライゼルの策を看破した以上は、素直に乗せられてやるつもりはない。

 シェフィには改めてライゼルに助力するよう命令を出せばこちらから援軍を出したのと変わらない形になるわけで、ライゼルの策も露と消えるだろう。

『シェフィ、わかっておるとは思うが……』

「はい! 堰を切ってライさんに助力します!」

 シェフィが魔法を発動させると、大河を堰き止めていた堰を破壊する。

 固めていた土と共に留められていた水が濁流となって流れ出すと、下流目掛けて膨大な量の水が溢れ出した。

『バカ……!』

 ライゼルに対し高値で恩を売るべく交渉を始める前に、先払いするやつがあるか。

 ……やはり、コイツにスパイを任せたのは失敗だったかもしれない。

 イヴァン13世は心の中で小さく呟くのだった。





 全力で撤退していたバラギットは、無事に後方の軍と合流を果たすと、ひとまず息をついた。

「バラギット様!? そんなに息を乱して……どうされたのですか?」

「撤退する!」

「はぁ!?」

「いいから、撤退するんだ。……今すぐに!」

 必死の形相で詰め寄るバラギット。

 その背後からは、敗走する兵がこちらに押し寄せようとしていた。

 ……なるほど。何があったのか定かではないが、ただならぬ状況だ。

「わかりました。すぐに撤退を……」

 兵たちに指示を出そうとすると、辺りに地響きのような轟音が響き渡った。

 音のする方に目を向けると、部隊長は絶句した。

「あっ……ああっ……」

 つい先ほどまで自分たちが渡河したはずの小川に濁流が流れ込み、恐るべき速さで水位が増しているではないか。

 これでは退却しようにも泳いで渡る他ない。

 ただでさえ遠征で疲労困憊の身体で、この濁流の中を。

「……………………」

 包囲殲滅を免れていたはずの後方の軍に言い様のない絶望感が漂う中、背後からは敗走する味方の兵と、追撃をかけるライゼルの軍が迫るのだった。

 
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