小物クズ領主の勘違い英雄譚 ~極悪非道な悪徳貴族……に勘違いされた小物貴族の成り上がり~

田島はる

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第31話 退却

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 開拓地軍はライゼルと合流を果たすも、戦況は不利なままであった。

 いかにこちらの士気が高く、精兵揃いでも、相手の数は5000。こちらの兵力は100人弱で、地力の差で押し切られるのは目に見えていた。

 また、ライゼルを助けるという目的を果たせた以上、これ以上戦い続ける必要はない。

 そのため、開拓地軍は撤退戦を展開していた。

「ライゼル様、こちらです!」

 オーフェンに連れられ、ライゼルも戦場からの離脱を図る。

 市街地を抜け郊外に出ようとすると、側面から悲鳴が上がった。

「! もう立て直したのか!」

「オーフェン、どうする。このままじゃ……」

「ご心配なく。この場は私が切り抜けます」

 すぐ後ろで状況を見ていたアニエスが、自身の兵を割り込ませる。

「ライゼル様をお守りしろ! この場は一人たりとも通すな!」

「うおおおおお!!!!」

「ライゼル様を守れ!!!!!」

 数で押し流してくる兵に対し、高い士気で押し返していく。

 しかし、よく見れば住宅地の隙間から徐々に兵が集まり始めていた。

 このままでは、何度も側面を攻撃されてしまう。

 どうすれば……

「あれ、塞いだ方がいいですよね?」

「シェフィ?」

「任せてください! サンドウォール!」

 シェフィの声と共に魔法が発動し、住宅地の壁を繋げるように土の壁が展開される。

「お前……でかしたぞ!」

「えへへ、ありがとうございます!」

「…………私だって頑張ったのに」

 笑顔を浮かべるシェフィとは対称に、なぜかアニエスが不機嫌になる。

 ともあれ、これで側面から奇襲を受ける恐れはなくなった。

 あとは背後から追撃をかける敵兵から逃げおおせるだけだ。

「フレイ、そっちは大丈夫そうか!?」

「へい! 足の遅いやつからその場に残らせて、死ぬまで足止めさせてるんで!」

「……………………そうか」

 後ろでは壮絶なトカゲのしっぽ切りが展開されているようだが、倫理観に目をつぶれば、戦況は安定しているように見える。

 アニエスが巧みな指揮で兵を動かし、シェフィの魔法で活路を開き、フレイやアナザの武力で敵を寄せ付けない。

 互いに自分の得意分野で最大限に力を発揮し、この場を脱するという目標に向け力を合わせている。

「……ライゼル様」

「ああ……」

 オーフェンの言いたいことを察し、ライゼルが頷く。

 いいチームだ、と思った。

 敵は強大で、こちらの何十倍の兵数を持つ相手だ。

 それでも、皆となら乗り越えられるのではないか。

 思わずそんな期待を抱いてしまうような。もっと活躍しているところを見たくなるような。そんな気分にさせてくれる。

(俺も腹を括らないとな……)

 撤退の最中、自分のために奮闘する家臣たちを見て、ライゼルもまた覚悟を決めるのだった。





 グランバルトを出て敵の追撃を振り切ると、時刻は夜になっていた。

 辺りが暗闇に包まれる中、夜営の準備が進められる。

 食事の支度や寝床の用意が進められる中、ライゼルが手持ち無沙汰にしていると、後ろに控えていたカチュアが口を開いた。

「よろしかったのですか? ぼっちゃま」

「何がだ?」

「降伏するというお話です」

「ああ……」

 もとはと言えば、自分の命惜しさに降伏しようとしたのが発端だ。

 それを、どういうわけか配下たちが勝手に暴走して、ライゼルを救出するべくグランバルトに攻め込み、どういうわけかライゼルもそこに合流し、今に至っている。

 この状況自体、ライゼルが望んだものから大きく離れているのも事実であった。

「コイツらがあれだけ派手に暴れた後で、『降伏するので今までと変わらず不自由ない生活をさせてください』なんて言っても、聞き入れてくれるはずないだろ。……だったら、戦えるだけ戦って、それでも無理なら逃げればいい」

 敵の数はこちらの10倍以上。兵数では圧倒的に不利だが、こちらにはライゼルのために命をかけて尽くしてくれる者がいる。

 先々代と共に戦場を駆けた老兵に、人間より優れた身体能力を持つ獣人。モノマフ騎士学園の首席、帝国騎士団の元副団長、凄腕冒険者と、優秀な将も揃っている。

 兵の数では劣っていても、質ならば負けていないはずだ。

 僅かでも希望が見えるのなら、それに向かって進んでみたい。

 それに、いざとなれば逃げればいい。

 地位も財産もすべて失うことになるが、命には代えられない。

「死ぬまで戦うつもりはないからな。やばそうになったら勝手に逃げるさ」

 それを聞いて、ライゼルの後ろでカチュアが静かにほっと息をついたのが聞こえた。

 それからしばらくして、食事のスープが支給された。

 温かい食事に舌鼓を打ちながら、おそらくは最も主体となって戦場を指揮していたアニエスを労う。

「叔父上の手紙が届いてすぐに開拓地を発ったのに、よく俺より先にグランバルトに入れたな……」

「ライゼル様がいないとわかると、すぐに兵を編成しましたから」

「……にしたって、ずいぶん用意がいいな」

 野営地では薪となる燃料の他、人数分の食糧、水などが行き渡っており、激戦に疲れた兵に休息を与えている。

 これだけの兵を短時間で集めるのもさることながら、物資の用意だけで相当苦労したはずだ。

「さぁ……これらの用意はすべてシェフィに一任しましたゆえ」

「んん? わらひれふか?」

 自分の名前が出ると思っていなかったのか、口の中に食べ物を入れたままシェフィが言葉を発した。

「食べ終わってからでいいよ」

 もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込む。

「そのことなんですけど、食料や水は片道分しか間に合いませんでした!」

「は!?」

「ん!?」

「えっ!?」

 シェフィから出た思ってもない報告にライゼルの他、アニエスやオーフェンが驚く。

「……じゃあ、これどうしたんだよ」

「向こうに着いたのち、隙を見て少々頂きました!」

 頂いた、とは聞こえはいいが、つまりは略奪である。

 ライゼルたちが言葉を失い、辺りが沈黙に包まれる中、兵たちの声が耳に入る。

「うめェなあ! やっぱり自分で略奪したメシは一味違うぜ……!」

「ああ。土産もたくさん持ったし、向こうに帰ったら家族が喜ぶぞ」

「……………………」

 あの一瞬の隙に略奪する手際の良さはさておき、バラギットの軍から兵糧を奪ったのなら、大戦果だ。

 5000もの軍を維持するには、それを支える兵站が必要だ。

 備蓄していたにせよ、バラギットの領地から運び入れるにせよ、食料が不足している以上、長期戦になればなるほど向こうは不利になるはずだ。

 兵糧不足で引き上げるならよし。引き上げないのなら、片道一週間の遠征で攻め込んできてもらうまでだ。

 目的はどうあれ、シェフィの行動はライゼルにとって利に適うものだ。

「……あの、ダメでしたか?」

 ライゼルが何も言わないことに不安を感じたのか、シェフィの声が小さくなる。

「いや、でかしたぞ! 大したもんだ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。素晴らしい活躍だ。ただのポンコツじゃなかったんだな!」

「えっ!? ポンコ……」

「見直したぞ。一度でもモノマフ王国のスパイだと疑ってしまった、自分が恥ずかしい……」

「オーフェンさんまで!? ていうか、スパイって……」

「流石です、シェフィ。あなたはやればできる子だと思ってました」

「それって普段はダメなやつって思ってたってことじゃないですか!」

 感心するアニエスと対照的に、顔を赤くして抗議するシェフィ。

 相手の兵糧を削ったのなら、今後の行動を狭めることができた。

 兵糧不足を理由に引き上げるのならいいが、問題は戦を続けた場合だ。

 相手が兵糧に不安を抱えるのなら、当然こちらの構える開拓地に攻め寄せることになるだろう。

 開拓地は大軍から守るだけの城壁もなければ、迎え撃つだけの兵も不足している。

 籠城の選択肢がない以上、野戦で迎え撃つしかないが、さてどうしたものか……
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