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第29話 漢気

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「ライゼル様がいないだと!?」

「はっ、お部屋を窺うももぬけの殻で……」

 文官からの報告に、オーフェンは頭を抱えた。

 この一大事にライゼルの姿が見えないとあっては、戦どころではない。

 早急にライゼルを探し出し、今後の方策を練らなくてはならないというのに。

「オーフェン様、カチュアの姿も見えません」

「なんと……」

 カチュアであればライゼルの居場所を知っているかもしれないとアテにしていただけに、カチュアの所在もわからないとあっては、手の打ちようがない。

「市街地にもいませんでしたぜ」

「役場にもいませんでした!」

 探しに行っていたフレイとシェフィが屋敷に戻ると、オーフェンは再び頭を抱えた。

 これで開拓地はあらかた探し終えた。

 ここまで探してまだ見つからないとなれば、ライゼルは外に出た可能性が高い。

「姉御もいねぇってことは、大将と一緒にいるんでしょう。姉御がついてるんなら、万に一つはないと思いやすが……」

「……もしかして、逃げたんじゃないっすか?」

「そんなことありません!」

 アナザの軽口にシェフィが声を張り上げる。

「ライさんは……ライゼル様は困っている人を見ると放っておけないような人です! そんな人が、私たちを見捨てて逃げるなんてありえません!」

「シェフィの言う通りです。“困った時はお互い様”。たったそれだけの理由で、私に手を差し伸べ、帝国を敵に回すことすら厭わない。ライゼル様とはそういう方なのです。
……そのライゼル様に限って、そのような無責任なことをするはずがありません」

「や、やだなぁ。言ってみただけっすよ」

 シェフィとアニエスに詰められ、アナザが冷や汗を流す。

「ライゼル様の姿が見えないのも、きっと何かワケがあるのでしょう」

 この一大事に、一人逃げ出すとは考えにくい。

 おそらくは、この行動にも何か意味があるはずだ。

 しかし、そうなるといったいどんな意味があるというのか……

 オーフェンたちが考え込む中、事態を傍観していたアナザが口を開いた。

「やっぱり逃げたんすよ」

「いえ、違います」

 アニエスが机の上に置かれたバラギットからの文を手に取ると、改めて文面を読み直した。

 その中には、気になる一文が記されていた。


『ライゼルが降伏するなら、領民や家臣一同は助ける』


まさか……

「ライゼル様は我らをの命を助けるため、降伏しようとしているのではないか?」

「!!!」

 アニエスの言葉に、オーフェンら家臣の視線が集まる。

「あのお優しいライゼル様のこと……きっと、我らに迷惑をかけまいと、我が身を犠牲にされるおつもりなのだ」

 バラギットから降伏勧告が届いたとはいえ、相手はライゼルに謀反を働き挙兵した身。そもそも約束を守る保証などない。

 だというのに、ライゼルは降伏することを選んだ。

 領民や家臣を守るため。不要な血を流させないため。

 たとえそれが微かな望みなのだとしても、自分の命と引き換えに一切の血を流さずにこの内乱を終わらせる道を選んだのだ。

「そんな……」

「そういうことならば、一言くらい声をかけてくれてもいいものを……」

「いやいや、まだそうと決まったわけではないっしょ」

 信じられない様子のシェフィやオーフェンとは裏腹に、アナザが口を挟む。

「降伏なんてしても、相手が約束を守る保証なんてないんすから。……ボスだって、それがわからないわけじゃないっしょ」

「……いま、こちらが動員できる兵力をご存じですか?」

 アニエスの問いに、アナザが口ごもる。

「……戦える者をかき集めたとして、多くても300といったところですな」

 オーフェンからの助け舟に、アニエスが頷いた。

「300の兵で5000の兵を相手にしようなど、土台無理な話……。それこそ、奇跡でも起きなければ勝ち目のない戦いなのです。……それならば、一縷の望みを賭けて降伏交渉に臨む方が、まだ歩があるというものでしょう」

 それでも、有利な条件で降伏できるとは限らない。

 領民や家臣の助命と引き換えに、ライゼルの首がかかっていてもおかしくないのだ。

「だからって、俺らに声もかけずに行くなんて……」

「……きっと、私たちに気負わせたくなかったのでしょう。「自らの命と引き換えに私たちを助ける」などと言ってしまえば、負い目を感じさせてしまう。……だから何も言わずにここを去ったのです。……最後まで私たちに負担をかけないように」

 同じように、迷惑をかけないために何も言わずに去ろうとしたアニエスには理解できる。

 ここを去ったライゼルの気持ちが。

 その決意にどれほどの覚悟が必要だったのか。
 
(私たちの負担とならないよう、何も言わずに去るなんて……優しいにもほどがあります)

 アニエスの説明に、オーフェンの目頭が熱くなった。

「我らのためにその身を犠牲にしようとは……。なんという漢気《マンダム》……!」

「水臭いぜ、大将! オレたちは大将のためなら命を捨てる覚悟ができてるってのに、どこまで“漢”見せてくれるんだ……!」

「追いかけましょう! まだ遠くへは行ってないはずです!」

 5人は頷くと、ライゼルを追うべく追跡軍を組織するのだった。
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