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第2話 宝
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カチュアの口から膨大な借金が明らかになり、ライゼルの贅沢ライフに早くも陰りが差し始めた。
このままでは、贅沢どころか親の代からの借金に押しつぶされて破産しかねない。
「なんとかしないと……」
借金の返済計画を立てるにあたり、まずはバルタザール家の収支を明らかにするのが先決だ。
執務室の書類を片っ端からひっくり返せば間違いないだろうが、面倒なので事情を把握していそうな者に尋ねることにした。
現れた壮年の男――リンキ・オーフェンは先々代から仕えており、長らく当家を支えてきた忠臣だ。
また、その辣腕で家中の多くを取り仕切っており、この男なしではバルタザール家は回らないと言っても過言ではない。
ゆえに、当家の実情を最も把握しているに違いないと判断した。
オーフェンを呼びつけると、さっそく事情聴取に移る。
「単刀直入に聞かせてくれ。今の当家の財政では、借金を返すのに何年かかる」
ライゼルの問いに一瞬驚きつつ、オーフェンが顔をしかめた。
「当家の税収は帝国金貨にしておよそ5000枚。そこから役人や兵士たちへの給料で3割、街道や公共施設の維持に1割。残る6割……3000枚が当家の自由に使える額にございます。
それに対し、当家の抱える借金は帝国金貨にしておよそ150万枚。年利で120%ですので、180万枚の利息がかかります」
「年利120%!?」
すなわち、元本の軽く1.2倍の額が利息としてのしかかる計算になる。
……どこの闇金だ。
「高すぎる。こんなの払えるわけがないだろう」
「しかし、すでに多額の借金で身動きがとれません。そんな当家に金を貸そうなどとなかなか現れないのが実情なのです」
つまり、バルタザール家はまともな商人が貸さないような多重債務者で、そんなうちに金を貸そうなんて輩は闇金しかいない、ということか。
「……まて。これだけの利息、今までどうやって払ってきたんだ」
「当家の持つ権益の一部を担保とし、そこから出る上がりを返済に充てています。……が、事実上差し押さえられているも同然。ほとんど商人の私物と化していますが……」
オーフェンの声が沈む。
内心、オーフェンもこの惨状には苦々しく思っているのだろう。
だというのに、肝心の自分は政務を疎かにして遊びふけっており、そのすべてをオーフェンに丸投げしてしまっていた。
そういえば、記憶の中のオーフェンもよく諫言していたような気がする。
領地の統治に加え、貴族の当主そしてライゼルの面倒まで見てくれたのだ。
そう考えると、無性に申し訳なさがこみ上げてきた。
「オーフェン」
「はっ」
「……今まで苦労をかけたな」
「はっ…………は!?」
労ったはずなのだが、なぜかオーフェンの声が裏返った。
「あの、今、なんと……」
「……? 苦労をかけたな」
「ライゼル様の口から謝罪が出るとは……」
俺を何だと思ってる。
「これまで苦しい状況にあった当家を支えてくれたのは、間違いなくオーフェンあってこそだ。……お前には感謝してる」
「そんな……もったいないお言葉です」
感極まった様子で、深々と頭を下げる。
「とにかく、まずは領地の状況を把握したい。……できるか?」
「はっ、お任せください」
オーフェンが頭を下げ、キビキビとその場を後にする。
(……それにしても、そんなに酷いやつだったのか? 記憶を取り戻す前の俺は)
ぼんやりとは覚えているが、思い出せと言われてもすぐには思い出せない。
あまりに人望がないようなら、財政破綻の前に謀反や反乱の心配をしなくてはならないが……
「うーん、どうしたもんかな……」
◇
準備が済むと、ライゼルは使用人や家臣たちを招集した。
これからいったいどんな命令が下されるのか。戦々恐々している者。好意的ではない視線を送る者。バツの悪い顔をしている者も少なくはない。
それらが意味するのは、ライゼルに人望がないという事実に他ならない。
彼らを見まわし、ライゼルは声を張り上げた。
「皆に集まってもらったのは他でもない。知っての通り、当家の財政は非常に苦しい。砂漠ばかりで農地も少ないし、借金の利息を返すのでさえままならない状況だ。……よって、これより当家では改革を進めていこうと思う」
家臣たちに動揺が広がっていく。
無理もない。
これまで政務を省みず放蕩三昧を続けていた男が、突然改革をしようなどと言い出すのだ。
無条件に信じられる方がどうかしている。
「先に言っておくが、俺についていけないと思うやつは、俺の元を去ってくれてかまわない。決して恨んだり、危害を加えるつもりはしない。……約束しよう」
ライゼルの言葉に動揺する家臣たちだったが、一人、また一人と部屋を出ていく。
残ったのは、オーフェンやカチュアをはじめとする、僅かな者だけだ。
「ライゼル様……」
オーフェンが憐憫ともつかない声でつぶやく。
「いいんだ、オーフェン。わかっていたことだからな」
ライゼルに人望がない時点で、自分の元を去る者も少なくないことは容易に想像がついた。
それならば、反乱や謀反が起こる前に人員を整理した方がいいと思ったまでのことだ。
(それでも、こんなに減るとは思ってなかったが……)
残ったのは、オーフェンやカチュアを含めて20人弱。100人ほどいた家臣が、使用人も含めて20人程度まで減ってしまったのだから、いかにライゼルの人望がないのか思い知らされる形となった。
彼らを見まわし、ライゼルが声を張り上げた。
「残ってくれてありがとう。さて、改革の手始めに、お前たちの給金だが……」
ライゼルの言葉を待たず、残った者たちは密かに肩を落としていた。
話の流れからいって、人件費を……ひいては給金を下げる、ということか。
財政がひっ迫しているため仕方がないとはいえ、ライゼルに……バルタザール家に残り忠義を見せたというのに、あんまりな扱いだ。
(こんなことなら……)
(俺たちも見限ればよかったかな……)
そんな空気が流れる中、ライゼルが続ける。
「そこでだ……お前たちの給金を2倍にする」
「えっ!?」
「なっ……」
「ライゼル様!?」
動揺する家臣たち。その中で、オーフェンが声を挙げた。
「よろしいのですか!? ただでさえ財政難だというのに、人件費を増やすなどと……だいたい、どこから捻出されるおつもりですか」
「出ていった連中がいるだろう。浮いた分を回せばいい」
「ですが……」
「あれだけの人が出て行った中、お前たちは残ってくれたんだ。……だったら、それに報いてやるのが、俺にできる最大限の恩返しだろう」
「ライゼル様……」
「あなたという人は……!」
家臣たちの目が輝く。
やがて、顔を見合わせると、誰からともなく膝をついた。
「「「我ら一同、改めてライゼル様に忠誠を誓います!」」」
◇
自分たちの給金が上がったこと。
そして何より、ライゼルが領内の改善に着手したことを喜ぶ家臣たちをよそに、ライゼルは商人と会っていた。
「ライゼル様、美術品の売却をご依頼とのことですが……」
「ああ、向こうの部屋にまとめてある。……ついてきてくれ」
商人を連れてその場を後にしようとすると、オーフェンに呼び止められた。
「お待ちください! ……あれは先祖伝来の家宝……そのすべてを売りに出されるのですか!?」
「気にするな。質に入れるようなもんだ」
「同じことです!」
ライゼルの言葉にオーフェンが声を荒らげた。
「当家には父祖伝来の財が眠っております! それを手放すなどと、亡き祖父君が聞いたらどう思うか……。第一、信用をなくしてしまいますぞ!」
「それじゃあ、財宝に埋もれて死ねと言うのか?」
「そ、そういうわけでは……」
オーフェンが口ごもる。
とはいえ、やはり思うところがあるのか、何かを言いたげな目でこちらを見てくる。
「別にかまわないさ。あんなもの」
「しかし……」
「宝なら、もうあるからな」
ライゼルが視線を向けた先。館の広間には、給金が増えて喜ぶ家臣たちの姿があった。
それを見て、オーフェンが息を飲んだ。
(まさか……)
あの場に残った者たち……ライゼルのために最後までついていくと誓った者たちこそ、ライゼルの宝だというのか。
「ライゼル様……。そこまで我らのことを……」
ライゼルの真意に気づかされ、オーフェンの胸に熱いものがこみ上げてきた。
未だ領地が立て直せる見通しは立っていない。それどころか改革がうまくいくかもわからない。
それでも、最後までついていこう。
老い先短いこの命、最後までこの若き当主に捧げよう。
オーフェンは静かに決意するのだった。
◇
瞳を潤ませるオーフェンを見てライゼルは首を傾げていた。
(こいつ、なんでこんなに感激してるんだ?)
あれは元々亡き父のものばかりで、ライゼルが持っていても手に余るもの、不要な物ばかりだった。
その上、下手に残しておいて反乱の拍子に奪われてしまえば、ライゼルにとって損でしかない。
それならば、ある程度現金化しておいた方が何かと都合がいいというものだ。
(それに、大事な家宝はちゃんと残してあるしな……)
質に入れる前に、あらかじめ残しておきたいものと、そうでないものとを選別しておいた。
そうして本当に大事な家宝はベッドの下に隠しておいた。彫刻やら絵くらいなら手放しても問題ないというわけだ。
とはいえ、オーフェンが頑なに止めるのも理解できる。
父祖伝来の家宝を手放すということは、それだけ財政がひっ迫しているのだとアピールしているようなもので、この先商人から金を借りるのは難しくなるだろう。
また、貴族として最低限の誇りも維持できないほど落ちぶれているのかと周囲から侮れらる要因にもなり、貴族社会におけるバルタザール家の立場も悪くなる。
苦肉の策で作った、なけなしの資金。これが尽きればいよいよ後がなくなる。気を引き締めていかなければ。
なけなしの軍資金を手に、ライゼルは決意を新たにするのだった。
◇
その夜。オーフェンを始め、家臣たちは密かに会議ををしていた。
議題はもちろんライゼルのことだ。
「しかし、不思議ですな……。父君と同様、あれほど政務を疎かにしてきたライゼル様が、なぜ急に真面目に政に取り組まれるようになったのか……。まるで人が変わったようですぞ」
「そうでしょうか」
異を唱えるオーフェンに、家臣たちの視線が集まった。
「今回の件で確信しました。……おそらく、私たちは試されていたのです」
「なに……?」
「……どういうことですかな?」
「代替わりして間もない頃は、父君の放蕩を諌めぬ者が蔓延り、それを傘に腐敗が進んでいる有り様。……そんな者が周りにいては、疑心暗鬼にもなるというもの。ライゼル様はそうした奸臣をあぶり出すべく、自ら悪徳貴族を演じられた。悪名を背負うの厭わず、すべては領内の腐敗を正すために……」
「なんと……」
「そういうことだったのか……」
「では、放蕩三昧をやめ、急に領内の改革に乗り出したのは……」
「雌伏の時は終わった、ということでしょうな。先の悪政が終わり、これからはバルタザール家を良い方向に導かれることでしょう」
「おおっ……!」
オーフェンの説明に、家臣たちに歓声が沸き起こった。
たしかに、そういうことならばすべて腑に落ちる。
自身の悪名も省みずに腐敗を炙り出したライゼルの思慮に、家臣たちは改めてオーフェンへの評価を改めるのだった。
このままでは、贅沢どころか親の代からの借金に押しつぶされて破産しかねない。
「なんとかしないと……」
借金の返済計画を立てるにあたり、まずはバルタザール家の収支を明らかにするのが先決だ。
執務室の書類を片っ端からひっくり返せば間違いないだろうが、面倒なので事情を把握していそうな者に尋ねることにした。
現れた壮年の男――リンキ・オーフェンは先々代から仕えており、長らく当家を支えてきた忠臣だ。
また、その辣腕で家中の多くを取り仕切っており、この男なしではバルタザール家は回らないと言っても過言ではない。
ゆえに、当家の実情を最も把握しているに違いないと判断した。
オーフェンを呼びつけると、さっそく事情聴取に移る。
「単刀直入に聞かせてくれ。今の当家の財政では、借金を返すのに何年かかる」
ライゼルの問いに一瞬驚きつつ、オーフェンが顔をしかめた。
「当家の税収は帝国金貨にしておよそ5000枚。そこから役人や兵士たちへの給料で3割、街道や公共施設の維持に1割。残る6割……3000枚が当家の自由に使える額にございます。
それに対し、当家の抱える借金は帝国金貨にしておよそ150万枚。年利で120%ですので、180万枚の利息がかかります」
「年利120%!?」
すなわち、元本の軽く1.2倍の額が利息としてのしかかる計算になる。
……どこの闇金だ。
「高すぎる。こんなの払えるわけがないだろう」
「しかし、すでに多額の借金で身動きがとれません。そんな当家に金を貸そうなどとなかなか現れないのが実情なのです」
つまり、バルタザール家はまともな商人が貸さないような多重債務者で、そんなうちに金を貸そうなんて輩は闇金しかいない、ということか。
「……まて。これだけの利息、今までどうやって払ってきたんだ」
「当家の持つ権益の一部を担保とし、そこから出る上がりを返済に充てています。……が、事実上差し押さえられているも同然。ほとんど商人の私物と化していますが……」
オーフェンの声が沈む。
内心、オーフェンもこの惨状には苦々しく思っているのだろう。
だというのに、肝心の自分は政務を疎かにして遊びふけっており、そのすべてをオーフェンに丸投げしてしまっていた。
そういえば、記憶の中のオーフェンもよく諫言していたような気がする。
領地の統治に加え、貴族の当主そしてライゼルの面倒まで見てくれたのだ。
そう考えると、無性に申し訳なさがこみ上げてきた。
「オーフェン」
「はっ」
「……今まで苦労をかけたな」
「はっ…………は!?」
労ったはずなのだが、なぜかオーフェンの声が裏返った。
「あの、今、なんと……」
「……? 苦労をかけたな」
「ライゼル様の口から謝罪が出るとは……」
俺を何だと思ってる。
「これまで苦しい状況にあった当家を支えてくれたのは、間違いなくオーフェンあってこそだ。……お前には感謝してる」
「そんな……もったいないお言葉です」
感極まった様子で、深々と頭を下げる。
「とにかく、まずは領地の状況を把握したい。……できるか?」
「はっ、お任せください」
オーフェンが頭を下げ、キビキビとその場を後にする。
(……それにしても、そんなに酷いやつだったのか? 記憶を取り戻す前の俺は)
ぼんやりとは覚えているが、思い出せと言われてもすぐには思い出せない。
あまりに人望がないようなら、財政破綻の前に謀反や反乱の心配をしなくてはならないが……
「うーん、どうしたもんかな……」
◇
準備が済むと、ライゼルは使用人や家臣たちを招集した。
これからいったいどんな命令が下されるのか。戦々恐々している者。好意的ではない視線を送る者。バツの悪い顔をしている者も少なくはない。
それらが意味するのは、ライゼルに人望がないという事実に他ならない。
彼らを見まわし、ライゼルは声を張り上げた。
「皆に集まってもらったのは他でもない。知っての通り、当家の財政は非常に苦しい。砂漠ばかりで農地も少ないし、借金の利息を返すのでさえままならない状況だ。……よって、これより当家では改革を進めていこうと思う」
家臣たちに動揺が広がっていく。
無理もない。
これまで政務を省みず放蕩三昧を続けていた男が、突然改革をしようなどと言い出すのだ。
無条件に信じられる方がどうかしている。
「先に言っておくが、俺についていけないと思うやつは、俺の元を去ってくれてかまわない。決して恨んだり、危害を加えるつもりはしない。……約束しよう」
ライゼルの言葉に動揺する家臣たちだったが、一人、また一人と部屋を出ていく。
残ったのは、オーフェンやカチュアをはじめとする、僅かな者だけだ。
「ライゼル様……」
オーフェンが憐憫ともつかない声でつぶやく。
「いいんだ、オーフェン。わかっていたことだからな」
ライゼルに人望がない時点で、自分の元を去る者も少なくないことは容易に想像がついた。
それならば、反乱や謀反が起こる前に人員を整理した方がいいと思ったまでのことだ。
(それでも、こんなに減るとは思ってなかったが……)
残ったのは、オーフェンやカチュアを含めて20人弱。100人ほどいた家臣が、使用人も含めて20人程度まで減ってしまったのだから、いかにライゼルの人望がないのか思い知らされる形となった。
彼らを見まわし、ライゼルが声を張り上げた。
「残ってくれてありがとう。さて、改革の手始めに、お前たちの給金だが……」
ライゼルの言葉を待たず、残った者たちは密かに肩を落としていた。
話の流れからいって、人件費を……ひいては給金を下げる、ということか。
財政がひっ迫しているため仕方がないとはいえ、ライゼルに……バルタザール家に残り忠義を見せたというのに、あんまりな扱いだ。
(こんなことなら……)
(俺たちも見限ればよかったかな……)
そんな空気が流れる中、ライゼルが続ける。
「そこでだ……お前たちの給金を2倍にする」
「えっ!?」
「なっ……」
「ライゼル様!?」
動揺する家臣たち。その中で、オーフェンが声を挙げた。
「よろしいのですか!? ただでさえ財政難だというのに、人件費を増やすなどと……だいたい、どこから捻出されるおつもりですか」
「出ていった連中がいるだろう。浮いた分を回せばいい」
「ですが……」
「あれだけの人が出て行った中、お前たちは残ってくれたんだ。……だったら、それに報いてやるのが、俺にできる最大限の恩返しだろう」
「ライゼル様……」
「あなたという人は……!」
家臣たちの目が輝く。
やがて、顔を見合わせると、誰からともなく膝をついた。
「「「我ら一同、改めてライゼル様に忠誠を誓います!」」」
◇
自分たちの給金が上がったこと。
そして何より、ライゼルが領内の改善に着手したことを喜ぶ家臣たちをよそに、ライゼルは商人と会っていた。
「ライゼル様、美術品の売却をご依頼とのことですが……」
「ああ、向こうの部屋にまとめてある。……ついてきてくれ」
商人を連れてその場を後にしようとすると、オーフェンに呼び止められた。
「お待ちください! ……あれは先祖伝来の家宝……そのすべてを売りに出されるのですか!?」
「気にするな。質に入れるようなもんだ」
「同じことです!」
ライゼルの言葉にオーフェンが声を荒らげた。
「当家には父祖伝来の財が眠っております! それを手放すなどと、亡き祖父君が聞いたらどう思うか……。第一、信用をなくしてしまいますぞ!」
「それじゃあ、財宝に埋もれて死ねと言うのか?」
「そ、そういうわけでは……」
オーフェンが口ごもる。
とはいえ、やはり思うところがあるのか、何かを言いたげな目でこちらを見てくる。
「別にかまわないさ。あんなもの」
「しかし……」
「宝なら、もうあるからな」
ライゼルが視線を向けた先。館の広間には、給金が増えて喜ぶ家臣たちの姿があった。
それを見て、オーフェンが息を飲んだ。
(まさか……)
あの場に残った者たち……ライゼルのために最後までついていくと誓った者たちこそ、ライゼルの宝だというのか。
「ライゼル様……。そこまで我らのことを……」
ライゼルの真意に気づかされ、オーフェンの胸に熱いものがこみ上げてきた。
未だ領地が立て直せる見通しは立っていない。それどころか改革がうまくいくかもわからない。
それでも、最後までついていこう。
老い先短いこの命、最後までこの若き当主に捧げよう。
オーフェンは静かに決意するのだった。
◇
瞳を潤ませるオーフェンを見てライゼルは首を傾げていた。
(こいつ、なんでこんなに感激してるんだ?)
あれは元々亡き父のものばかりで、ライゼルが持っていても手に余るもの、不要な物ばかりだった。
その上、下手に残しておいて反乱の拍子に奪われてしまえば、ライゼルにとって損でしかない。
それならば、ある程度現金化しておいた方が何かと都合がいいというものだ。
(それに、大事な家宝はちゃんと残してあるしな……)
質に入れる前に、あらかじめ残しておきたいものと、そうでないものとを選別しておいた。
そうして本当に大事な家宝はベッドの下に隠しておいた。彫刻やら絵くらいなら手放しても問題ないというわけだ。
とはいえ、オーフェンが頑なに止めるのも理解できる。
父祖伝来の家宝を手放すということは、それだけ財政がひっ迫しているのだとアピールしているようなもので、この先商人から金を借りるのは難しくなるだろう。
また、貴族として最低限の誇りも維持できないほど落ちぶれているのかと周囲から侮れらる要因にもなり、貴族社会におけるバルタザール家の立場も悪くなる。
苦肉の策で作った、なけなしの資金。これが尽きればいよいよ後がなくなる。気を引き締めていかなければ。
なけなしの軍資金を手に、ライゼルは決意を新たにするのだった。
◇
その夜。オーフェンを始め、家臣たちは密かに会議ををしていた。
議題はもちろんライゼルのことだ。
「しかし、不思議ですな……。父君と同様、あれほど政務を疎かにしてきたライゼル様が、なぜ急に真面目に政に取り組まれるようになったのか……。まるで人が変わったようですぞ」
「そうでしょうか」
異を唱えるオーフェンに、家臣たちの視線が集まった。
「今回の件で確信しました。……おそらく、私たちは試されていたのです」
「なに……?」
「……どういうことですかな?」
「代替わりして間もない頃は、父君の放蕩を諌めぬ者が蔓延り、それを傘に腐敗が進んでいる有り様。……そんな者が周りにいては、疑心暗鬼にもなるというもの。ライゼル様はそうした奸臣をあぶり出すべく、自ら悪徳貴族を演じられた。悪名を背負うの厭わず、すべては領内の腐敗を正すために……」
「なんと……」
「そういうことだったのか……」
「では、放蕩三昧をやめ、急に領内の改革に乗り出したのは……」
「雌伏の時は終わった、ということでしょうな。先の悪政が終わり、これからはバルタザール家を良い方向に導かれることでしょう」
「おおっ……!」
オーフェンの説明に、家臣たちに歓声が沸き起こった。
たしかに、そういうことならばすべて腑に落ちる。
自身の悪名も省みずに腐敗を炙り出したライゼルの思慮に、家臣たちは改めてオーフェンへの評価を改めるのだった。
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