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理解はできるが納得はできない
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武田軍が一乗谷の近郊に陣を構える中、義信の元に義景の従兄弟である景鏡がやってきた。
「こちらが義景の首にございます」
差し出された包みを開けると、たしかに義景の首が収められていた。
「ご苦労であった。貴殿のおかげで、逆賊朝倉義景を倒すことが叶った。これでこの戦も我らの勝ちよ」
義信が満足気に頷くと、景鏡の表情が緩んだ。
「して、それがしの領地は……」
「約束通り、本領安堵とする」
義信が筆をとると、その場で一筆したためた。
「正式なものは後で書き直すが、今はこれでいいだろう」
「ははっ、かたじけのうございます」
走り書きされた書状を、景鏡が恭しく受け取る。
その様子を、今川氏真が冷めた目で眺めていた。
「私から今川家を奪った時も、同じようなことをしたのではあるまいな……」
嫌悪感を顕にする氏真に、義信は鼻で笑った。
「まさか。今川乗っ取りの方がいくらか手間をかけた。……なにせ、義兄殿を殺すわけにはいかなかったからな」
「義信……」
氏真の瞳が揺れる。
義元の死後、今川を御しきれなかったのは氏真も認めるところだった。
義信がこれ幸いと今川の領地を狙うのも、納得はできないが理解はしている。
だが、義信は領地を奪うだけでなく、陰で氏真が生き延びられるよう奔走してくれていた。
その事実に、胸の中で熱いものがこみ上げていく。
「? どうされた、義兄殿」
「いや、なんでもないのだ。なんでも……」
目頭を押さえ、氏真は話をそらすように顔を背けた。
「……して、なにゆえ私をここに呼びつけた。よもや、この地で私に蹴鞠をせよと申すわけではあるまいな」
「まさか。そんなことで呼びつけるはずがないだろ」
「そうだよな。いくらお主でも、戦場で蹴鞠をせよとは──」
「朝倉家の蔵を襲って宝物を奪ってくるゆえ、目利きをしてもらいたいのだ」
「奪……えっ!?」
朝倉家滅亡を喧伝するべく、武田軍は義景の首を持って一乗谷に入った。
馬に跨り、氏真がきょろきょろと辺りを見回す。
「ほう、これが一乗谷か……。小京都と聞いていたが、なるほど。たしかに雅な趣がある……」
義元の公家趣味で駿河も京風の町並みではあるが、一乗谷も負けずの雅さだ。
これが戦でなければ観光の一つでもしたいところなのだが、あいにくと今は戦の真っ最中である。
戦の後始末が済んだ暁には、ゆっくりと見て回ろ──
「よし、燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、松明を手にした武田軍が家々に火を放っていく。
「なっ……待て待て! 燃やすのか、一乗谷を!?」
「朝倉家は滅んだ。……そうなれば、朝倉の象徴であるこの町を破壊しなくては、示しがつかぬだろう」
「いやいや……」
武士として、義信の言ってることも理解できるが、それでもこれだけ見事な町なのだ。
燃やすなどと、とんでもない。
火の手が回っていない屋敷を見つけると、氏真が駆け寄った。
「見よ、この屋敷を。これは京の宮大工の手によるもので、普段なら寺社の造営をする職人が……」
「燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、雑兵が火をつける。
「な…………っ!!!! 」
義信の蛮行を前に、氏真が絶句した。
「わかっておるのか!? あの屋敷は京のものと遜色ないものなのだぞ!?」
「わからぬ。次!」
義信に命じられ、雑兵たちが次々と火をつけていく。
また、別のところでは武田の雑兵が屋敷や民家を襲い、金目の物を引っ張りだしていた。
「見ろよ。いい鍋を見つけた!」
「こっちには着物がたくさんあったぞ!」
我先に略奪する武田軍を見て、氏真がぽつりと呟いた。
「なんと惨い……」
「京の町は略奪できなかったからな……。たまには略奪しなくては、兵のやる気もなくなるというものだ」
武士として、義信の言ってることは理解できる。
理解はできるのだが、風流人として到底納得できるものではない。
炎に包まれ煌々と照らす一乗谷の町を見て、氏真は思わずその場に膝をついた。
「ああ……一乗谷が……100年の歴史を持つ都が……」
「見事な燃えっぷりだな」
武田義信がうんうんと頷く。
その脇では、炎に包まれる一乗谷を背景に雑兵たちが和気あいあいと食事をとっていた。
見れば、義信も雑兵たちに混ざって酒を飲み始めていた。
「義兄殿もどうだ。一杯」
「いや、私は……」
渋る氏真に無理やり酒を渡すと、一息に飲ませる。
「どうだ。燃える一乗谷を肴に酒を飲むというのも、案外オツなもんだろ」
酒で顔を赤くする義信。
無理やり酒を飲まされ同じく顔を赤くした氏真が心の中で叫んだ。
(やっぱりコイツ嫌いじゃ!)
あとがき
戦場で蹴鞠で思ったのですが、元軍が使ったてつはうで蹴鞠をすればある程度戦えそうですね。
次回最終話です。
「こちらが義景の首にございます」
差し出された包みを開けると、たしかに義景の首が収められていた。
「ご苦労であった。貴殿のおかげで、逆賊朝倉義景を倒すことが叶った。これでこの戦も我らの勝ちよ」
義信が満足気に頷くと、景鏡の表情が緩んだ。
「して、それがしの領地は……」
「約束通り、本領安堵とする」
義信が筆をとると、その場で一筆したためた。
「正式なものは後で書き直すが、今はこれでいいだろう」
「ははっ、かたじけのうございます」
走り書きされた書状を、景鏡が恭しく受け取る。
その様子を、今川氏真が冷めた目で眺めていた。
「私から今川家を奪った時も、同じようなことをしたのではあるまいな……」
嫌悪感を顕にする氏真に、義信は鼻で笑った。
「まさか。今川乗っ取りの方がいくらか手間をかけた。……なにせ、義兄殿を殺すわけにはいかなかったからな」
「義信……」
氏真の瞳が揺れる。
義元の死後、今川を御しきれなかったのは氏真も認めるところだった。
義信がこれ幸いと今川の領地を狙うのも、納得はできないが理解はしている。
だが、義信は領地を奪うだけでなく、陰で氏真が生き延びられるよう奔走してくれていた。
その事実に、胸の中で熱いものがこみ上げていく。
「? どうされた、義兄殿」
「いや、なんでもないのだ。なんでも……」
目頭を押さえ、氏真は話をそらすように顔を背けた。
「……して、なにゆえ私をここに呼びつけた。よもや、この地で私に蹴鞠をせよと申すわけではあるまいな」
「まさか。そんなことで呼びつけるはずがないだろ」
「そうだよな。いくらお主でも、戦場で蹴鞠をせよとは──」
「朝倉家の蔵を襲って宝物を奪ってくるゆえ、目利きをしてもらいたいのだ」
「奪……えっ!?」
朝倉家滅亡を喧伝するべく、武田軍は義景の首を持って一乗谷に入った。
馬に跨り、氏真がきょろきょろと辺りを見回す。
「ほう、これが一乗谷か……。小京都と聞いていたが、なるほど。たしかに雅な趣がある……」
義元の公家趣味で駿河も京風の町並みではあるが、一乗谷も負けずの雅さだ。
これが戦でなければ観光の一つでもしたいところなのだが、あいにくと今は戦の真っ最中である。
戦の後始末が済んだ暁には、ゆっくりと見て回ろ──
「よし、燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、松明を手にした武田軍が家々に火を放っていく。
「なっ……待て待て! 燃やすのか、一乗谷を!?」
「朝倉家は滅んだ。……そうなれば、朝倉の象徴であるこの町を破壊しなくては、示しがつかぬだろう」
「いやいや……」
武士として、義信の言ってることも理解できるが、それでもこれだけ見事な町なのだ。
燃やすなどと、とんでもない。
火の手が回っていない屋敷を見つけると、氏真が駆け寄った。
「見よ、この屋敷を。これは京の宮大工の手によるもので、普段なら寺社の造営をする職人が……」
「燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、雑兵が火をつける。
「な…………っ!!!! 」
義信の蛮行を前に、氏真が絶句した。
「わかっておるのか!? あの屋敷は京のものと遜色ないものなのだぞ!?」
「わからぬ。次!」
義信に命じられ、雑兵たちが次々と火をつけていく。
また、別のところでは武田の雑兵が屋敷や民家を襲い、金目の物を引っ張りだしていた。
「見ろよ。いい鍋を見つけた!」
「こっちには着物がたくさんあったぞ!」
我先に略奪する武田軍を見て、氏真がぽつりと呟いた。
「なんと惨い……」
「京の町は略奪できなかったからな……。たまには略奪しなくては、兵のやる気もなくなるというものだ」
武士として、義信の言ってることは理解できる。
理解はできるのだが、風流人として到底納得できるものではない。
炎に包まれ煌々と照らす一乗谷の町を見て、氏真は思わずその場に膝をついた。
「ああ……一乗谷が……100年の歴史を持つ都が……」
「見事な燃えっぷりだな」
武田義信がうんうんと頷く。
その脇では、炎に包まれる一乗谷を背景に雑兵たちが和気あいあいと食事をとっていた。
見れば、義信も雑兵たちに混ざって酒を飲み始めていた。
「義兄殿もどうだ。一杯」
「いや、私は……」
渋る氏真に無理やり酒を渡すと、一息に飲ませる。
「どうだ。燃える一乗谷を肴に酒を飲むというのも、案外オツなもんだろ」
酒で顔を赤くする義信。
無理やり酒を飲まされ同じく顔を赤くした氏真が心の中で叫んだ。
(やっぱりコイツ嫌いじゃ!)
あとがき
戦場で蹴鞠で思ったのですが、元軍が使ったてつはうで蹴鞠をすればある程度戦えそうですね。
次回最終話です。
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