81 / 82
理解はできるが納得はできない
しおりを挟む
武田軍が一乗谷の近郊に陣を構える中、義信の元に義景の従兄弟である景鏡がやってきた。
「こちらが義景の首にございます」
差し出された包みを開けると、たしかに義景の首が収められていた。
「ご苦労であった。貴殿のおかげで、逆賊朝倉義景を倒すことが叶った。これでこの戦も我らの勝ちよ」
義信が満足気に頷くと、景鏡の表情が緩んだ。
「して、それがしの領地は……」
「約束通り、本領安堵とする」
義信が筆をとると、その場で一筆したためた。
「正式なものは後で書き直すが、今はこれでいいだろう」
「ははっ、かたじけのうございます」
走り書きされた書状を、景鏡が恭しく受け取る。
その様子を、今川氏真が冷めた目で眺めていた。
「私から今川家を奪った時も、同じようなことをしたのではあるまいな……」
嫌悪感を顕にする氏真に、義信は鼻で笑った。
「まさか。今川乗っ取りの方がいくらか手間をかけた。……なにせ、義兄殿を殺すわけにはいかなかったからな」
「義信……」
氏真の瞳が揺れる。
義元の死後、今川を御しきれなかったのは氏真も認めるところだった。
義信がこれ幸いと今川の領地を狙うのも、納得はできないが理解はしている。
だが、義信は領地を奪うだけでなく、陰で氏真が生き延びられるよう奔走してくれていた。
その事実に、胸の中で熱いものがこみ上げていく。
「? どうされた、義兄殿」
「いや、なんでもないのだ。なんでも……」
目頭を押さえ、氏真は話をそらすように顔を背けた。
「……して、なにゆえ私をここに呼びつけた。よもや、この地で私に蹴鞠をせよと申すわけではあるまいな」
「まさか。そんなことで呼びつけるはずがないだろ」
「そうだよな。いくらお主でも、戦場で蹴鞠をせよとは──」
「朝倉家の蔵を襲って宝物を奪ってくるゆえ、目利きをしてもらいたいのだ」
「奪……えっ!?」
朝倉家滅亡を喧伝するべく、武田軍は義景の首を持って一乗谷に入った。
馬に跨り、氏真がきょろきょろと辺りを見回す。
「ほう、これが一乗谷か……。小京都と聞いていたが、なるほど。たしかに雅な趣がある……」
義元の公家趣味で駿河も京風の町並みではあるが、一乗谷も負けずの雅さだ。
これが戦でなければ観光の一つでもしたいところなのだが、あいにくと今は戦の真っ最中である。
戦の後始末が済んだ暁には、ゆっくりと見て回ろ──
「よし、燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、松明を手にした武田軍が家々に火を放っていく。
「なっ……待て待て! 燃やすのか、一乗谷を!?」
「朝倉家は滅んだ。……そうなれば、朝倉の象徴であるこの町を破壊しなくては、示しがつかぬだろう」
「いやいや……」
武士として、義信の言ってることも理解できるが、それでもこれだけ見事な町なのだ。
燃やすなどと、とんでもない。
火の手が回っていない屋敷を見つけると、氏真が駆け寄った。
「見よ、この屋敷を。これは京の宮大工の手によるもので、普段なら寺社の造営をする職人が……」
「燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、雑兵が火をつける。
「な…………っ!!!! 」
義信の蛮行を前に、氏真が絶句した。
「わかっておるのか!? あの屋敷は京のものと遜色ないものなのだぞ!?」
「わからぬ。次!」
義信に命じられ、雑兵たちが次々と火をつけていく。
また、別のところでは武田の雑兵が屋敷や民家を襲い、金目の物を引っ張りだしていた。
「見ろよ。いい鍋を見つけた!」
「こっちには着物がたくさんあったぞ!」
我先に略奪する武田軍を見て、氏真がぽつりと呟いた。
「なんと惨い……」
「京の町は略奪できなかったからな……。たまには略奪しなくては、兵のやる気もなくなるというものだ」
武士として、義信の言ってることは理解できる。
理解はできるのだが、風流人として到底納得できるものではない。
炎に包まれ煌々と照らす一乗谷の町を見て、氏真は思わずその場に膝をついた。
「ああ……一乗谷が……100年の歴史を持つ都が……」
「見事な燃えっぷりだな」
武田義信がうんうんと頷く。
その脇では、炎に包まれる一乗谷を背景に雑兵たちが和気あいあいと食事をとっていた。
見れば、義信も雑兵たちに混ざって酒を飲み始めていた。
「義兄殿もどうだ。一杯」
「いや、私は……」
渋る氏真に無理やり酒を渡すと、一息に飲ませる。
「どうだ。燃える一乗谷を肴に酒を飲むというのも、案外オツなもんだろ」
酒で顔を赤くする義信。
無理やり酒を飲まされ同じく顔を赤くした氏真が心の中で叫んだ。
(やっぱりコイツ嫌いじゃ!)
あとがき
戦場で蹴鞠で思ったのですが、元軍が使ったてつはうで蹴鞠をすればある程度戦えそうですね。
次回最終話です。
「こちらが義景の首にございます」
差し出された包みを開けると、たしかに義景の首が収められていた。
「ご苦労であった。貴殿のおかげで、逆賊朝倉義景を倒すことが叶った。これでこの戦も我らの勝ちよ」
義信が満足気に頷くと、景鏡の表情が緩んだ。
「して、それがしの領地は……」
「約束通り、本領安堵とする」
義信が筆をとると、その場で一筆したためた。
「正式なものは後で書き直すが、今はこれでいいだろう」
「ははっ、かたじけのうございます」
走り書きされた書状を、景鏡が恭しく受け取る。
その様子を、今川氏真が冷めた目で眺めていた。
「私から今川家を奪った時も、同じようなことをしたのではあるまいな……」
嫌悪感を顕にする氏真に、義信は鼻で笑った。
「まさか。今川乗っ取りの方がいくらか手間をかけた。……なにせ、義兄殿を殺すわけにはいかなかったからな」
「義信……」
氏真の瞳が揺れる。
義元の死後、今川を御しきれなかったのは氏真も認めるところだった。
義信がこれ幸いと今川の領地を狙うのも、納得はできないが理解はしている。
だが、義信は領地を奪うだけでなく、陰で氏真が生き延びられるよう奔走してくれていた。
その事実に、胸の中で熱いものがこみ上げていく。
「? どうされた、義兄殿」
「いや、なんでもないのだ。なんでも……」
目頭を押さえ、氏真は話をそらすように顔を背けた。
「……して、なにゆえ私をここに呼びつけた。よもや、この地で私に蹴鞠をせよと申すわけではあるまいな」
「まさか。そんなことで呼びつけるはずがないだろ」
「そうだよな。いくらお主でも、戦場で蹴鞠をせよとは──」
「朝倉家の蔵を襲って宝物を奪ってくるゆえ、目利きをしてもらいたいのだ」
「奪……えっ!?」
朝倉家滅亡を喧伝するべく、武田軍は義景の首を持って一乗谷に入った。
馬に跨り、氏真がきょろきょろと辺りを見回す。
「ほう、これが一乗谷か……。小京都と聞いていたが、なるほど。たしかに雅な趣がある……」
義元の公家趣味で駿河も京風の町並みではあるが、一乗谷も負けずの雅さだ。
これが戦でなければ観光の一つでもしたいところなのだが、あいにくと今は戦の真っ最中である。
戦の後始末が済んだ暁には、ゆっくりと見て回ろ──
「よし、燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、松明を手にした武田軍が家々に火を放っていく。
「なっ……待て待て! 燃やすのか、一乗谷を!?」
「朝倉家は滅んだ。……そうなれば、朝倉の象徴であるこの町を破壊しなくては、示しがつかぬだろう」
「いやいや……」
武士として、義信の言ってることも理解できるが、それでもこれだけ見事な町なのだ。
燃やすなどと、とんでもない。
火の手が回っていない屋敷を見つけると、氏真が駆け寄った。
「見よ、この屋敷を。これは京の宮大工の手によるもので、普段なら寺社の造営をする職人が……」
「燃やせ」
「はっ」
義信に命じられ、雑兵が火をつける。
「な…………っ!!!! 」
義信の蛮行を前に、氏真が絶句した。
「わかっておるのか!? あの屋敷は京のものと遜色ないものなのだぞ!?」
「わからぬ。次!」
義信に命じられ、雑兵たちが次々と火をつけていく。
また、別のところでは武田の雑兵が屋敷や民家を襲い、金目の物を引っ張りだしていた。
「見ろよ。いい鍋を見つけた!」
「こっちには着物がたくさんあったぞ!」
我先に略奪する武田軍を見て、氏真がぽつりと呟いた。
「なんと惨い……」
「京の町は略奪できなかったからな……。たまには略奪しなくては、兵のやる気もなくなるというものだ」
武士として、義信の言ってることは理解できる。
理解はできるのだが、風流人として到底納得できるものではない。
炎に包まれ煌々と照らす一乗谷の町を見て、氏真は思わずその場に膝をついた。
「ああ……一乗谷が……100年の歴史を持つ都が……」
「見事な燃えっぷりだな」
武田義信がうんうんと頷く。
その脇では、炎に包まれる一乗谷を背景に雑兵たちが和気あいあいと食事をとっていた。
見れば、義信も雑兵たちに混ざって酒を飲み始めていた。
「義兄殿もどうだ。一杯」
「いや、私は……」
渋る氏真に無理やり酒を渡すと、一息に飲ませる。
「どうだ。燃える一乗谷を肴に酒を飲むというのも、案外オツなもんだろ」
酒で顔を赤くする義信。
無理やり酒を飲まされ同じく顔を赤くした氏真が心の中で叫んだ。
(やっぱりコイツ嫌いじゃ!)
あとがき
戦場で蹴鞠で思ったのですが、元軍が使ったてつはうで蹴鞠をすればある程度戦えそうですね。
次回最終話です。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
戦国を駆ける軍師・山本勘助の嫡男、山本雪之丞
沙羅双樹
歴史・時代
川中島の合戦で亡くなった軍師、山本勘助に嫡男がいた。その男は、山本雪之丞と言い、頭が良く、姿かたちも美しい若者であった。その日、信玄の館を訪れた雪之丞は、上洛の手段を考えている信玄に、「第二啄木鳥の戦法」を提案したのだった……。
この小説はカクヨムに連載中の「武田信玄上洛記」を大幅に加筆訂正したものです。より読みやすく面白く書き直しました。
真田幸村の女たち
沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。
なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
遅れてきた戦国武将 ~独眼竜 伊達政宗 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
霧深い夜に伊達家の屋敷で未来の大名、伊達政宗が生まれた。彼の誕生は家臣たちに歓喜と希望をもたらし、彼には多くの期待と責任が託された。政宗は風格と知恵に恵まれていたが、幼少期に天然痘により右目の視力を失う。この挫折は、彼が夢の中で龍に「龍眼」と囁かれた不安な夢に魘された夜に更なる意味を持つ。目覚めた後、政宗は失われた視力が実は特別な力、「龍眼」の始まりであることを理解し始める。この力で、彼は普通の人には見えないものを見ることができ、人々の真の感情や運命を見通すことができるようになった。虎哉宗乙の下で厳しい教育を受けながら、政宗はこの新たな力を使いこなし、自分の運命を掌握する道を見つけ出そうと決意する。しかし、その道は危険と陰謀に満ちており、政宗は自分と国の運命を変える壮大な物語の中心に立つことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる