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大義名分

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 畿内から三好を駆逐すると、義信は三好と和睦交渉を始めた。

「それにしても、意外ですな……。殿が敵を滅さず情けをかけるとは……」

 長坂昌国の不遜な物言いに、義信が笑みをこぼした。

「海を越え、淡路島、阿波と攻めるのは骨が折れるからな……」

 海を渡るとなれば、三好の水軍を相手に戦わなければならなくなる。

 今川を吸収して以降、武田家も水軍を持ち、それなりに練度は積ませたものの、淡路島と四国を隔てる鳴門海峡は難所に違いない。

 ましてや、相手はその鳴門海峡を縄張りとしている水軍衆である。

 真っ向から戦っては、どれほどの犠牲が出るかわからなかった。

「それなら、和睦でも結んで従わせた方が楽だろ」

 武田としても海を越えて遠征しなくて済み、三好も武田と一戦交えることなく領地を現状維持できる。

 こうして、両者の思惑が合致すると、三好は武田に臣従する形となりながらも、讃岐や阿波を有する四国の雄として君臨することとなるのだった。





 三好家を降すと、義信は次なる目標は朝倉家に定めていた。

「次の夏には朝倉領に攻め入るぞ」

「お待ちください。先の織田攻めでは行き違いがあったものの、未だ上杉と朝倉の仲は良好。浅井に助命嘆願を出したように、朝倉攻めにも介入されるやもしれませぬ」

「左様。あの謙信も朝倉討伐に納得する大義名分がなくては……。場合によっては、上杉まで敵に回りかねませぬ」

 弱音を漏らす家臣たちを尻目に、義信がふっと口元を緩めた。

「案ずるな。すでに策はうってある」





 越前、一乗谷。
 朝倉義景が居を構えるこの地に、上方から使者がやってきた。

「武田より、『上洛し公方様に拝謁せよ』との要請が参りました」

 上洛を成し遂げた足利義昭には既に使者を送ったが、改めて義景自身に上洛しろとのことらしい。

「むぅ……気は進まぬが、行かねばなるまいな……」

 渋々ながらも上洛に応じようとする義景に、従兄弟である朝倉景鏡が待ったをかけた。

「お言葉ですが、上洛はせぬ方がよろしいかと」

「……どういうことじゃ」

「此度の上洛要請は罠。あくまで武田義信の狙いは殿が公方様の上洛に貢献せなんだ殿の断罪をすることにありましょう。
 おそらくは殿が越前を離れたのをいいことに、この一乗谷に攻め入るつもりかと」

「なっ……なんじゃと!?」





 三好と和睦を結んだ武田家は畿内をあらかた制圧すると、義信は全国の主立った大名に上洛を命じた。

 上杉や北条をはじめ、全国の大名が義昭の元に挨拶に伺う中、朝倉義景は一向に上洛する気配を見せずにいた。

 上杉謙信の寝所を手配しながら、直江景綱がため息をついた。

「なぜ朝倉は上洛せぬのだ。殿など遠路はるばる越後から参ったものを……」

 直江景綱の言葉に、板部岡江雪斎も頷く。

「我が主もすでに岐阜を抜け、近江に入っております。だというのに、畿内にほど近い越前から未だに上洛せぬというのは……」

「これでは公方様に対する謀反を疑われても、文句は言えませぬな……」





 上方から再三の上洛要請が出る中、朝倉義景は未だに一乗谷に篭っていた。

「儂の留守の隙に越前を襲うやもしれぬが、そうはいかぬぞ……!」

 京に送り込んだ間者の報告によれば、義信は鉄砲や硝石を買い漁り、次なる戦に備えているとのことだ。

 このひっ迫した状況下、むざむざと領国を留守にしては、武田に隙を与えるようなものである。

 そこで、朝倉義景は越前を守るべく同じく軍備の増強を進めていた。

「……景鏡、首尾はどうじゃ」

「はっ、すでに堺の商人より、鉄砲を買い付けてございます。武田との戦となれば、たちまち火を吹いてご覧入れましょう」

「よしよし……」

 こちらの守りが盤石となれば、いくら武田でもすぐには攻めては来ないだろう。

 景鏡の報告に安堵しながらも、義景はさらなる軍備増強を命じるのだった。





 朝倉義景が鉄砲や硝石を買い漁っているとの噂が京の町を駆け抜けた。

 集まる家臣たちを見回し、義信が声を張り上げる。

「朝倉義景は再三に渡る上洛要請を無視し、一乗谷に閉じ籠もり軍備整えておる。これは公方様に対する造反に他ならぬ」

 戦の決意を固める家臣たちに、義信は高らかに采配を掲げた。

「全国の大名に号令せよ。これより、逆賊朝倉義景を討ち果たす、とな」

 義信が号令を出すと、5万の大軍が越前に侵攻を始めるのだった。
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