74 / 82
甲斐信濃の国主
しおりを挟む
旧織田領各地に武将の配置を終えると、武田家の統治も落ち着きを見せ始めていた。
岐阜城に移転を進める傍ら、義信は領国の地図を広げていた。
「ううむ……」
現在、武田家の領地は西へ西へと拡大しており、それに伴って本拠地も西へと移動していた。
しかし、領地が広くなり遠方になるにつれ、義信の統治が行き届かない地も増えてきた。
「どうしたものか……」
思案する義信の元に、信玄から文が届いた。
曰く、
『信濃の山中に温泉を見つけた。ここを儂の秘湯とするゆえ、家臣にもそのように周知しておくように』
というものだった。
「自由だなぁ、父上は……」
かつては甲斐の虎として辣腕を振るっていた信玄だが、義信に大名の地位を追われたのちはご隠居として君臨していた。
「私はこんなにも忙しい思いをしているというのに……」
と、そこまで考えて気がついた。
そういえば、大名としての雑務は元々信玄がこなしていたな、と。
織田征伐を終え、甲斐信濃の軍を解散させると、信玄は秘湯を探しに信濃の山中を訪れていた。
湯に浸かり、「ふぅ」と息をつく。
「いい湯だわい……」
義信に命じられ、美濃の侵攻から岐阜城の攻略、北伊勢、南近江の制圧と戦続きであった。
「こうやって息抜きの一つでもせねば、やってられんわい」
日頃の疲れを癒やしていると、小姓が駆け寄ってきた。
「ご隠居様、お館様より文が……」
信玄が早馬で岐阜城までやってくると、義信の前に現れた。
「火急の用があると聞いたが、どうした。浅井が攻めてきたのか!?」
「いえ、私に楽を…………父上に仕事を申しつけようと思いましてな」
「なに……?」
「父上には、甲斐と信濃の国主となっていただきます」
「なんじゃと!?」
思わぬ命令に、信玄が目を剥いた。
「私が直接治めようとも思いましたが、やはりここは父上にと」
「いや、しかし……」
義信の言っていることは理解できる。
広大な土地を治めることとなった武田家だが、その扱いに困り、統治のために地方に有力者を配するのもわかる。
わかるのだが、信玄の中で素直に飲み込めないものがあった。
「……儂から甲斐や信濃を取り上げておいて、今さら返すのか? いささか都合が良すぎるのではないか……?」
「私が父上から奪ったのは、武田家の家督です。あくまで甲斐や信濃はそのおまけ。何も問題ありませぬ」
義信の物言いに、信玄が笑った。
なるほど、甲斐信濃は家督のおまけか。
甲斐や信濃に固執していた自分では、その発想はなかった。
「……よかろう。当家の領地も二倍に増えたのだ。その扱い、統治に苦心する息子を助けるのも父の役目……」
「父上……」
「だが、忘れるな。ひとたびお主が腑抜けた姿を見せれば、儂が大名に返り咲いてくれる」
それだけ言い残して、信玄がその場を後にした。
残された義信に、小姓が耳打ちをする。
「よろしいのですか……? 先のご隠居様のお言葉……」
隙あらば独立すると言ってるに等しく、あれでは謀反を公言しているようなものだ。
「気にするな。あれで父上なりの激励なのだ。……言い方は素直ではないがな」
あとがき
明日の投稿はお休みして、次回は1/11に投稿しようと思います。
岐阜城に移転を進める傍ら、義信は領国の地図を広げていた。
「ううむ……」
現在、武田家の領地は西へ西へと拡大しており、それに伴って本拠地も西へと移動していた。
しかし、領地が広くなり遠方になるにつれ、義信の統治が行き届かない地も増えてきた。
「どうしたものか……」
思案する義信の元に、信玄から文が届いた。
曰く、
『信濃の山中に温泉を見つけた。ここを儂の秘湯とするゆえ、家臣にもそのように周知しておくように』
というものだった。
「自由だなぁ、父上は……」
かつては甲斐の虎として辣腕を振るっていた信玄だが、義信に大名の地位を追われたのちはご隠居として君臨していた。
「私はこんなにも忙しい思いをしているというのに……」
と、そこまで考えて気がついた。
そういえば、大名としての雑務は元々信玄がこなしていたな、と。
織田征伐を終え、甲斐信濃の軍を解散させると、信玄は秘湯を探しに信濃の山中を訪れていた。
湯に浸かり、「ふぅ」と息をつく。
「いい湯だわい……」
義信に命じられ、美濃の侵攻から岐阜城の攻略、北伊勢、南近江の制圧と戦続きであった。
「こうやって息抜きの一つでもせねば、やってられんわい」
日頃の疲れを癒やしていると、小姓が駆け寄ってきた。
「ご隠居様、お館様より文が……」
信玄が早馬で岐阜城までやってくると、義信の前に現れた。
「火急の用があると聞いたが、どうした。浅井が攻めてきたのか!?」
「いえ、私に楽を…………父上に仕事を申しつけようと思いましてな」
「なに……?」
「父上には、甲斐と信濃の国主となっていただきます」
「なんじゃと!?」
思わぬ命令に、信玄が目を剥いた。
「私が直接治めようとも思いましたが、やはりここは父上にと」
「いや、しかし……」
義信の言っていることは理解できる。
広大な土地を治めることとなった武田家だが、その扱いに困り、統治のために地方に有力者を配するのもわかる。
わかるのだが、信玄の中で素直に飲み込めないものがあった。
「……儂から甲斐や信濃を取り上げておいて、今さら返すのか? いささか都合が良すぎるのではないか……?」
「私が父上から奪ったのは、武田家の家督です。あくまで甲斐や信濃はそのおまけ。何も問題ありませぬ」
義信の物言いに、信玄が笑った。
なるほど、甲斐信濃は家督のおまけか。
甲斐や信濃に固執していた自分では、その発想はなかった。
「……よかろう。当家の領地も二倍に増えたのだ。その扱い、統治に苦心する息子を助けるのも父の役目……」
「父上……」
「だが、忘れるな。ひとたびお主が腑抜けた姿を見せれば、儂が大名に返り咲いてくれる」
それだけ言い残して、信玄がその場を後にした。
残された義信に、小姓が耳打ちをする。
「よろしいのですか……? 先のご隠居様のお言葉……」
隙あらば独立すると言ってるに等しく、あれでは謀反を公言しているようなものだ。
「気にするな。あれで父上なりの激励なのだ。……言い方は素直ではないがな」
あとがき
明日の投稿はお休みして、次回は1/11に投稿しようと思います。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
江戸時代改装計画
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる