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浅井戦
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郡上八幡城で軍を休める最中、上杉謙信は軍議を開いていた。
飯富昌景と武田本軍の動向を確認していると、遅れて朝倉義景がやってきた。
「いや、申し訳ない。義信殿より遅れて進軍するようにと聞いていたのだが、よもやもう進軍していようとは……」
頭を下げる義景を、謙信が迎えた。
「朝倉殿、公方様上洛の成否は我らが双肩に託された。此度の戦、頼りにしておるぞ」
「任せておけ。織田なんぞに遅れは取らぬわ」
勇ましいことを言う朝倉義景を飯富昌景はどこか冷めた目で見つめていた。
朝倉家は織田と婚姻関係にある浅井と同盟関係にある家だ。
もし仮に浅井が織田に援軍を送れば、朝倉は浅井と戦えるのだろうか。
その場合、上杉と武田で浅井を相手にしなくてはいけなくなるのではないか。
また、最悪の場合、朝倉が織田に寝返る可能性もある。
そうなれば、いくら上杉謙信とはいえ、危ういのではないか。
どことなく不安を感じながら、飯富昌景は自陣に戻るのだった。
上杉謙信率いる1万と共に飯富昌景率いる1000、朝倉義景率いる7000が郡上八幡城を出ると、濃尾平野に向け進軍を開始した。
山を抜け、平野に差し掛かると、前方に布陣した軍が見えた。
「あれは……」
三つの亀甲とその中に咲いた花の家紋。
間違いない。
「浅井か……!」
浅井家の当主、浅井長政は織田信長の妹を娶っており、両家では婚姻同盟が成立している。
今回援軍を送ったもそのためだろう。
浅井の旗を眺め、謙信が息をついた。
「義兄のため、その身を戦場に投じるか……。浅井長政……敵ながら、なんと義に厚きことよ……!」
謙信が采配を振るうと、上杉軍1万が浅井軍8000に攻撃を開始するのだった。
郡上八幡城攻略の疲労も癒えぬまま、上杉軍が浅井軍に襲いかかった。
連戦ということもあり、上杉軍の動きも鈍い。
だが、苦戦しているのは疲労のせいではなかった。
「何をしている。……なぜ朝倉は動かぬのだ!」
朝倉軍が山側から迂回して挟撃する手筈となっていたのだが、どういうわけか朝倉軍は動かなかった。
斎藤朝信がチラリと朝倉軍を一瞥する。
「……朝倉家は先代より浅井家と盟を結んでおりました。そのため、此度の戦で矛を交えることを躊躇しておるのかと……」
「それくらい心得ておる。その上で、朝倉殿は我らの軍に加わったのであろう」
朝倉義景が武田や上杉につくということは、当然織田に味方する浅井と戦うことを意味している。
そこまで覚悟して上洛軍に加わったのだと思ったが、どうやら未だに朝倉義景の覚悟は決まっていなかったらしい。
「朝倉様より文が届きました」
曰く、
『当家は浅井とは旧知の間柄。ここは軍を退くよう話をするゆえ、今しばらく待たれよ』
とのことだった。
案の定、謙信のこめかみに青筋が走る。
「口舌にて軍を退くつもりなら、始めから我が前に立ち塞がらぬ。それさえわからぬか……」
「これでは朝倉は期待できませぬな……」
直江景綱が嘆息した。
それに引き換え、武田からつけられた飯富昌景は前線を維持しながらよく戦っていた。
ついこの間まで敵であったというのに、謙信を立てて謙信の下知に従って動いている。
戦場において指揮系統が明確なことは、何よりも大事なことだ。
こちらが命じずとも心得ているあたり、やはり戦慣れしている。
(武田軍が強いわけよな……)
感心する謙信の元に、伝令の者がやってきた。
「浅井軍の勢いは凄まじく、第一陣が崩れかかっております。殿、ご下知を」
「……我が行こう」
立ち上がる謙信を、直江景綱が制した。
「お待ちください! 浅井の攻勢は鬼気迫るものがあります。ここは我らにおまかせを……」
苛烈な敵の攻めに対して、大将で受けようなどと、正気の沙汰ではない。
家臣たちが制止する中、謙信は家臣たちを振りほどき、馬に跨る。
「我が義、我が魂には毘沙門天の加護ぞ宿れる。命を惜しまぬ者よ……我に続け!」
予備の兵を率いて謙信が出陣すると、浅井軍の猛攻に真っ向から立ち向かうのだった。
浅井軍の猛将、磯野員昌が先陣をきって上杉軍を蹂躙する。
「相手にとって不足なし! 我が武、天下に轟かさん!」
自ら上杉軍の雑兵を斬りつけ、味方の兵たちの士気を高める。
そんな中、敵陣から毘沙門天の旗を掲げた武者が迫ってきた。
「あれが、音に聞こえし軍神か……!」
刀を手に、磯野員昌が上杉謙信に迫る。
しかし──
「ぐっ、が……」
「見事……!」
謙信に斬り伏せられ、磯野員昌がその場に倒れる。
謙信の側近が磯野員昌の首を取ると、浅井軍に向けて高く掲げた。
「敵将、討ち取ったりぃ!」
浅井軍の勢いが衰えると、すかさず右翼の斎藤朝信が。左翼の柿崎景家が一斉に反攻を開始した。
兵力差もありじわじわと押されていく浅井軍。
一陣、二陣と崩され、浅井軍の最前線であった磯野員昌隊が討ち死にしたとの報告が入ってきた。
「ここまでか……」
将兵に命じると、浅井長政は撤退の構えを見せるのだった。
飯富昌景と武田本軍の動向を確認していると、遅れて朝倉義景がやってきた。
「いや、申し訳ない。義信殿より遅れて進軍するようにと聞いていたのだが、よもやもう進軍していようとは……」
頭を下げる義景を、謙信が迎えた。
「朝倉殿、公方様上洛の成否は我らが双肩に託された。此度の戦、頼りにしておるぞ」
「任せておけ。織田なんぞに遅れは取らぬわ」
勇ましいことを言う朝倉義景を飯富昌景はどこか冷めた目で見つめていた。
朝倉家は織田と婚姻関係にある浅井と同盟関係にある家だ。
もし仮に浅井が織田に援軍を送れば、朝倉は浅井と戦えるのだろうか。
その場合、上杉と武田で浅井を相手にしなくてはいけなくなるのではないか。
また、最悪の場合、朝倉が織田に寝返る可能性もある。
そうなれば、いくら上杉謙信とはいえ、危ういのではないか。
どことなく不安を感じながら、飯富昌景は自陣に戻るのだった。
上杉謙信率いる1万と共に飯富昌景率いる1000、朝倉義景率いる7000が郡上八幡城を出ると、濃尾平野に向け進軍を開始した。
山を抜け、平野に差し掛かると、前方に布陣した軍が見えた。
「あれは……」
三つの亀甲とその中に咲いた花の家紋。
間違いない。
「浅井か……!」
浅井家の当主、浅井長政は織田信長の妹を娶っており、両家では婚姻同盟が成立している。
今回援軍を送ったもそのためだろう。
浅井の旗を眺め、謙信が息をついた。
「義兄のため、その身を戦場に投じるか……。浅井長政……敵ながら、なんと義に厚きことよ……!」
謙信が采配を振るうと、上杉軍1万が浅井軍8000に攻撃を開始するのだった。
郡上八幡城攻略の疲労も癒えぬまま、上杉軍が浅井軍に襲いかかった。
連戦ということもあり、上杉軍の動きも鈍い。
だが、苦戦しているのは疲労のせいではなかった。
「何をしている。……なぜ朝倉は動かぬのだ!」
朝倉軍が山側から迂回して挟撃する手筈となっていたのだが、どういうわけか朝倉軍は動かなかった。
斎藤朝信がチラリと朝倉軍を一瞥する。
「……朝倉家は先代より浅井家と盟を結んでおりました。そのため、此度の戦で矛を交えることを躊躇しておるのかと……」
「それくらい心得ておる。その上で、朝倉殿は我らの軍に加わったのであろう」
朝倉義景が武田や上杉につくということは、当然織田に味方する浅井と戦うことを意味している。
そこまで覚悟して上洛軍に加わったのだと思ったが、どうやら未だに朝倉義景の覚悟は決まっていなかったらしい。
「朝倉様より文が届きました」
曰く、
『当家は浅井とは旧知の間柄。ここは軍を退くよう話をするゆえ、今しばらく待たれよ』
とのことだった。
案の定、謙信のこめかみに青筋が走る。
「口舌にて軍を退くつもりなら、始めから我が前に立ち塞がらぬ。それさえわからぬか……」
「これでは朝倉は期待できませぬな……」
直江景綱が嘆息した。
それに引き換え、武田からつけられた飯富昌景は前線を維持しながらよく戦っていた。
ついこの間まで敵であったというのに、謙信を立てて謙信の下知に従って動いている。
戦場において指揮系統が明確なことは、何よりも大事なことだ。
こちらが命じずとも心得ているあたり、やはり戦慣れしている。
(武田軍が強いわけよな……)
感心する謙信の元に、伝令の者がやってきた。
「浅井軍の勢いは凄まじく、第一陣が崩れかかっております。殿、ご下知を」
「……我が行こう」
立ち上がる謙信を、直江景綱が制した。
「お待ちください! 浅井の攻勢は鬼気迫るものがあります。ここは我らにおまかせを……」
苛烈な敵の攻めに対して、大将で受けようなどと、正気の沙汰ではない。
家臣たちが制止する中、謙信は家臣たちを振りほどき、馬に跨る。
「我が義、我が魂には毘沙門天の加護ぞ宿れる。命を惜しまぬ者よ……我に続け!」
予備の兵を率いて謙信が出陣すると、浅井軍の猛攻に真っ向から立ち向かうのだった。
浅井軍の猛将、磯野員昌が先陣をきって上杉軍を蹂躙する。
「相手にとって不足なし! 我が武、天下に轟かさん!」
自ら上杉軍の雑兵を斬りつけ、味方の兵たちの士気を高める。
そんな中、敵陣から毘沙門天の旗を掲げた武者が迫ってきた。
「あれが、音に聞こえし軍神か……!」
刀を手に、磯野員昌が上杉謙信に迫る。
しかし──
「ぐっ、が……」
「見事……!」
謙信に斬り伏せられ、磯野員昌がその場に倒れる。
謙信の側近が磯野員昌の首を取ると、浅井軍に向けて高く掲げた。
「敵将、討ち取ったりぃ!」
浅井軍の勢いが衰えると、すかさず右翼の斎藤朝信が。左翼の柿崎景家が一斉に反攻を開始した。
兵力差もありじわじわと押されていく浅井軍。
一陣、二陣と崩され、浅井軍の最前線であった磯野員昌隊が討ち死にしたとの報告が入ってきた。
「ここまでか……」
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