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信長の裁定

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 織田軍に大打撃を与えた翌日。
 信玄と謙信が美濃に攻め込んだとの情報が義信の元にもたらされた。

「父上と上杉殿が動いたか」

「よろしいのですか? 両軍は進軍を遅らせる手筈となっておりましたが……」

「構わぬ。……もとより、織田軍を攻め急がせるために進軍を遅らせたのだ。すでに作戦は達成した以上、いま攻めるのは理に適っていよう」

 先の戦いでは織田軍の力を大いに削り、信玄と謙信が信長の本拠地である美濃に攻め入った。

 これだけの不幸が重なれば、織田軍とて士気を大きく削られるに違いない。

 兵数では負けているとはいえ、士気では勝っている。

 そうなれば、あとは義信の作戦次第と言えた。

「待ってろよ、信長。お主の首を取り、義元公の墓前に手向けてくれよう」





 昌幸と秀吉が織田軍を離れると、織田軍は柴田勝家討ち死にの噂と武田軍からの調略で半ば混乱状態にあった。

「ええい、静まれ! 静まらぬかぁ!」

 滝川一益が声を張り上げるも、兵たちの動揺が収まらない。

「かせ」

 信長が小姓から鉄砲を奪うと、空に向けて空砲を撃った。

 パァン!

 突如響いた銃声に、兵たちがしんと静まり返る。

「お主らが静かになるまで半刻(一時間)かかった。……これがどういう意味かわかるか?」

 信長の空砲が効いたのか、雑兵たちはバツが悪そうに押し黙る。

「半刻もの間、義信に遅れをとっていた、ということだ。次につまらぬことでおれを煩わせたら、今度は玉を篭める。……わかったな?」

 雑兵たちが顔面蒼白で勢いよく頷く。

「あまりおれを困らせるな」



 陣に戻ると、滝川一益や丹羽長秀、稲葉一鉄が待っていた。

「殿、お耳に入れていただきたき儀が」

「どうした」

「徳川殿のことにございます」

 突然名指しされ、家康がギョッとした。

「家康が、どうかしたのか」

「先日、武田の手の者と密談をしているとの噂が流れているのです。……恐れながら、武田と通じているのやも……」

 織田家臣たちの視線が家康に集まった。

「家康、お前おれを裏切っているのか?」

「まさか! 大恩ある殿を裏切るなど、滅相もございませぬ!」

「だそうだ」

 信長があくびを噛み殺す。

 既にこの話に興味を失っているのか、信長の視線が地図に向こうとしていた。

 信長の気を惹こうと、稲葉一鉄が声を張り上げる。

「お待ちください!尋ねたところで、正直に答えるはずがありますまい!」

「……じゃあどうしろってんだ?」

「聞くところによれば、徳川殿は内応と引き換えに刀を受け取ったそうな。徳川殿の持ち物を改めれば、動かぬ証拠が出てくるかと」

 顔面蒼白になる家康をよそに、信長が小姓を呼び出した。

「御免」

 小姓が家康の懐に手を入れる。

「!」

 小姓が手を抜くと、そこにはたしかに刀が入っていた。

 刀を受け取ると、信長はまじまじと刀身を見つめた。

「……備前長船兼光か」

 滝川一益の言うとおり、たしかに内応の物的証拠となり得る高価な刀が現れた。

「……誰から貰ったものだ」

「貰ったのではありませぬ。拾ったのです」

「拾った?」

「はっ」

 家康は事の顛末を説明した。

 昨夜、武田軍の間者と遭遇したこと。
 武田軍につくよう誘われたこと。
 誘いを断り捕らえようとするも、取り逃がしてしまったこと。
 あとに残されていたのは、間者が名刀と語った刀だけだったこと。

「それほどの名刀なれば、捨てるには惜しい……。それゆえ、頂戴することにしたのです」

「なぜおれに言わなかった」

 家康が滝の汗を流し、目に見えて狼狽した。

「殿にご報告申し上げなかったのは……恐れながら、このあまりに見事な刀ゆえ、ご報告すれば召し上げられると思ったからにございます」

 家康は着物の上をはだけさせると、上半身を露(あらわ)にした。

「此度の責をとれと仰せなら、それがし、ここで腹を切る所存」

 短刀を抜くと、家康はすぐにでも切腹できる構えを見せた。

 家臣たちを見回し、信長は家康を指差した。

「な? 裏切ってないだろ?」

「しかし……」

「おれバカだから難しいことわかんねぇんだけどさ~。家康は武田に故郷を追われたんだぞ? その家康が、どうして武田に味方するんだよ」

「それは……」

 稲葉一鉄や滝川一益が押し黙る。

 丹羽長秀が口を開こうとした矢先、伝令の者がやってきた。

「大変です! 信玄率いる武田軍が、岩村城より侵攻を始めました。現在、鳥峰城に向かってきてるとのよし!」

「なに!?」

「また、上杉軍も松倉城より郡上八幡城へ攻め寄せているとのこと!」
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