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織田の軍議

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「織田が5万の兵で攻めてきただと!?」

 物見の者の報告に、飯富虎昌が声を荒らげた。

「敵は5万……数ではやはり不利か……」

 曽根虎盛がううむと唸る。

「今からでも遅くはありませぬ! ご隠居様や上杉の軍と合流しましょう」

「いや、これでいい……。これがいいのだ」

「は!?」





 時は遡り、数日前。

 南近江から六角義賢を駆逐すると、信長は南近江の支配を固めていた。

「南近を平定すれば、浅井の援軍も期待できましょう。当家の背後も固められますゆえ、一石二鳥ですな」

 柴田勝家が笑う。

 すでに南近江の国衆を徴兵しており、武田の侵攻に対する備えを固めている。

 さて、どう相手をしたものか……。

 信長が思案していると、徳川家康が報告にやってきた。

「武田は三方から当家に攻め入るとのこと……。順当に一つずつ撃破していけば、我が方の勝ちは揺るぎますまい」

「おお……!」

「この戦、勝ったな……!」

 浮かれる家臣たちを見回して、信長が口を開いた。

「おれバカだから難しいことわかんねぇんだけどさ~。なんで義信は軍を三つに分けたんだ?
 普通に考えて、大軍を擁して侵攻を始めるもんだろ。……今川義元みたいに」

 信長の言葉に、家臣たちが顔を見合わせる。

「たしかに……」

「義元は破りましたが、普通はそうするでしょうな」

 信長の問いに答えられず、家臣たちが首を傾げる。

 そんな中、信長と家康の目が合った。

「わかるか、家康」

「……おそらくは、複数口から攻め込むことで圧をかけることが狙いかと。こちらは同時に複数の場所を守らなければならない分、兵を分散させねばなりませぬ。……そうなれば、殿を見限り武田に与する者が現れぬとも限りませぬ」

 家康が絞り出すように説明をする。

 信長が頷いた。

「そう。そうなんだよ。……だったら、なんで謙信と信玄の軍を待たずに、義信は侵攻を始めたんだ? ……こっちに兵数で劣るのはわかりきっているのに」

 義信の提唱する三方侵攻を最大限活かすには、同時に攻め入るのが最も効果的だ。

 それにも関わらず、義信は謙信と信玄の軍を待たずに織田領に侵攻を始めていた。

 今のままでは各個撃破されるのが目に見えているというのに。

「言われてみれば……」

「妙ですな……」

 考えられるものは一つしかない。

 柴田勝家がハッとした様子で顎に手を当てた。

「……誘われている、のか? 我らは……」

 信長が頷く。

「そうだよな。兵数で劣るとわかりながら、義信は決戦を選んだ。……いや、おれたちに決戦するように仕向けた」

「つまり、義信は……」

「兵数差を覆す策を持っている、ってことだろ」

 織田家臣たちが息を呑んだ。

 このまま義信軍と戦っては、自ら策に嵌まりに行くようなものだ。

「……では、東海道より攻め入る義信は放置するので?」

「逆だ。速攻で蹴りをつける」

 義信率いる東海道軍との戦いが長引けば、遅れてくる信玄、謙信軍に領内を蹂躙されかねない。

 そうなれば、本当に三方向からの攻撃に対処しなくてはならなくなる。

 しかし、義信はわざと他の軍に先んじて織田領へ侵攻を開始し、まるで織田軍を誘い出さんと鳴海城攻めを始めている。

「義信の策はどうあれ、結果的にうちが兵数でも武装でも勝っているんだ。最大兵力でもって、義信を完膚なきまでに叩き潰す。……信玄と謙信の軍は、その後に対処すればいい」

 信長が宣言すると、家臣たちが勢いづいた。

「いかに武田が精兵だろうと、こちらの領地で戦うのだ。地の利は我らにある!」

「左様! この戦、勝ったも同然じゃ!」

「飛騨での借りを返してくれようぞ!」

 家臣たちが口々にいきり立つ中、ただ一人、信長は静かに地図を眺めていた。

 義信とて、織田が大軍を擁して各個撃破を狙うのは読めているはず……。

 ……ということは、今こうして大軍で迎え撃とうとしている時点で、義信の手のひらで踊らされているのだろう。

 とはいえ、織田軍にはそれ以外の選択肢もないわけで……。

 それがわかっていながら、義信の思い通りに動かざるを得ないこの状況。
 浮かれる家臣たちをよそに、信長は人知れず歯噛みするのだった。
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